出会って3秒で「気持ちいいコトに興味ある?」って誘われた話

チャフ

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夜に咲く山百合

ズルだと思うけど嘘じゃない

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* * *

「ね、今更なんだけど……西岡くんってさ」
「……はい」
「東北の高校でさぁ……陸上やってた?」
「はい」

 月曜日正午過ぎ。
 今竹店長からランチに誘われ、メニュー表に目を通していた燿太が気のない返事をしていると

「うっわ! やっぱり!! 同姓同名とはいえこんな偶然あるわけねーって思ってたんだけどやっぱりそうかぁ~~~」

 今竹はその場でバタバタと手足を動かし興奮する。

「えっ? どういう意味ですか?」

 今竹店長にはインターネットカフェでアルバイト面接を行う際に履歴書を渡している。そこには出身校を記入する欄があるので、燿太が東北出身かつ高校まで地元の学校へ通っていた事も書き記したのだ。部活動までは知らせなかったが。

「いやいや! 7年くらい前は有名人だったでしょキミ! 陸上雑誌でも注目されててさ」
 
 今竹は興奮している様子だったが、当の燿太にはいまいちピンと来ていない。

(注目っていってもその他大勢の中の1人って扱いだったしなぁ)

 確かに燿太の才能は高校3年で開花し大学にはスポーツ推薦で入学出来た。が、もちろん燿太1人が推薦された訳ではない。短距離の推薦で入った学生なんてこの国に数多く存在するし、高校在学中記者がやってきても燿太1人をフューチャーする記事はなかったと記憶している。

 黙々と店のタブレットて注文操作をする燿太とは裏腹に、今竹は興奮冷めやらないようで「キミの掲載号、この前実家の本棚から見つけて読み耽っちゃったよ」なんて喋り続けていたので

「店長って陸上競技好きなんですか?」

 と、燿太は質問してみた。
 すると今竹は鼻の穴を膨らませながら

「いや~観る専門だよ? 昔っからこんな体型だから走りたくても走れないって! だけど毎月雑誌は定期購読してるんだよ実家から『本棚整理してくれ』って嘆かれるレベルまで溜まっちゃってる」

 と、嬉しそうな返答がきた。

「って事は、店長……木崎馨って知ってます?」

 今竹がいつから陸上好きなのかは分からない。だが、燿太は質問せずにはいられなかった。燿太にとって「陸上選手」は木崎馨を超える高校生スプリンターは存在しないのだから。

(んで、「知らない」とか言うんだろうなどうせ)

 そして数多あまた居る陸上ファン並びに関係者と同じく、今竹もそのように言い「白百合」を崇めているのだろうと燿太は予想したのだった。

 それなのに……

「木崎馨! もちろん知ってるよ~♪ 幻の高校生スプリンター『山百合の君』だろ? 彼女は伝説的だったからねぇ♪」

 「知っている」と嬉しそうに返答した今竹に、燿太は目を丸くする。

「えっ?! 『山百合の君』をご存知なんですか??」
「もちろん知ってるよ~彼女の掲載号は特にお気に入りで実家じゃなくて自宅に持ってきてるくらいだもん」
「ぜんぶって、一冊だけじゃなくて?!何冊もですか??!」
「うん、12冊かな。全部持ってるよ」
「!!!!」

 これには燿太も驚いた。
 それほど『山百合の君』こと木崎馨があの1年間まばゆく光輝いていたという訳なのだが、燿太未読の雑誌がなんと勤務先の店長が補完しているという事実に身震いする。

「あぁ、そっかぁ。そりゃそうだよね。西岡くんは『山百合の君』に憧れて陸上の世界に入った世代でもある訳だもんね」

 様々な感情で打ち震えている燿太を目にしながら、分かったように今竹はウンウンと頷き

「彼女っておばあちゃんっ子で優しい選手だったよねぇ俺もあの記事見てホッコリしたもんだよ。おばあちゃんから教わった煮込みハンバーグをよく作って家族に披露してるとか……走りだけじゃなくて人柄も良かった印象があるなぁ」

 続けてしみじみ語る今竹に、今度は燿太が

「木崎馨って煮込みハンバーグが得意料理だったんですか?!」

 と、興奮してその場から立ち上がる。
 高校生時代の家庭内エピソードは祖母とのクリームソーダの思い出しか知らなかった燿太にとって、それは興奮するに値する情報であった。




(ってなわけで、馨さんからの料理リクエストを煮込みハンバーグにしたわけなんだけど……)

 そこから6時間以上経過した現在。
 皿に盛り付けされた煮込みハンバーグに舌鼓を打っている燿太の真向かいには、なんとも微妙な表情で燿太の手つきを見つめる木崎馨の姿があった。

(なんで嬉しそうじゃないんだろう? 得意料理で家族に振る舞ってたし大好きなおばあさんにも味を褒められていたんだよね?)

 今竹店長はソラで言えてしまうくらい、煮込みハンバーグエピソードの文をスラスラと燿太に披露してくれた。そのエピソードは今竹店長の特にお気に入りで、「一言一句間違いはない!」と断言されたほどだ。

 なのに、馨の表情は優れない。

「美味しいよ、すっごく」

 そのように燿太が味を褒めても

「うん……」

 と、彼女はしんみり頷くだけ。
 
(どうしたんだろ? まさか仕事で何かあったのかな?)

「馨さ」

 心配になった燿太が彼女の名前を呼ぼうとしたその時

「煮込みハンバーグってさ、モロ『ご家庭の味』っぽくない?」
「えっ」

 馨の声が上から被さる。

(どういう事?!)

 言葉の真意が掴めず燿太が首を傾げると

「っていうか、その……特別感がないとか。実家の雰囲気丸出しというか」

 馨のポツリ声がまた覆い被された。

「実家……」

 意味が分からず彼女の台詞を繰り返してみる。
 すると馨はハッと何かに気付いたような表情をしながらこちらを向き

「あ、ごめんなさい。はなくて!」

 と、慌てて謝ってきた。

(あ、そういう事か)

 そこでようやく事が出来た燿太はニコッと微笑み

「確かにボクにはそういう感覚分からないからね。実の両親から家庭料理を振る舞われた経験なかったし、こっち来て一人暮らしするようになっても煮込みハンバーグなんて食べてこなかったし」

 と、返事する。
 恐らく馨はこのように言いたかったのだ「煮込みハンバーグとは非常にありふれた食べ物であって大人がリクエストしてわざわざ作って食すほどのものではない」と……。
 もしかしたら、馨の人生の中で一度でも彼女得意料理の煮込みハンバーグを貶された経験があったのかもしれない。

(多分、貶したのは鮫谷俊輔かな。あのオッサン、デリカシーのない事言いそうだし)

 「恐らく」や「多分」ではあるが、申し訳なさそうに眉毛を下げる馨の表情を見るに大方正解しているのであろう。

「でもね、馨さん」

 そんな馨に、燿太はにこやかな表情を向け続けた。

「ボクは確かに『煮込みハンバーグが食べたい』って言ったし、実際こうして食べてみて『リクエストして良かった』って思っているよ」

 「煮込みハンバーグ」のワードは今竹から聞き齧った、言わばズル。
 彼女の得意料理をリクエストすれば、自分の好感度がより上がるのではないかと打算的に考えたし、コウ時代に培った営業スマイルでもって「美味しい」と感想を述べれば彼女は自分をもっと好きになってくれるのではないかと、今でも思っている。

(けど、美味しかったのは本当だし食べる事が出来て良かったって本気で思ってる)

 その、すらご馳走である燿太にとって今夜のこの瞬間はとても幸福な時間に感じられるし、リクエストして良かったと思っていた。

「ありがとう、馨さん。もっと大好きになっちゃったよ♡」

 嘘ではない気持ちを言葉にして感謝する反面……。

(どうせ貶した野郎はこのハンバーグ一口も食べた事がないんだろうな)

 彼女の自信を失わせた張本人を哀れだと感じていた。

 


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