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俺と彼女の可愛い悋気(りんき)
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しおりを挟む「はぁ……」
30分後、担任が呼んだらしいタクシーに3人乗り込むなり俺は溜め息を吐いた。
「なんだよ? タクシー代がどうのとかケチ臭い事言うつもりか? おっさん」
「ちげぇよ」
「じゃなんなんだよ?! 座席の配置か? 俺が真ん中に座ってっから文句あるとか?」
「……それも違う」
確かに3人乗るのだから、後部座席は俺と夏実が座ってチビガキは助手席に行けよってタクシーに乗り込む瞬間は思ったけど。
俺は外の景色に顔を向け、2度目の溜息を吐くとまた滉は
「だからなんなんだよ!」
と俺の態度に食って掛かる。
「滉くんもういいじゃん。湊人だって疲れてるんだし」
見兼ねた夏実が滉を宥める声が聞こえたが
「疲れてんのは俺らの方だろ?! おっさんはただヌボーッと立ったり勝手に走ったりしただけだし!」
と、滉のイラつきは止まらない。
俺はそれを一旦無視して滉の家の前で停まるように運転手に指示し、また外の景色を眺めた。
俺が吐いた2度の溜め息は、滉の予想とは全く外れている。タクシー代がどうのとか座席位置がどうのとか不満を持つのがおこがましい程、コイツの配慮に感服しているのが主な理由だ。
屋上の見張り役だった滉は俺を屋上に入れた後ですぐ、屋上内に居た5人を静かに退出させ「夏実がフェンスに寄りかかり過ぎて危ないと感じた彼氏がここまで急いで走ってきて夏実を助けに来た事にしよう」と話を合わせ担任にそう説明したらしい。それから静華から俺の荷物やスマホを預かって再び屋上に戻り俺らが出てくるのを待っていた……と、そういう事のようだった。
しかも担任に「夏実が大泣きで喋っていたから少々パニクってるかもしれない」と軽い心配をかけさせて異例のタクシー呼びまでさせたんだから、なかなかの神対応をこのチビガキはしてくれた。
滉をタクシーから降ろす際、打ち上げ会の場所と集合時間を告げられた。
「無理なら参加しなくてもいいけど」なんて、さらに空気を読むような言葉を滉は付け加えてきたが、俺は「ちゃんと行かせるから安心しろ」と告げて、今度は俺のマンションへと運転手に移動を乞う。
「湊人……?」
後部座席に2人きりとなった状態で、夏実は俺の名を呼び訴えかけるような目で見つめてくる。
「いいよ、打ち上げ行っときな……そんで夏実を心配してくれたクラスメイトに元気な顔を見せておいで。
しかも焼き肉なんだろ? 先週とは違う店みたいだけど」
見つめながら差し出してきた彼女の手を優しく包んで、俺は笑顔を向けると、夏実は可愛らしくイヤイヤと首を横に振って
「でも……お肉の臭いとかニンニクの臭いとかが……」
とか口にし始めるから
「そんなの気にしねーって言ってんじゃん」
と、彼女を安心させるようにギュッとその手を強く掴んだ。
タクシーから降りてエレベーターで上がる時にも、まだ夏実は
「お肉とかニンニク……」
と、打ち上げ後に俺と会う事について気にしている。
「だから気にしな……」
夏実の体臭など俺は気にしない……と、ハッキリ言い終える前に———
とある事に気付いた俺は彼女の腰に手を回し、
「明日の準備はもう出来てるのか?」
と夏実の耳に囁いて問う。
「してる……けど、鞄は私の部屋に置いたまんま……かな」
エレベーターの扉が開いたところで夏実がそう答えたので
「じゃあ、夏実が打ち上げやってる間に薗田家行って夏実の通学鞄取りに行ってくる」
俺は彼女の腰を軽く撫でながらそう言った。
「それって……!!」
「んで、晴美さんにお願いしてくるよ『今夜もお泊り許して下さい』って」
(少なくとも、一発は必ず叩かれるだろうけどな……)
だが、俺だけでなく夏実まで「一緒に時間を過ごしたい。なるべく離れたくない」と願うのであれば、ルール違反の平手打ち一発くらいなんてことはない。
と、思ったのだが…………
「くっそ……平手打ち2発と蹴り2発くらうだけでなくデリバリーの寿司まで奢らされるとは思わなかった……」
ある程度の覚悟をしていたとはいえ、少し悔しい。
打ち上げ会終了時刻に合わせて車を走らせながら、俺は一言それだけ愚痴を漏らした。
夏実を打ち上げ会に参加させる為、シャワーで互いの汗を流し合ったり、日焼け跡のケアをしてやったり……。
なーんにもやましい事が出来ないまま夜まで時間を過ごした上で集合場所の高校最寄り駅へ夏実を車で送り、薗田家に向かったのだが……。
何故か示し合わせたように、薗田家玄関に入ると両家両親4人が不敵な笑みを浮かべて俺を待ち受けていた。
ビビる俺に向かって晴美さんはニヤリと笑って「事情は野崎滉くんと担任からそれぞれ電話で聞いたよ」の一言で俺の顔は青ざめる。
担任の連絡ならまだ理解出来るし、色んな事を誤魔化しも出来た。だが神対応を学校内できっちりやりのけてくれた滉が何故薗田家の家電の番号を知っていて詳細を全部バラしてしまったのか。そこが気に食わない。
「あのガキ……ちょっとは感心してやったのに。まったく……」
晴美さんは俺が『今夜も夏実を泊まらせてくれ』と願い出るのも織り込み済みだったようで、俺をリビングにあげるとノリノリで「はい皆さん! 自分で勝手に課したルールも守れないドスケベ湊人くんに、1発ずつやっちゃってー!」と言い放ち、アラ還4人から1発ずつ喰らわされたのだった。
「っていうか、親父とお袋のヤツが1番痛かったっていうのが謎なんだけど」
……まぁ、滉に対して感心した他に、「イケメン過ぎる内面」への羨みや「俺じゃ絶対にそこまで出来ない夏実を社会的にも守る配慮」をしてくれた事の妬みなど黒い感情も多少なりとも抱えていたから、両親の平手打ちや蹴りの痛みで黒い感情を押し込める冷静さを取り戻したとも言える。
財布の中身が寂しくなったのは予想外だったが、ちゃんと『夏実のお泊まり』をゲット出来たのだから良しとするしかない。
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