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【追加エピソード①】俺が「なっちゃん」と呼ばない理由
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しおりを挟む突然、お袋の何気ない質問によって過去の記憶がほじくり返された———。
「ねぇ、どうして湊人だけ『なっちゃん』って呼ばないの?」
「ブフッ!!!!」
居間で麦茶を飲んでいる最中にそんな質問を母親から投げかけられたのだから、口から噴射するのは不可避であって
「ああっ……汚いなぁ湊人っ」
「親父ごめん。ちょっとかかったかも……」
「もうっ! ちゃんと自分で拭いてよね」
「お袋も……ごめんなさい」
お袋が突拍子もない質問をしてきたのがそもそもの理由なのに、俺は両親に「ごめん」を言い噴き出した麦茶の処理を行う。
「そう言われてみれば確かに変だよねぇ。私達だけじゃなく、晴美ちゃんや和明くん、菜央ちゃんだって『なっちゃん』って呼んでるのに、湊人だけだろ? 呼び捨てにしてるの」
図書館で借りた本には噴射物がかからなかったようで、安堵の吐息を吐いている親父がお袋の質問にそう乗ってくる。
「そういえば……呼び捨てしてんの俺だけかも」
「そういえば」も何もなく、夏実の周囲の人間は俺以外「なっちゃん」「なつこ」とあだ名で呼んでいて、「夏実」と呼ぶのは俺1人だけなのだ。
「なっちゃんが生まれたばかりの頃は湊人も『なっちゃん』って呼んでた気がするのよねぇ~……」
「えっ? よっちゃん、そうなの?」
「……」
「かっちゃん、覚えてない? ほら、なっちゃんが退院してしばらくしてからかしら。晴ちゃんがさぁ、湊人におむつ替えを教えて手伝わせていたでしょ?」
「ああ~! そういえばそんな事があったねぇ。
湊人、呑み込みが早くてすぐ出来るようになったんだよなぁ」
「…………」
「そうそう! あの時、和くん海外にいて育児一つも出来なかったでしょ? 今で言う『ワンオペ』ってやつ。私も手伝いしたけど、湊人がちゃんとしっかり赤ちゃんのお世話をしてくれていたから、晴ちゃんとっても喜んでいたのよねぇ~」
「………………」
「……で、その頃は湊人も『なっちゃん』呼びしてたと」
「そうそう! 『なっちゃーん』って呼び掛けながら湊人がなっちゃんのお世話してた記憶はバッチリあるの」
「……………………」
「……だってさ、湊人。覚えてる? お前が『なっちゃん』って呼んでた時期の事」
18年前の昔話に花を咲かせているのを右耳で聞き左へ受け流す作業をしばらく続けていた俺に、より突っ込んだ質問を親父はしてきて……。
「さ、さぁ? 覚えて……ないなー……」
俺は白々しくもそう返答せざるを得なかった。
「 えぇ~? 赤ちゃんのおむつ替えよ?! 逆に覚えてない事なんてある? しかも替えたの一回だけじゃないのよ? 3年近くよ? 3年近くっ!!」
俺の答え方が気に食わなかったのか、お袋は腰に手を当てながらプンスカしている。
「夏実のおむつ替えをしてたのは覚えているよ流石に。
……ただ、その頃『なっちゃん』と呼んでたかどうかまでは覚えてないっていうか」
「本当に?」
プンスカしながら尚も食らい付く母親に、俺は冷や汗を掻きながら「うん」と頷いたのだが、やはり納得はしていないようで
「ええ~~なんか信じられないっ! 湊人って真面目な子だから記憶力良い方なのにっ!」
と、年甲斐もなく唇を尖らせていた。
「そんな話してる暇、もうねーよっ! 早く車乗って!! 新幹線に乗れなくなるから!」
「ええ~車の中でももう少し思い出していこうよ湊人っ!」
「運転手にはそんな暇はねーの。ほら、早く戸締りして!! 荷物は俺が大体持つから」
仕方なく俺は、「せっかくとった新幹線の指定席チケットが無駄になる」を理由にその話題を断ち切り、親父とお袋を車に乗せて駅まで運転するという任務を遂行し始めた。
「湊人はクールだねぇ、まったく。そんなんじゃなっちゃんに嫌われてしまうよ?」
「……」
「ちゃんとなっちゃんのウェディングドレス姿、見せてくれなきゃ困るんだよねぇ」
「…………」
途中、親父からそんな口撃を受けたりしたのだが、だんまりを決め込んで安全運転を心がけた自分を自分で褒めたいと思った。
本当のところは、俺が夏実を「なっちゃん」と呼んでいた時期は存在してるししっかり記憶している。
だがその事実も、彼女を現在では「夏実」と呼び「なっちゃん」とは呼ばない理由も、誰にも明かす事は出来ないのだ。
血の繋がった両親にも、夏実の家族にも……勿論夏実本人にだって。
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