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俺と彼女と可愛い甘え
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狭山さんは遠野夕紀さんの近況をジュン先輩との結婚しか知らなかったようだ。けれども別業種で技を磨いていると知るなり狭山さんの顔がパァッと明るくなった。
「あー……今でも凄いんやねぇ遠野さん! 彼女はエリアが違うし年数的にもうちの後輩になるんやけど、色んな意味で敵わんかったなぁ。実際、鏑木さん以上に仕事の覚えが速くて自分のエリアだけでなく広範囲を客観的に見て冷静な判断を取れる子やったし。経験も年齢も関係なく、うちも憧れとったんよ遠野さんの事♪」
「そうなんですね……」
短期間でも事務を担当していた俺こそが遠野夕紀さんの恩恵を受けていたほどなのだから、彼女在籍当時は同期後輩のみならず先輩方にも良い刺激となっていたのは当然だと思う。
「せやから鏑木さんにはそのエピソード含めて遠野さんの話をしてん……けど、それが鏑木さんにとってはあかん返答やったんやろうね。途端に機嫌悪なってうちに冷たい態度とるようになったんよ」
だからこそ狭山さんが遠野さんの伝説の片鱗を嫌味なく口伝えした気持ちも理解できたし
「鏑木さんが、ですか?入社して数ヶ月で?」
穿ったような受け取り方をした鏑木さんの思考に首を捻ってしまった。
「鏑木さんとしては数ヶ月で一定のレベルまで達したと自分で思うてて、それを全員から褒められたかった訳よね。実際矢野橋くんや周りの営業の子達は鏑木さんを持ち上げてめっちゃ褒め倒してたから」
「それで、自分は歴代の事務員の中でも一番能力を持っていると……そう過信してたって事、ですか」
「そういう事やね。遠野さんの名前を挙げたのはうちだけじゃなく所長もやったんよ……またそれが鏑木さんのプライドを傷つけたんやろうね。その事があってすぐ、うちを無視したりミスを押し付けてくるようになってん……」
「最悪じゃないですかそんなの。ミスするのは新人だから仕方ないんでしょうが狭山さんに押し付けるのはちょっと……」
(狭山さんだけでなく、大阪の所長まで遠野さんの名前を挙げた……所内のトップまで褒めたというのであれば、狭山さん個人を恨むのはおかしい気がするんだが)
そのエピソードで既に俺は内心イラッときている。
「新人やもん、間違えるのは仕方ないし押し付けられても何とかなってるからええねん。ミス放置されて後々大きな問題になるよりは私がカバーする方がなんぼかマシっていうか」
「でもそれって余計につけあがるというか、舐められないですかね?」
「それもうちの怠慢なんかなぁ……広瀬くんみたいに厳しくしたり叱ったりするのがデフォルトちゃうから、変に注意すると『今までの事務員には叱らへんかったのに』って言われそうやから下手に叱れへんし」
「叱るばかりが良い訳じゃないですけどね」
「叱る」の部分で暗に俺を例に挙げられている気がして、思わず苦笑する。
「鏑木さん可愛いくて元々が好みのタイプなんやろうし、色んな面から惹かれ合って矢野橋くんも付き合いだしたんやろうけど、何割かは私の件も含まれてるんかなぁって。
矢野橋くんも鏑木さんも付き合いだしてから更に私に対して敵意剥き出しにしてきよるから」
「矢野橋……俺や森田さんの他に狭山さんにまでそういう事してるんですね」
矢野橋と鏑木さんの交際が本社にまで知れ渡った数週間前、森田さんには「もうあんな事してないかもしれない」と言ってみたものの、交通費の面からいってまだ陰で俺の悪口は言っているんだろうという予想はしていた。
でも実際は俺だけでなく同じ営業所内のチームメイト……しかも社会経験も人生経験も遥か上の狭山さんにまでネチネチとした攻撃をしてるのかと思うとこっちの頭が痛くなった。
以前森田さんは「営業部員は事務や業務を下に見てる」というような発言をしていたが、それは現実に起こっていて実際問題ベテラン事務員さんの苦労をかけているのだと知ると、俺から逢坂部長や営業本部長に狭山さんがおかれている状況を説明して解決に導いた方がいいのだろうが……。
「森田ちゃんの時みたいに鏑木さんも矢野橋くんの洗脳? みたいなのになっとるだけならねぇ、うちもそんなに悩まへんのよ。
森田ちゃんの時、広瀬くんは辛い思いしたやろうけどうちは森田ちゃんの元々の人となりを見ていたし、態度がピリピリしてた時も大人の対応でスルーしてニコニコ出来た」
「……」
「今回の鏑木さんは、完全に私の所為。そういう意味でも、大人の対応でスルーしてやらんとなぁって思うんやけど……なんか、かなんなぁ……」
「狭山さん、お辛いんでしたら俺が総務や営業本部長に話を通す事だって」
「広瀬くん。この事、上の人達には特に内緒にしてなぁ。うちの問題やから」
(上の人達には……特に、内緒……か)
俺ら以外の女性7人が恋愛話で盛り上がる真っ最中に敢えて小声で俺だけに話してくれたという点は、狭山さんがこの空間にいる全員を信頼しかつ甘えてくれているのだと前向きに考えるしかないのだろう。
狭山さんは、俺と2人きりの空間ではなく敢えてこの場を選んでこの話をしてくれたのだ。
もしかすると原田さん辺りが俺らの話をさりげなく聞いているかもしれない。
けれでもきっと原田さん達は「小耳に挟んだ」程度で本社に噂を流す人間ではないのだ。
同じ事務という仲間同士……鏑木さんの能力を褒める気持ちも本心ではあるが、狭山さんの辛そうな表情の理由に少しだけでも触れたいし触れてほしいという思いが相互にあるのだろうと察した。
(今日の話はあくまで酔いの口から出たボヤきなんだろうな。公にしてほしいのでは決してないという……)
「…………はい、分かりました」
「あー……今でも凄いんやねぇ遠野さん! 彼女はエリアが違うし年数的にもうちの後輩になるんやけど、色んな意味で敵わんかったなぁ。実際、鏑木さん以上に仕事の覚えが速くて自分のエリアだけでなく広範囲を客観的に見て冷静な判断を取れる子やったし。経験も年齢も関係なく、うちも憧れとったんよ遠野さんの事♪」
「そうなんですね……」
短期間でも事務を担当していた俺こそが遠野夕紀さんの恩恵を受けていたほどなのだから、彼女在籍当時は同期後輩のみならず先輩方にも良い刺激となっていたのは当然だと思う。
「せやから鏑木さんにはそのエピソード含めて遠野さんの話をしてん……けど、それが鏑木さんにとってはあかん返答やったんやろうね。途端に機嫌悪なってうちに冷たい態度とるようになったんよ」
だからこそ狭山さんが遠野さんの伝説の片鱗を嫌味なく口伝えした気持ちも理解できたし
「鏑木さんが、ですか?入社して数ヶ月で?」
穿ったような受け取り方をした鏑木さんの思考に首を捻ってしまった。
「鏑木さんとしては数ヶ月で一定のレベルまで達したと自分で思うてて、それを全員から褒められたかった訳よね。実際矢野橋くんや周りの営業の子達は鏑木さんを持ち上げてめっちゃ褒め倒してたから」
「それで、自分は歴代の事務員の中でも一番能力を持っていると……そう過信してたって事、ですか」
「そういう事やね。遠野さんの名前を挙げたのはうちだけじゃなく所長もやったんよ……またそれが鏑木さんのプライドを傷つけたんやろうね。その事があってすぐ、うちを無視したりミスを押し付けてくるようになってん……」
「最悪じゃないですかそんなの。ミスするのは新人だから仕方ないんでしょうが狭山さんに押し付けるのはちょっと……」
(狭山さんだけでなく、大阪の所長まで遠野さんの名前を挙げた……所内のトップまで褒めたというのであれば、狭山さん個人を恨むのはおかしい気がするんだが)
そのエピソードで既に俺は内心イラッときている。
「新人やもん、間違えるのは仕方ないし押し付けられても何とかなってるからええねん。ミス放置されて後々大きな問題になるよりは私がカバーする方がなんぼかマシっていうか」
「でもそれって余計につけあがるというか、舐められないですかね?」
「それもうちの怠慢なんかなぁ……広瀬くんみたいに厳しくしたり叱ったりするのがデフォルトちゃうから、変に注意すると『今までの事務員には叱らへんかったのに』って言われそうやから下手に叱れへんし」
「叱るばかりが良い訳じゃないですけどね」
「叱る」の部分で暗に俺を例に挙げられている気がして、思わず苦笑する。
「鏑木さん可愛いくて元々が好みのタイプなんやろうし、色んな面から惹かれ合って矢野橋くんも付き合いだしたんやろうけど、何割かは私の件も含まれてるんかなぁって。
矢野橋くんも鏑木さんも付き合いだしてから更に私に対して敵意剥き出しにしてきよるから」
「矢野橋……俺や森田さんの他に狭山さんにまでそういう事してるんですね」
矢野橋と鏑木さんの交際が本社にまで知れ渡った数週間前、森田さんには「もうあんな事してないかもしれない」と言ってみたものの、交通費の面からいってまだ陰で俺の悪口は言っているんだろうという予想はしていた。
でも実際は俺だけでなく同じ営業所内のチームメイト……しかも社会経験も人生経験も遥か上の狭山さんにまでネチネチとした攻撃をしてるのかと思うとこっちの頭が痛くなった。
以前森田さんは「営業部員は事務や業務を下に見てる」というような発言をしていたが、それは現実に起こっていて実際問題ベテラン事務員さんの苦労をかけているのだと知ると、俺から逢坂部長や営業本部長に狭山さんがおかれている状況を説明して解決に導いた方がいいのだろうが……。
「森田ちゃんの時みたいに鏑木さんも矢野橋くんの洗脳? みたいなのになっとるだけならねぇ、うちもそんなに悩まへんのよ。
森田ちゃんの時、広瀬くんは辛い思いしたやろうけどうちは森田ちゃんの元々の人となりを見ていたし、態度がピリピリしてた時も大人の対応でスルーしてニコニコ出来た」
「……」
「今回の鏑木さんは、完全に私の所為。そういう意味でも、大人の対応でスルーしてやらんとなぁって思うんやけど……なんか、かなんなぁ……」
「狭山さん、お辛いんでしたら俺が総務や営業本部長に話を通す事だって」
「広瀬くん。この事、上の人達には特に内緒にしてなぁ。うちの問題やから」
(上の人達には……特に、内緒……か)
俺ら以外の女性7人が恋愛話で盛り上がる真っ最中に敢えて小声で俺だけに話してくれたという点は、狭山さんがこの空間にいる全員を信頼しかつ甘えてくれているのだと前向きに考えるしかないのだろう。
狭山さんは、俺と2人きりの空間ではなく敢えてこの場を選んでこの話をしてくれたのだ。
もしかすると原田さん辺りが俺らの話をさりげなく聞いているかもしれない。
けれでもきっと原田さん達は「小耳に挟んだ」程度で本社に噂を流す人間ではないのだ。
同じ事務という仲間同士……鏑木さんの能力を褒める気持ちも本心ではあるが、狭山さんの辛そうな表情の理由に少しだけでも触れたいし触れてほしいという思いが相互にあるのだろうと察した。
(今日の話はあくまで酔いの口から出たボヤきなんだろうな。公にしてほしいのでは決してないという……)
「…………はい、分かりました」
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