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【追加エピソード③】美味しい桃の食し方(side静華)
★3
しおりを挟む家に着いたら、私は桃を美味しく食べようと思って氷水を張ったボウルの中に2つの桃を入れて冷やしたの。
産毛がチクチクするくらいに立っていたから、手でこすり洗いもして。
キッチンでその作業をしていたらみなとっちが驚いた顔をして私の方に駆け寄ると、急いでボウルの中から桃を一つ取り上げて
「お前の馬鹿力で扱ったら傷付くだろ!」
って怒り出したの。
「はぁ??! せっかく美味しく食べれるように産毛取って冷やして切ろうとしたのに!」
私の親はテレビ出演や講演会で全国を飛び回ってたくらい有名人でね、家庭を顧みない人達だった。
私は家に1人で居る事が多かったから、口に入れる物くらいは美味しく食べようと何でもかんでも本やネットで調べててさ。
桃の食べ方くらいそれなりに知識ある方だと思ってたんだよね。だけどみなとっちは私を叱りながらそれを全否定したの。
いつも私のタバコを叱るみたいに、「常識はお前の中だけにあるものじゃない」って、その時も暗に言われたような気がした。
「水蜜桃は繊細なんだよ。強い力でガシガシ擦るもんじゃねぇの!」
「そうしないと産毛が面倒じゃん。触れるだけでもチクッてするし」
「それがいいんだろうが。ばぁか」
みなとっちは氷水に一瞬潜らせただけの、あまり冷えていない桃を大きな手で包むように手にすると、そのまま口をつけてかぶりついたものだから凄くビックリしちゃった。
皮ごと丸かじりするのかと思ったらそうじゃなくて、歯で器用に薄い皮だけを剥いで……
そこから現れた、果汁が滴るくらい瑞々しい果肉だけを齧っては口の中に入れてくの。
「んっ……」
齧る時に零れ落ちる果汁も残らず、愛おしそうに舌で受け止め濡れた手指をちゅるっと唇で吸う。
果肉をがぶっと齧っては頰を膨らまして……果汁をじゅるじゅると吸っては、飲み込んで。
「……」
男らしい食べ方と言えば聞こえはいいけど、食べ方は決して上品ではなかったなぁ。「ガサツで女らしさの欠けらも無い」と校内で言われてた私ですら、真似をしようとは思わなかった。
「んー、まぁまぁな味だな」
私がお金出して買ってあげた桃にそんな言い方をして味の感想を述べるみなとっちに、またちょっとムカついたけどさ……。
口の周りを桃の果汁だらけにしたその顔がさ、窓から強く射し込む夏の光に反射してキラキラと輝いて見えて
「っ……」
息を呑むほど綺麗で妖艶な表情をしてるって、その時私は思った。
そして、今更ながら「この1年ちょっとでみなとっちの背がすごく伸びたんだ」って気が付いたの。
校内でも、家までの道のりを歩く時でも、ごく普通の友達として並んで一緒に歩いていた癖に私ってば本当にその瞬間まで気が付いてなくってさ。
そういえば手も私よりずっと大きいよなぁ。とか……
服の色が黒だからスルーしてたけど、夏休みだから学ランじゃなくて襟付きのシャツを着てるじゃん。とか……
その瞬間に気付いた事が沢山あって。
沢山の事含めて、無心に桃を食べるみなとっちをもっとずっと見ていたいって強く思った。
「ごめん。立ったまま食ったから床に汁こぼしちまった……」
大きな掌に種だけを残して、手首や腕に垂れた果汁を舌で追った後でみなとっちはフローリングに視線を落とした。
「あっ、いいよいいよ私拭いておくから。
それよりもさぁ……桃、もう一個食べる?」
私はすぐにみなとっちの足元を拭き掃除して、しゃがんだ姿勢のままみなとっちの顔を見上げたら
「あー、お前がガシガシ擦ったヤツかぁ」
って、眉間に皺を寄せて一瞬嫌がったんだけど、桃自体は好きなんだろうね……
「あっちの縁側で食っていいなら貰う」
庭に続く窓を指差して、「ふっ」って笑ったんだ。
「縁側じゃなくてウッドデッキなんだけど」
「どっちでもいいだろ」
「まぁいいよ、ウッドデッキで何したって外からは見えない構造になってるし」
「桃食うだけだから他人に見られようがどうって事ねーし」
私と会話のやり取りを二往復して、みなとっちはまた笑った。
なつこちゃんにとってみなとっちの笑い顔なんて普通の事すぎるかもしれないけどさ、私にとっては凄く貴重だったの。
みなとっちはいつも無愛想で、眉間に皺を深く寄せてる顔しか私に見せてこないんだから。
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