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私の日常は珈琲と共に

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「はあっ……はあっ……!!」
 
 数分間の痴漢行為に耐えた私は、最寄駅の改札を通るなり駅前商店街の中を一直線に駆け出す。

「っ……っはあぁっ!!」

 日中は穏やかな陽の光に包まれ地元の人達に愛されている昔ながらのアーケード街。
 けれども23時をとうに過ぎたこの中は真っ暗闇のトンネルの中に突入していくみたいで、自分の足音も不気味に大きく響き、私の中の恐怖心が増す。

「ゆうきさん……ゆうきさんっ!!」

 私は必死にその人の名前を呪文のように呟き、アーケードが丁度途切れた場所に建つ店の前まで走った。
 そこは、私のバイト先であり修行先でもある珈琲豆専門店『After The Rain』———「雨上がり」の名をかんする店だ。

「っはあ……はあ……はあ……」

 当たり前の事だけど、店にはシャッターが閉められていて、勝手口からのあかりも漏れてない。

「もう……寝ちゃってる、よね?」

 私は確認するまでもない事を呟き、そこから斜め左上側へ視線を移しながら部屋の窓の色を確認する。

 私が目線を向けた、珈琲店隣に建つ「もりやま青果」の2階部分の窓は真っ暗で、その部屋で寝泊まりしている「ゆうきさん」が目を覚ましている気配は感じられなかった。

「迷惑かけてごめんなさい商店街の皆さん、夕紀ゆうきさん」

 私は、バタバタと大きな足音を立ててアーケードの中を通過してしまった事をその場で謝り深々と頭を下げると、そこから徒歩5分の道のりをゆっくりと静かに歩いて帰宅した。
 



 1年前から住んでいる、築20年の2階建てアパート。
 街灯の薄灯うすあかりの中で郵便受けの確認をした後、外階段をカンカンと上がって2軒目の扉の鍵を無言で開け、部屋の中に入る。

「すーっ……はああぁ……」

 私は玄関で靴も脱がずその場で深呼吸を一つして、気持ちを落ち着かせた。

「やっぱり落ち着くなぁ……この香り」

 1年も住んでいるから本当は鼻も麻痺しちゃってるんだけど、1Kの私の部屋は珈琲の焙煎豆の香りで立ち込めている。

「もっと気持ちを落ち着かせる為に、今から手煎ていり焙煎やりたいんだけど上手にれる自信はないなぁ」

 私は独り言を呟いて靴を脱ぎながらトートバッグを置き、流れるようにユニットバスの扉を開け、着ているものを全部脱いだ。

 生地の分厚いオーバーサイズのグレーパーカー
 白のロンT
 白のキャミソール
 厚手のストレートジーンズ
 黒の一分丈スパッツ
 上下ベージュのブラとショーツ

 脱いでみるとなかなかの重装備で、全裸になったらその場で軽くピョンピョン跳べちゃうくらい身軽になった。
 そして、脱いだ服を全部抱えて洗濯機の中へ投入し、洗剤や柔軟剤を入れてスイッチを回す。

 今はもう深夜の時間帯。
 そんな夜中に洗濯機回す行為は迷惑にならないのか?と、私の今の行動を見ている人がもし居たらそう首をかしげるに違いない。

 その答えは簡単。
 この時間帯、私以外のアパートの住人は深夜のアルバイトに出かけていて、金曜日の夜は私1人しか存在していない事を知っているからだ。
 その上、壁や床の造りもしっかりしていてお隣さん同士の騒音問題も皆無だったりする。
 だからこの場で思いきりピョンピョンてジャンプしたって洗濯機をカタカタ揺らしたって全然平気なんだ。

 部屋の内装も現代の生活スタイル向けにリノベーションされていて実際快適だし、この辺の単身アパートにしては珍しく都市ガス引いてるし、築20年という数字に捉われてはいけないと改めて思う。この最良物件を見つけてくれたお父さんに日々感謝だ。

「それに、このアパートには……」

 私はまたキッチンの壁に向かって独り言を呟き、もう一度深呼吸する。

 このアパートを気に入っている理由はもう一つある。

 「彼」が、住んでいるからだ。
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