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私の知らない彼と雨上がりの女神

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 真澄とカフェテリアで話をした次の日から前期試験やレポート提出があったおかげか、りょーくんの寝言の件で悩む時間は少なくなっていった。
 悩まなくなるとりょーくんとの楽しい時間を過ごす事で頭がいっぱいになって、今はどちらかというとどうでもよくなった感じ。結局は今の時間を大切にするしかないし、いっその事楽しい事だけ考えていよう!と楽観的になるしかないかな……と思う。


「梅雨、ようやく明けたねー」

 前期試験が終わった日の夕方17時。
 何気なく付けたテレビから梅雨明けのニュースが流れた。

 エアコンを効かせた部屋で、りょーくんはクッションに体を埋めたままグターッと伸びている。

「アイスコーヒー置いておくね」

 用意したグラスをテーブルの上に置くなり、りょーくんは上半身を起こしてそれを一気飲みする。

「勿体無い飲み方してごめん」

 そう言ってまたクッションに顔をうずめるのがちょっと可愛い。

「いいよいいよ、飲み物の楽しみ方なんて人それぞれなんだから」

 りょーくんが暑そうなのでエアコンの設定温度は低め。
 私まで半袖だと寒いので、薄手のカーディガンを羽織っている。私のアイスコーヒーの氷ももちろん少なめだ。

「暑いのにコーヒー焙煎大変なんじゃないの? 昨日だって20分以上ガスコンロの前に居たよね?」

 そう。昨日は夕食を早めに食べて、りょーくんがバイトへ出掛ける間の時間にまた手煎り焙煎をやってみせたんだ。

「暑いけどりょーくんがここに居る時は部屋が冷えてるからやりやすいよ。冷房弱めだと汗だくだねー」

 ……だから、昨日はわざわざ彼の居る時間に焙煎したわけなんだけど。

「汗だくの中でやるのは大変だね」
「好きでやってるから多少は我慢だよー」
「そうだね、あーちゃんはコーヒーが大好きで、焙煎も趣味の範疇はんちゅうなんだもんね」
「まぁねー」
「……って事は、夏休みの間あーちゃんはずっと珈琲店で修行?」
「しゅっ……!」

 りょーくんが急に私のバイトを「修行」なんて表現したものだから、アイスコーヒーを噴き出しそうになった。

「そうだね。試験期間はバイト休みにされちゃってたし、今まで夕方以降しかバイト入れてなくて接客の方はあんまり…って感じだったから、夏休み期間中の月曜日から金曜日は午前中から夕方までガッツリ仕事するつもりだよ」
「頑張るね、あーちゃんは」
「その代わり『夜の片付けや焙煎機の勉強はしなくていい』ってマスターに言われてるから閉店時間上がりなの。多分夏休み期間はほぼ喫茶店の如くサイドメニューやアレンジコーヒーの勉強ばかりをするから私の負担を軽くしてくれる意味の定時上がりなんじゃないかな」
「朝から晩まで頑張る上にサイドメニューやアレンジコーヒーの勉強かぁ……アレンジコーヒーって甘い系のコーヒー?」
「分かりやすくいうとそんな感じ。今年の夏はラテアートとかキャラメルマキアートとか、そういうものを試しに取り入れてみるんだって。りょーくんも夏休み中はガッツリコンビニ?」
「うん、夏休みは高校生のバイトで埋まるからそのサポートや指導をするんだ。会社のOJTみたいな。だから俺も平日は朝から夕方までガッツリ!」
「じゃ、私とほぼ同じ勤務時間だね」
「うん、同じでホッとした♪」
「私も♪」

 りょーくんの言う通り、バイトの勤務時間がほぼ共通していると聞いてホッとした。私だけ働いていてりょーくんを一人にさせるのは申し訳なかったから。

「あーちゃんはこの夏休み中一回も広島の実家帰らないの? 親御さん心配してるんじゃない?」

 りょーくんがふと思い出したように天井へ目線を上げながら上半身を起こし、私にそう訊いてきた。

「去年は今ほど働いてなかったから1週間くらい帰ってみたの。でも帰ったら帰ったで実家の手伝いさせられるから、あんまりのんびり出来なかったんだよねぇ」

 りょーくんから「実家」とか「親御さん」という珍しいワードが出てきたから、私はサラッとそう答えた。
 その話に嘘は無く、帰省してみたものの、お母さんのご飯を数ヶ月振りに食べたくらいであんまりのんびり出来なかったんだ。

「ああそっか……喫茶店経営してるんだったよね。夏休み中も忙しいんだね」
「冬はスキー、夏は川遊びとかの避暑、春と秋は温泉とか桜とか紅葉って、四季折々楽しめる地域だからね。今年の夏は忙しくて帰ることもできないんじゃないかな」
「そっか」
「りょーくんとも……夏を楽しみたいし?」
「そうだね♡ 俺もあーちゃんと夏を楽しみたいな♡」

 どさくさに紛れてちょっとだけ勇気を出した発言してみたら、りょーくんは嬉しそうに微笑んでくれた。

「りょーくんも帰省しないの?」
 
 そういえばりょーくんのご実家の事聞いた事がなかったなと思い、どさくさ紛れの質問を調子に乗ってこちらからも投げかけてみたんだけど……。

「しないよ」

 彼は目線をテレビの方へ向けながら低いトーンでそれだけ返答し、すぐに顔をテーブルに伏せる。

 鈍感な私でも「実家の話題はりょーくんにとって地雷だったんだ」という事に気付く。
 
「……じゃあ、私と同じだね」

 私は彼の伏せた頭に、そっと小声でそう返事してあげた。
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