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【番外編】金色の青年とカサブランカ(夕紀side)
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しおりを挟む5月24日の早朝。
私はこの数日活けておいた600円の花束を助手席に置いて車を出し、景色の良い霊園までひた走る。
「うーん……気持ちいい……」
3日前の雨とは打って変わり、今朝は暑さも全く感じられなくて爽やかだ。
「『雨上がりの女神』が朝香ちゃんに微笑んだのね、きっと」
私は車を駐車場に駐めて花束を持ち、『雨上がりの女神』こと妹が眠る墓石の前までポジティブな呟きをしながら歩く。
あの雨の夜、朝香ちゃんは彼氏と喧嘩をして瞼を腫らす程泣いていた。
私はなんとかして彼女を宥め、「雨上がりの女神」の名を出して慰めてみたんだけど、本当にそれが叶ったらしく昨日の月曜日は晴れやかな笑顔でバリバリ働いてくれたのだから本当に女神のご利益があったのだと実感する。
「やっぱり、今月も来てたか……」
そして、墓石の花立てにカサブランカの花が挿してあるのを目にし、独り言をまた呟いた。
月命日の前日か、それよりも前の日か……。
私の妹、遠野皐月の墓参りをしている人物が私の他に存在している。
「先月私が挿した花を片付ければいいのに……もうっ!」
そしてその人物は毎回と言って良い程白くて大輪の花を供え、自分の供えた花のみを入れ替えするのだ。
1ヶ月前に私が供えた小菊が枯れて花立てを汚くしていても、それは一切手をつけない。
「そういえば、この墓参りの人物もなんか謎よねぇ……」
この地域で皐月と繋がりがある人間は数少なく、私の身の回りにいる人物ではない事もハッキリしている。
「誰なんだろう?百合の花粉の処理は必ず丁寧にやってくれているから、花やお墓参りのマナーに詳しい人なんだろうなって思うんだけど」
私は独り言を続けながら花立てを洗い、カサブランカと今日持ってきた小菊を活け直す。
私が菊の花を少しだけ買うのも、それから白い菊を選ばないのも、この「白くて大きな花を持ってくる人」に合わせての行動だった。
勿論、最初の頃は気味が悪くて捨てていた。けれども花に罪はないし、そんな事をしていたら花好きの皐月が悲しんでしまうんじゃないかって思うようになり、今では「今月も皐月の墓参りをしてくれてありがとう」という気持ちでいる。
「誰がここに来ているのか、追及はしないよ皐月」
私は珈琲の香りがする線香から煙をたなびかせ、ゆっくりと立ち上がった。
皐月の死因は事故死扱いにされたけれど、当時交際していた人物から虐待を受けていたことが判明している。そしてその事故も元はといえばその人物の行動が原因であり、あの日その人物が皐月を追いかけなければ、今頃私の側で一緒にコーヒーを飲み微笑み合っていたに違いない。
「……」
一瞬、カサブランカを供えた人物がその男ではないか?という考えが頭を過ぎって
「そんなわけ、ないと思うけどね……」
途端に私の頭の中がどんより雲のように暗くなる。
でも、頭上に降りかかる初夏の太陽の熱がすぐにそのどんよりを消し去ってくれた。
「きっと田上くんの店で花を買う男の子みたいに、いい人よね……絶対」
私は、朝香ちゃんがそのまま男の子になったみたいな、可愛らしい黒髪の男の子を想像しながら墓石に向かってそう言った。
田上くんの常連さんみたいな心優しい男の子がこの渾沌とした時代に存在するならば、皐月の墓参りをしてくれる人物だってそうであって欲しいという希望は持っていい筈なのだ。
小さく可憐な花が大好きで、花言葉にも詳しかった妹の皐月……目を閉じればいつでも、栗色でロングウェーブヘアのあの子を思い出す。
カサブランカは皐月の好みとは違っていたけれど「カサブランカみたいな女性」と表現しても良いくらい華やかで白い肌の美しい子だった。
「いつか……会えるかしらね」
カサブランカを供える人物に会ってみたい気もするけれど、敢えて月命日の日よりも前の日に待ち伏せしようとまでは考えていない。
会ってみたいと思うのと同じくらい、まだ怖いのだ。
「もっと強くならなくちゃね、私は」
私は線香が全て灰になるのを見届けてから、その場を後にし、しばしのドライブを楽しんでから帰宅した。
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