出会って3秒で「気持ちいいコトに興味ある?」って誘われた話

チャフ

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夜に咲く山百合

相手の為だと思って

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(本当にこんな料理で良かったのかな……)

 18時40分。
 馨は自室のキッチンの前に立ち、グツグツと煮えるを見下ろしながらそんな事を考えていた。

(煮込みハンバーグは実家に居る時しょっちゅう作ってて、社会人になる前の私にとって一番の得意料理だったのは確かだけど……)

 家事が一通り出来、俊輔と交際中も家庭料理を披露してきた馨なのだが……煮込みハンバーグを手作りするのは実に5年半振りの事だったので

(リモート会議を終えかなり早い時間に帰宅し好い気になった私も悪いけど、よりによって西岡燿太から煮込みハンバーグをリクエストされるだなんて不安しかない……)

 材料を買い揃える段階から調理中の今に至るまでずっと、馨は緊張しており冬だというのにイヤな汗も掻いていた。

(矢野さんからあんな話を聞かされたんだもん、今日くらいは彼にオイルほぐしとかフードデリバリーの手配とかしてもらうんじゃなくて、私から色々してあげたいって。確かにそう思ったよ? でも何で煮込みハンバーグ? 洋食が好きならもっと他に選択肢あったんじゃなくて??)

 2時間前、まだインターネットカフェのアルバイト中であろう燿太に「今日早上がり出来たから料理作ってみようと思うんだけど食べたいものある?」と質問を投げかけてみると、何故か間髪入れずに送信メッセージに既読表示がつき「洋のごはんを食べたい気分だから煮込みハンバーグがいい!」という返事が即座に来た。

 燿太がその料理を欲したくらいなら、馨だって理解したいし寄り添いたい。何故なら今日は朝からそこそこに寒く、彼が元常連客のユリさんとやらと数日前にクリスマスマーケットでドイツ料理に舌鼓を打つつもりが馨のメイク直しによって一口程度しか食べられず、土曜日はフードデリバリーでアサリと豆腐のチゲスープを頼み、昨日は昨日で中華料理の点心をあれやこれやと注文し、偶然にも昼間にきたメッセージで「ランチは店長に親子丼奢ってもらった」という謎の報告が届いていたので「今夜は温かな洋食を欲するんじゃないか」という予測はついていたからだ。

(世の中にはまだまだたくさんあるじゃないっ! デミグラスソースたっぷりかかったオムライスとか、チキンがホロホロ崩れるくらいに煮込まれたクリームシチューとか……あとはチーズたっぷりのマカロニグラタンとかっ!!)

 けれど、「洋のごはんを食べたい」と欲した西岡燿太のアンサーは、あろう事か付き合い前の俊輔にけちょんけちょんにけなされた煮込みハンバーグであった。

(あんまり良い思い出ないのよね、コレには……)

 馨の脳内には、5年半前鮫谷俊輔と付き合う直前の飲み会での会話が男の顔と共に再生される。


ーーー

『煮込みハンバーグが得意料理とか、なぁにガキみたいな事言ってんだよ。料理下手ってバラしてるようなもんだろ』

ーーー


 あれは入社2年目突入したのを記念した同期飲み会の出来事だった。その時は「女の子に作ってもらいたい家庭料理は何か?」というテーマで話が盛り上がっていて、男性社員は「気になってる子が作ってくれるなら」女性社員は「気になってる人に何を作ってあげたいか」と各々想像を繰り広げ、単なるお遊び的な話題になる筈だったのだが……俊輔が自分に目配せしながら言い放ったその発言は、馨をフリーズさせるに値する暴言のようなものであった。

(俊輔は上昇志向の塊だし、好きな相手にはもっと料理の腕を上げて欲しいって気持ちがあったんだろうな……)

 当時、俊輔も馨も「気になっている」認識があった。同期の中で秀でていた2人は常に切磋琢磨しており仕事において信頼関係を築きつつある。「プライベートでも信頼を築きたい」と互いに考えていたのだ。
 だからこそ、家事をより頑張ってレベルの高い料理を自分に提供してほしいと俊輔は馨に期待を寄せたのだろうし、馨も馨でイケメンかつ仕事の出来る俊輔の格に見合う女性になりたいと思ってしまったのだ。

(ま、その所為で煮込みハンバーグ作るのがトラウマになっちゃったわけだけど)

 馨の「もっと料理を頑張りたい」と思う気持ちに反して、それまで得意としてきて家族を笑顔にしてきた煮込みハンバーグが苦手になってしまった……今思えば俊輔のあの軽はずみな発言は罪と呼べるのであろう。

(昔と同じように作ってみたつもりだけど不安だな……美味しく出来たのかな、コレ。マズかったらどうしよう)

 もうじき燿太はこの301号室のインターフォンを鳴らして入室を乞うのだろう。ここ数日の様子からしてニコニコ笑顔で「開けて♡」と言ってくるに違いない。

「はぁぁああぁぁ~~」

 馨の口から長い溜め息が紡がれていると

 ピーンポーン……と、予想そのままの音がキッチンにまで響き渡る。

(なんでこのマンション、エントランスセキュリティがないんだろ)

 タワマンではなく古い建物なので、セキュリティ設備に乏しい。この音が鳴ったという事は、西岡燿太が301号室の扉前で立っているのを意味している。

(仕方ない……批判承知で食べさせるしかないわね)

 腹をくくった馨が扉の鍵を開けて

「お仕事お疲れ様」

 目の前でにんまりと笑顔を浮かべている金髪ヘーゼルアイの彼に呼び掛けると

「馨さんもお疲れ様ぁ♡」

 燿太はササッと中に入ってエプロン姿の馨にギュウッと抱きついてきた。

「うん……お疲れ様」

 思わずしんみりとした声を出してしまった馨であったが、燿太はそれに全く気付いていないようで

「ああ~~♡ トマトとソースが混じってるみたいな、めちゃくちゃいい匂いする! これ食べる前から美味しいのが確定してるやつ!!」
「!!」
「んはぁあああぁぁぁ~~~幸せの香りだぁぁぁぁぁぁ♡♡♡」

 ハグしたまま部屋に漂う香りをクンクンと嗅ぎ始めた。

(何よ……幸せそうな表情かおしちゃって)

 歳下で少しだけ背丈の低い燿太だからこそ、その甘ったるい声や可愛らしい仕草が似合う。

「一気にお腹空いてきたぁ♡ 馨さん、ご飯用意してくれてありがとう♡」
「ぅ……ど、どういたしまして」

 とはいえ、そこまで幸せそうなトロトロ顔を自分に見せつけていいのだろうか……と、馨は一瞬たじろいでしまった。

(何よこの子! 昨夜はドSに私を責めたてていたくせに!! まるで別人じゃないっ!!)

 食べる前からそこまで褒めてくれる燿太は、元カレと真逆の態度でいる。
 ……が、今の馨にとってそれが彼女自身の心をときほぐすのだ。

(…………まぁ、おかげで煮込みハンバーグの苦手意識薄れてきたかも)


 
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