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俺と彼女と可愛い甘え
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「部署が違うとはいえ、同じ会社の……年数も先輩である人間が泣いたんだよ。鏑木さんは何とも思わないんだ?」
俺はそう言って鏑木さんの向かいに座ると、鏑木さんは空になったグラスを置いて途端に機嫌悪そうな表情を向けてきた。
「だって森田さん勝手に泣いたんですよ? 私、あの人を理詰めで責めたり一方的に攻撃したりしてないんです。
ただ、仕事の在り方についてあの人より思い付くところがあったからそこを指摘しただけです」
鏑木さんの目は明らかに「自分は悪くない」と言いたげで、その場に残っていた人達にも目を向けると「確かにそうだよね」と呟いては顔を見合わせていた。
俺は鏑木さんの性格そのものを知らないが、「あの矢野橋と気が合って付き合っている」というのが理解出来る雰囲気を彼女から感じられる。
森田さんも大阪時代に矢野橋と付き合っていたが、森田さんの「今までとは違う刺激を求めていた」とする付き合い方と目の前の彼女とは性質が違うのだろうという予想がついた。
「同じ部の者として、俺は森田さんが真面目に取り組んでないとは思わない。けれど彼女だって業務に来て2年目なのだから至らない点や気が回らない点はあると思う。
仕事の出来る鏑木さんが目につくのは当然かもしれないし、森田さんを指導した俺としても申し訳なく思うよ。」
「フフッ」
俺の謝りに、鏑木さんはほくそ笑んだ。
俺はその笑みをしっかりと確認した上でこう言葉を続ける。
「森田さんに指摘したその内容が、1年目の鏑木さん1人で感じて思った事であるならば、森田さんを指導した俺に責任があるから謝らなければならない。
……けれどもそれが『誰か』が森田さんを攻撃する為に鏑木さんに助言したのであれば話は別だ」
「誰かって……広瀬さんは一体何が言いたいんですか?」
一瞬鏑木さんの目が泳いだのを俺は見逃さなかった。
「研修の時に鏑木さんが質問した事って実は2年前に事務研修でやっているから、あの場でわざわざ疑問投げかなくても通常業務の合間に狭山さんにでも訊けば良かったんじゃないかな。
……本当に鏑木さん個人で疑問に感じた事であるならば、わざわざ研修までその質問を抱えず真っ先に先輩である狭山さんに訊けばすぐに解決出来た内容なんだからね」
「……」
「2年前の事務研修時、森田さんは大阪で営業部に所属してて工場見学をしていない。実際に見学してない森田さんに質問するよりは間近に良い先輩が居て鏑木さんのモヤモヤとした問題解決はその時点で可能だったんじゃないか……俺はそう思うんだけど」
「……」
「狭山さんは20年事務の仕事をしてきているんだから、尚更仕事の相方となる大先輩に訊く方が合理的じゃないかな? それとも狭山さんに質問するより研修の場で発言した方が派手だし自分をアピールするのに都合が良かった?」
こっちは身に覚えのある鏑木さんにだけ伝わる言い方でアプローチしてみるものの……。
「広瀬さんの仰る意味が分かりません」
鏑木さんはそんな事を言い、グラスの中身を空にした。
「そうか……別に誰かからの助言がなかったのであればいいんだ。
今回みたいな質問ってよほど優秀な人材でなければ気付かない細かい点だったんだし、そこをピンポイントで気付く鏑木さんはとても有能なんだろうなと俺ら業務部も感心するばかりだ」
そこで「優秀」「有能」といった、彼女を持ち上げるような用語を含んだ発言をしてみると
「私はまだ1年目ですが、やるべき仕事は一通り覚えましたし営業の皆さんからは一人前扱いされてますからね。当然だという自覚持って仕事してますよ」
彼女は男に媚びる女の目つきをしながら喜び出したのが何とも気味が悪く、18歳の夏実よりも23歳の鏑木さんの方が精神的に幼いのではないかとさえ感じた。
「俺も半年程第一営業所で事務をしていたから、鏑木さん達の仕事がどれだけ多岐に渡るか身を持って知っているよ。営業事務って一言で言えば簡単だけどやる事多くて大変だよね。営業の補佐をするから、営業の手が回らない時に見積書や提案書を作成しなければならないし、業界誌に目を通して仕事に繋がる情報を集めておかないといけない。
……俺もベテランの原田さんからたくさん指導を受けて色々やったよ。本当に大変だよね。鏑木さんも大変でしょう? 通常業務に加えて営業部員の補佐に回らなきゃいけないからさぁ」
俺の「営業の補佐に回る」という言い回しは、言葉でこそオブラートに包んでいるものの「営業部員の尻拭い」とほぼ同等の意味を為していた。
「見積書や提案書までは……主業務ではありませんから」
鏑木さんはまた目を泳がせていて、他の事務員方も少々騒つく。
「ふぅん……鏑木さんはしてないんだ? 主業務だけしかしてないのにそこまで『自分は優秀』という意識を持つのは辞めた方が良いよ。狭山さん達に失礼だから」
「私は自分のやるべき仕事に誇りを持ちたいだけです。私達事務と業務の広瀬さんとは切っても切れない関係です。だからこそ、業務の方もちゃんとやるべき仕事をやって頂かないと困るという話を森田さんにしたかっただけで」
「それなら主任の俺にジャンジャンしてきてよ、そういう話。
特に俺は事務経験もあるから両部の立場を鑑みつつ返答出来ると思うからね」
「……」
「っていうか、なんで森田さんにばっかりその話をしたの? この卓には村川くんも居たんだよね? 同期同士で情報交換がてら村川くんとも3人で会話すれば良かったのに」
俺はそう言って鏑木さんの向かいに座ると、鏑木さんは空になったグラスを置いて途端に機嫌悪そうな表情を向けてきた。
「だって森田さん勝手に泣いたんですよ? 私、あの人を理詰めで責めたり一方的に攻撃したりしてないんです。
ただ、仕事の在り方についてあの人より思い付くところがあったからそこを指摘しただけです」
鏑木さんの目は明らかに「自分は悪くない」と言いたげで、その場に残っていた人達にも目を向けると「確かにそうだよね」と呟いては顔を見合わせていた。
俺は鏑木さんの性格そのものを知らないが、「あの矢野橋と気が合って付き合っている」というのが理解出来る雰囲気を彼女から感じられる。
森田さんも大阪時代に矢野橋と付き合っていたが、森田さんの「今までとは違う刺激を求めていた」とする付き合い方と目の前の彼女とは性質が違うのだろうという予想がついた。
「同じ部の者として、俺は森田さんが真面目に取り組んでないとは思わない。けれど彼女だって業務に来て2年目なのだから至らない点や気が回らない点はあると思う。
仕事の出来る鏑木さんが目につくのは当然かもしれないし、森田さんを指導した俺としても申し訳なく思うよ。」
「フフッ」
俺の謝りに、鏑木さんはほくそ笑んだ。
俺はその笑みをしっかりと確認した上でこう言葉を続ける。
「森田さんに指摘したその内容が、1年目の鏑木さん1人で感じて思った事であるならば、森田さんを指導した俺に責任があるから謝らなければならない。
……けれどもそれが『誰か』が森田さんを攻撃する為に鏑木さんに助言したのであれば話は別だ」
「誰かって……広瀬さんは一体何が言いたいんですか?」
一瞬鏑木さんの目が泳いだのを俺は見逃さなかった。
「研修の時に鏑木さんが質問した事って実は2年前に事務研修でやっているから、あの場でわざわざ疑問投げかなくても通常業務の合間に狭山さんにでも訊けば良かったんじゃないかな。
……本当に鏑木さん個人で疑問に感じた事であるならば、わざわざ研修までその質問を抱えず真っ先に先輩である狭山さんに訊けばすぐに解決出来た内容なんだからね」
「……」
「2年前の事務研修時、森田さんは大阪で営業部に所属してて工場見学をしていない。実際に見学してない森田さんに質問するよりは間近に良い先輩が居て鏑木さんのモヤモヤとした問題解決はその時点で可能だったんじゃないか……俺はそう思うんだけど」
「……」
「狭山さんは20年事務の仕事をしてきているんだから、尚更仕事の相方となる大先輩に訊く方が合理的じゃないかな? それとも狭山さんに質問するより研修の場で発言した方が派手だし自分をアピールするのに都合が良かった?」
こっちは身に覚えのある鏑木さんにだけ伝わる言い方でアプローチしてみるものの……。
「広瀬さんの仰る意味が分かりません」
鏑木さんはそんな事を言い、グラスの中身を空にした。
「そうか……別に誰かからの助言がなかったのであればいいんだ。
今回みたいな質問ってよほど優秀な人材でなければ気付かない細かい点だったんだし、そこをピンポイントで気付く鏑木さんはとても有能なんだろうなと俺ら業務部も感心するばかりだ」
そこで「優秀」「有能」といった、彼女を持ち上げるような用語を含んだ発言をしてみると
「私はまだ1年目ですが、やるべき仕事は一通り覚えましたし営業の皆さんからは一人前扱いされてますからね。当然だという自覚持って仕事してますよ」
彼女は男に媚びる女の目つきをしながら喜び出したのが何とも気味が悪く、18歳の夏実よりも23歳の鏑木さんの方が精神的に幼いのではないかとさえ感じた。
「俺も半年程第一営業所で事務をしていたから、鏑木さん達の仕事がどれだけ多岐に渡るか身を持って知っているよ。営業事務って一言で言えば簡単だけどやる事多くて大変だよね。営業の補佐をするから、営業の手が回らない時に見積書や提案書を作成しなければならないし、業界誌に目を通して仕事に繋がる情報を集めておかないといけない。
……俺もベテランの原田さんからたくさん指導を受けて色々やったよ。本当に大変だよね。鏑木さんも大変でしょう? 通常業務に加えて営業部員の補佐に回らなきゃいけないからさぁ」
俺の「営業の補佐に回る」という言い回しは、言葉でこそオブラートに包んでいるものの「営業部員の尻拭い」とほぼ同等の意味を為していた。
「見積書や提案書までは……主業務ではありませんから」
鏑木さんはまた目を泳がせていて、他の事務員方も少々騒つく。
「ふぅん……鏑木さんはしてないんだ? 主業務だけしかしてないのにそこまで『自分は優秀』という意識を持つのは辞めた方が良いよ。狭山さん達に失礼だから」
「私は自分のやるべき仕事に誇りを持ちたいだけです。私達事務と業務の広瀬さんとは切っても切れない関係です。だからこそ、業務の方もちゃんとやるべき仕事をやって頂かないと困るという話を森田さんにしたかっただけで」
「それなら主任の俺にジャンジャンしてきてよ、そういう話。
特に俺は事務経験もあるから両部の立場を鑑みつつ返答出来ると思うからね」
「……」
「っていうか、なんで森田さんにばっかりその話をしたの? この卓には村川くんも居たんだよね? 同期同士で情報交換がてら村川くんとも3人で会話すれば良かったのに」
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