【完結】彼女が18になった

チャフ

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俺と彼女の可愛い悋気(りんき)

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 俺の囁きに夏実は一瞬身体をピクンと震わせたのに、俺の胸の位置に埋める顔がイヤイヤと横に振る。

「可愛くないよぅ……湊人にバカって言っちゃったし、大好きな人の名前を言う時静華さんだけには『大好き』って言わなかったし」
「俺は馬鹿な男だから夏実の言う事に間違いは無いし、静華だってそんなの気にしてないよ。夏実は可愛い子だよ」

 俺はそんな夏実を宥めるようにゆったりとした口調で話し、頭を撫でる。

「可愛くないぃ。今日なんか、顔が日焼けして鼻とか首とかヒリヒリしてるし今も顔ぐちゃぐちゃだしぃ」
「それは夏実が炎天下でずっと頑張ったって証拠だよ。帰ったら日焼け跡のケア、俺も手伝ってやるから。だから夏実は可愛い子だ」
「全然可愛くないんだもぉん……湊人は『嫉妬する女嫌い』とか『めんどくさい』とか言ってるの、昔から聞いてるから……だから私、絶対そうならないようにするってぇ……そう決めてたのにぃ。
 湊人と静華さんが高校の同級生って聞いてからずっと嫉妬して……嫌な女になってたもぉん」
 俺に抱きつきながら、夏実はそこまで言ってわんわん泣いた。

「夏実……」

 夏実の言う通り俺は「女の嫉妬は醜い」という考えを持っていて、静華と付き合いやすいと感じていた理由の一つにそれもある。
 夏実とのデートで観た恋愛映画の感想を言い合う時もそうだったし、割と彼女の前でした俺の話の中で「だから夏実は嫉妬なんかするなよ」という考えを植え付けていた節はある。

 亡き静華の夫が、どういう経緯でどんな意図があって『悋気りんきは女の七つ道具』という諺を、嫉妬心に縁のないような静華に伝えたのかは知らない。
 疑似恋愛してきた女から幾度となく醜い女心を見せつけられその度に「めんど臭い」「別れたい」という感情が込み上げていた俺も、静華から諺を聞かされた直後は共感を得なかった……けれども、16年以上恋してる夏実に実際されてみると「なんて可愛いんだろう」という感情が不思議と湧き上がってくる。

「夏実がヤキモチ妬く程、俺の事を好きでいてくれて……『俺を独占したい』って夏実が思ってくれてるって事だろう? 可愛くないわけがないよ」

(嫉妬は女の有力な武器で、男を操る手段…………か)

 確かに夏実が泣きながら「嫉妬している」という秘めた心の中を解放し、吐露する姿に俺の心は操られ、惹かれ、夏実が考えたルールなんて無視して屋上に侵入してしまったのだから諺の意味も今は納得出来る。


「夏実はいつだって可愛くて、とてもいい子だよ。今日の夏実も可愛過ぎて……正直、惚れ直した」

 心地良い風を背中に受けながら、俺は夏実の頭を撫でる。

「ほんと? 嘘じゃない?」
「嘘じゃないよ。前にも言っただろ? 俺にとって夏実への『可愛い』は最大級の賛辞で、それは一生揺るがないから」

 俺の言葉や撫でる手つきで夏実はようやく安心を得たのか、ずっと埋めるように顔を胸に突っ伏していた夏実の顔が俺の目の前に現れる。

 鼻だけじゃなくて頬骨や目の中も真っ赤だし、きっと夏実が今この顔を鏡で見たら発狂してしまうんだろう。
 俺が単純にそんな「女の子的な気の遣い」に無頓着である事に、そんな想像も加えてみたら余計にその顔が可愛らしくて愛おしく感じた。

「あれ?みんなが居ない」

 夏実へのハグを解いて辺りを俺も見渡すと、夏実の言う通り屋上内には俺と夏実の2人だけしか居ない事にようやく気付いた。

「どうしたんだろ? みんな片付け作業へ行っちゃったのかな?」

 その時、文化祭終了時刻になった旨を知らせる校内放送が流れた。
 全校生徒は撤収作業をしてなるべく早く帰宅する事や一般客は速やかに校内を退出する事を放送によって指示される。

「……そうなのかもな」

 俺も夏実に口では同意したものの、もしかしたら俺が屋上に入った直後から既にクラスメイトはその場から居なくなっていたんじゃないかと予想する。
 何故なら夏実の背後でスピーチが終わるのを待ってる間、その場に居たはずの生徒や滉から「ルールだから屋上から退出しろ」という指示を一切受けなかったし、クラス出し物の責任者である担任もこの場には来ていないからだ。

「もう終了時刻になっちゃったから、湊人は先に帰っててね。私今からみんなの作業手伝ってくるから」

 俺から離れた夏実が屋上の扉まで歩を進める。

「作業終わったらどうせクラスのみんな集まって打ち上げ会でもやるんだろ? うちの文化祭、毎年そういうの恒例だから」

 俺も足を扉の方へと向け、夏実に続いた。

「打ち上げは夜からだし一旦着替えないといけないから、打ち上げ前に湊人の家に寄るよ?」

 夏実はヘヘッと軽く笑みをこぼして、扉のノブに手をかける。

「分かった。それなら待ってる……けど」

 夏実の手がノブを回して重みのある扉を引こうとするのを、俺はパッとその手に重ねて数秒阻止する。

「えっ?」

 急に手を重ねてきたから驚いたのだろう。夏実が振り向いて俺を見てきたから。

「1秒だけ、俺にくれない?」

 半ば強引に驚く夏実の唇に自分の唇や舌を重ね……軽くチュッと吸った。

「っ……」

 唇を離すと、夏実の驚く目の表情や熟れた水蜜桃みたいな頰が視界いっぱいに広がって俺の頰を弛ませる。

「可愛い」

 目に映ったものをそのまま、正直な感想を小さく述べて……

「あともう1秒だけ、欲しくなった」

 己の欲望に少しだけ屈してしまい、驚きの表情からとろみある潤んだ目つきに変化する夏実の顎に手を添えて、もう一度キスをした。


 晴れた日の屋上で身体を重ね合わせられたとしたら、さぞかし気持ちがいいだろう。
 愛の歯車もカチッと嵌り合い、心地良くて爽やかな時間を過ごす事が出来るのかもしれない。
 静華は「もしも」の問い掛けの中でそんな事を言っていたが、それには同意だな。と、今俺はそんな事を考えていた。

 この目には夏実しか映っていないが恐らく俺の頭上にはほぼ雲ひとつない青空が広がっていて、背中からは今でも心地良いそよ風を感じている。
 そんな中、恋し愛している夏実と口づけをしているだけでこんなにも気持ちが良いのだから、このまま抱き合って事に及べば今の何倍も、何十倍何百倍も……気持ち良さは膨大に膨らむのだろう。

 神聖な学び舎で、やはりそのような行為に及ぶ事は断固反対なのだけれど。

「ふふっ」
「えへ♡」

 屋上で2度キスを交わして、俺だけでなく夏実も照れ笑いして互いに微笑み合っていると

「おっせぇぞ2人共!!」

 2人で手に掛けていただけのドアノブがひとりでにグルッと回って

「きゃあ!」

 と、夏実が声を出したと共に扉が開く。

「終了時刻になってからどんだけ長い時間いちゃついてるんだこのバカップル!早く帰るぞ!!」

 俺の鞄や夏実のスマホを手にした滉に、顔を合わした瞬間怒鳴られてしまった。

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