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事実と誤解

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「じゃあ……りょーくんお得意の添い寝、お願いします」


 真面目に2人で食器を片付け歯も磨き、改めてシングルベッドに2人向き合って寝転んで毛布を掛け合うとまたドキドキしてきた。

「緊張してる?」

 常夜灯のオレンジ色の光に照らされたりょーくんはいつも以上にかっこよく見える。

「うん……結構」
「あーちゃんが嫌なら俺は一切手を触れないよ。逆に、触ってほしい部分があるなら正直に言ってね。手でも頭でも良いし、腕枕が良ければしてあげる」
「逆にりょーくんは私に触りたいって思わないの?」
「あーちゃんが心地良く眠れる為の添い寝だからね。俺の欲求は二の次三の次だよ」
「じゃあ手を……お願い、します」

 横向きに寝転がり顔を向き合いながら添い寝方法の説明をするりょーくんの口調は、私を気遣うというよりは寧ろ定型的なルール説明のようにも感じられた。

(本当にこういう感じのソフレを、りょーくんはやっていたんだなぁ……)

 りょーくんのセリフは物凄く説得力があったし、私がのほほんと高校生活を送っている最中に時を同じくしてりょーくんが沢山の女性を添い寝で癒していたのかと思うと、色々と深く考えてしまう。

(私が高校1年の頃、夕紀さんは自分の夢を諦めようとまで気持ちを沈ませてた。そういう人は稀だって……だから身近な私が励まそうって思って「コーヒー屋さんごっこ」をしていたつもりだったけど、同じ空の下でりょーくんも誰かを励まして癒していたんだな……世の中って広いなぁ……)

 あの当時、私は痛々しい夕紀さんを見るのが少し辛かった。そのくらい夕紀さんは世界一不幸な状況にあると思っていた。

「手の繋ぎ方、ちょっと変えてもいい?」
「繋ぎ方?」
「あーちゃんが嫌じゃなければ……恋人繋ぎがしてみたい」

 だけど、この世界は広い。
 夕紀さんと似た経験をしてきた人は私の想像以上に沢山居るに違いなくて

「恋人……繋ぎ?」
「そう、指と指を絡めて……こういう感じ」
「あっ」
「仲良くしてる感じ、するかなぁって。どうかな?」
「うん……好き。こういうのも」

 その中で知り合った7人の女性の気持ちに寄り添って、りょーくんは添い寝をしてきたんだと思うと、彼の偉大さに感心した。

「良かったぁ今日はこのまま目を閉じてみようね。俺も目を閉じるから」
「うん」
「まだ喋りたい気持ちがあるから会話しても良いよ」
「うん」
「もうちょっとおしゃべりする?」
「うん」
「俺も、もう少しあーちゃんと喋りたかったから嬉しい」

 彼のこの語りかけはテクニックなのか、素なのかは分からない。
 だけど素直に彼の言う事を聞く事が出来るし7人の女性の中にはりょーくんの事を本気で好きになっちゃう人もいたんじゃないかとも妄想した。

(りょーくんの声も指の絡み方も温もりも全部心地良いんだもん……好きにならない方が変だよぉ)

 絵梨さんが色んな気を回して、揉んで、嫉妬してしまう気持ちも少し分かる。


 少しの眠気と、誤解してしまいそうなくらい温かなりょーくんの優しさに触れていた私。
 このまま眠ってしまっても良かったんだけど

「そういえばりょーくん……私が処女だってやっぱり知ってたんだね」

 りょーくんが言っていた「あーちゃんの純潔」の部分について質問をした。

 こんな私と1ヶ月一緒に居たらバレてるだろうっていう予想はしていたものの、私から処女だと告げる前に彼から断定された事が少し気にかかったからだ。

「あー……ごめん。実はね、知ってたんだ。あーちゃんと付き合う前から『あーちゃんが処女だ』っていう事」

 りょーくんは申し訳なさそうな声を出したから

「付き合う前から知ってた……って、何で?」

 と、つい私は目をパッチリ開いて質問を重ねる。

「4月の初めかな? 前期授業が始まる直前くらいの時期にさぁ、あの廊下のところであーちゃんらしき女性が男性と口論になってるのを偶然聞いちゃったから」
「えっ……」

 目を閉じだままのりょーくんにそう言われ、私は一気に血の気がサーッと引いて背筋が寒くなった。

(4月頭頃の口論ってそれ、勇輝ゆうきくんとの話だ……!!)

 勇輝くんとのお付き合い3日目。
 デート帰りにしつこく「部屋の中に入らせて」と言い続ける勇輝くんに「イヤ」「まだダメ」と私は拒んだ。

「あーちゃん、泣いてたでしょ? 彼氏っぽい男に『処女はめんどくさい』とか色々言われてて」
「!!」

(めちゃくちゃ聞かれてる! 勇輝くんと繰り広げた廊下でのやり取りを!!)

「盗み聞きするつもりはなかったんだ。たまたまあの時玄関で買ったばかりのスニーカーの靴紐の調整をやっててさ。扉越しからその声が聞こえてしまって)
「……確か20時前くらいだったかも。勇輝くんと口論になったのって」

 いつの間にかりょーくんは瞼をパッチリと開いていて、温かくて大きな掌が恋人繋ぎ中の手を優しく包み込んだ。
 血の気が引き背筋も凍るような気分になって口もカタカタ震えてしまっている私を慰めるかのように……。

「別れ話っぽい流れだったよね?あの時……」

 りょーくんからの質問に私は素直に頷いて

「そうなの。初デートなのに『部屋の中に入らせて』ってものすごくしつこくて、それを私がダメダメ言ってて」
「それで、男の方が逆ギレしてあーちゃんを泣かせたのか」
「うん、その人とはそれで別れる感じになって、それ以降連絡すらしてないよ」
「そっか……」

 常夜灯でオレンジ色に染まっているりょーくんは、辛そうな表情で俯く。

「りょーくん?」

 彼の表情の変化に私は心配になり、彼の名を呼ぶと

「いや……ごめん。『部屋に入るのを拒否られただけで逆ギレして暴言吐くなんて最低な男だな』って言おうとしたんだけど、『今日の昼間に俺も似たような行動してあーちゃん泣かせちゃったんだった』って思い出して、勝手に凹んでた。ごめんね」

 しんみりとした表情でりょーくんは私に言い、謝る。

「ううん、りょーくんのは『嘘』だってもう分かったから別に」

 それに対して私は首を左右に振って「謝らなくていい」という態度を取った。

「でも俺は卑怯者だよ。偶然耳にしたとはいえ『あーちゃんが処女』って事前に知った上でこの1ヶ月接してきていたんだから。それに……」

 りょーくんは眉を下げたまま喋っていて、そこで一旦区切ると恋人繋ぎの指の力をギュッと強めて

「……っ」
「あーちゃんには悪いけど、俺は優越感に浸っているよ。『あーちゃんはまだ誰のものにもなっていない』『これからゆっくり時間をかけて俺の色にあーちゃんを染められるんだ』って、内心めちゃくちゃ喜んでる」

 頬が熱くなっていく私に追い討ちをかけるようなセリフをいっぱいいっぱいりょーくんの口からたくさん聞いて……。
 セリフ内容がちょっとレトロだと感じていても、それを笑い飛ばせないくらい私はマジに受け取っていた。

「うん……りょーくんは優越感に浸ってていいよ。私が処女なのは本当の事なんだから」

 ドキドキしたまま私が言葉を返すと、りょーくんの指のギュッも温かく包む掌のスリスリも同時にやってきた。

「俺、今すごく嬉しい……」

 更に彼が目を細めて笑う顔がとっても素敵に見えて……心の中までポカポカと温まる。

「喜んでもいいよ。私をりょーくんの色に染めてもらっても、私は構わないっていうか」
「あーちゃん可愛い事言い過ぎっ。もっともっと好きになるっ……」

 それから、感極まったりょーくんからのギュッとスリスリを私は受けながら……最高に幸せな気持ちに包まれながら……
 
 どちらからとも言わず、そこで会話が途切れて、ゆったりとした気持ちで私は眠りについた。
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