【完結】彼女が18になった

チャフ

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2人で眺める永遠への光

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「部長……ですか?」

 青天せいてん霹靂へきれきという言葉は、この場合にも当てまるのだろうか?

「そう。私、会社を辞めようと思っているから」

 たった2人きりとなった夜の本社オフィスの片隅で、突然俺は部長昇進への打診を逢坂部長の口から直接受けていた。

「それは部長が嘱託しょくたくだから……ですか? まだ契約は可能だって、高橋部長は仰ってましたが」
「それはそうなんだけど、事実60をとうに過ぎちゃったからね。そろそろ1人でのんびり過ごそうかなって思っていてさ」
「ですが、勤続10年にも満たない者が部長に昇進するというのも……」
「高橋だって、総務部長に就任したのは30歳だったよ。何も前例がないわけじゃないんだ」
「他部署には主任の先輩方がたくさんいらっしゃいますし、その先輩方からどなたかうちの部に異動という方法だってあるんじゃ……ないですかね?」

 確かに、逢坂部長が退職を希望したのなら誰かが後任として就かなければならない。

 けれども俺はまだ入社8年目で経験が少な過ぎる。他部署には俺よりも勤続年数の長い主任副所長が大勢居るのだし他部署から部長になる為異動するケースも多いのだから、当然の事会社はその方法を選ぶものだとばかり思っていた。

「その点においては、上期がスタートした8月の会議で議題に挙げてもらったんだけどね。大多数が『広瀬が適任だ』と判断して、そういう結果になっちゃったから」
「なっちゃったって……そんな……」
「広瀬は昇進したくないのか?男だったらそういう欲求くらいあるだろう?」
「欲求……ですか」

 そんなもの、この状況下におかれたら今であっても「あります!!」なんて言える筈がない。
 そのくらい、自分の目の前に現れた部長昇進の話に俺の頭はパニックを起こしていて、処理能力のキャパシティを超えていた。


「逢坂部長が辞めて、俺が部長になる……」

 俺が改めて、部長の前で今回の話を噛み砕くように呟くと

「なっさけないなぁ広瀬は」

 と、逢坂部長は呆れた意味の溜め息をいて俺を「情けない男だ」と評する。

「実際情けない人間ですからそれは否定しません。部長に任された研修の時だって失態を犯してしまいましたから」

 いくら部長直々に推薦されて、部長会議の場で他部署からも多数承認を得たとはいえ、それを素直に喜べない理由がいくつかある。
 その一つが、9月の営業事務研修での一件だ。

「研修での失態って、もしかして広瀬が酩酊めいていした事?」

 逢坂部長の切れ長の目が俺の顔を捉える。

「はい。理由はともあれ、新入社員の鏑木かぶらぎさんに対して本来ならもっと毅然きぜんとした態度を見せるべきでしたから」

 部長の全身から醸し出されている気高い雰囲気に俺は入社してからずっと圧倒され、彼女の前では一切嘘をつく事が出来ない。
 元々上司に対して嘘をつくなんて意識は全く持っていないのだけれど、俺は自分自身そのままに己の汚点を述べて例の件を改めて反省した。

「でもそれ以外の部分では、あの場に居た全員が広瀬を評価しているよ。直接話を聞いたのは野崎や村川、森田……あとは第一の原田とかで、他のエリアの営業事務からは電話くらいしか聞き知るすべはなかったのだけれど。
 鏑木も鏑木で、電話の声の感じだと少し反省していた様子だったけどね」

 その言葉から、「俺の知らないところで部長はひそかに研修メンバーから一人一人事情を聞き取りしていたんだな」という事を知る。
 何かが起きた時に、一方の意見だけを鵜呑みにせずなるべく多くの人間から話を聞いて俯瞰ふかん的に判断を試みる。……この行動も、とつも部長らしいと感じるし尊敬する部分でもある。

「そもそも、あの件では誰も何も広瀬に対して文句が出てないんだ。気にする事じゃない。
 寧ろ私が居ない状況下、広瀬は広瀬でしっかり準備して臨んだと思うし、野崎も森田も村川も広瀬の指示通りにちゃんと準備をこなして各々の仕事が出来たじゃないか。
 私が辞めてこの場に居なくなったって部内の空気感は広瀬を筆頭に完成されていると、研修後の1ヶ月ちょっとの様子だけ見ても私はそう感じるんだけどな」
「……」

 部長から優しく温かい言葉をかけてもらっている今でも、俺は黙って首を横に振った。

「はぁ……」

 それに対し、部長はまた溜め息を吐く。

「広瀬は社会人であり会社人なんだろう?会社人なら会社人らしく、上に上がる事を素直に喜べばいいじゃないか。
 広瀬は入社してからずっと真面目に実直に仕事をしてきているのを私は知っている。素行も良くて、人格的にも何も問題はない……まぁ、ただ一つ悪い点を述べるとしたら、その自己評価が低い点だな」
「会社にバレてしまっているように性的嗜好に難があるので、人格的に問題はないとも言い切れませんが」

 溜め息混じりで俺への評価をつける部長の「素行」や「人格問題」に関して、俺は即答と云ってもいいスピードで返答したのだが……。

「性的嗜好って、広瀬が付き合っている女子高生の話だろ? あんなの一体どこに問題があるというんだ?
 寧ろ私がを広瀬は男として真摯に向き合って羨ましいと思って評価しているんだけど?」

 部長は俺にそんな事を言い出して、口角を上げた。

「成し得なかった……事、ですか?」
「そうだよ」

 その表情は、自分の親よりも歳上の女性……まして上司にこんな気持ちを抱くのは失礼なんじゃないかと思えるくらい格好良くて素敵な微笑だった。

 
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