【完結】彼女が18になった

チャフ

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俺と彼女と彼女の事情

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 森田さんオススメのバーとやらは駅近くの路地を少し入ったところにあり、たとえ俺が夏実を連れて行こうとしたとしても迷わないくらいの場所にあった。

「へぇ、どれも美味そうだな」

 メニュー表を見てもアルコールメニューを探すのが難しいんじゃないかというくらい、フルーツを巧みに使ったノンアルコールカクテルの写真が並んでいて酒を飲まない俺でも興味を惹く。

「でしょう? ほとんどが女性客ですから主任みたいな人に薦めるのはどうかなぁって一瞬思ったんですけど、本当に美味しいんで一度は連れて行きたかったんです♪」
「周りが女性客だらけっていうのは彼女とのデートで慣れてるから気にしないよ」

 森田さんにメニュー表を返して彼女の頼みたいものやオススメサラダを聞いた上で、俺はバーテンダーを呼んで注文する。

 注文し終わって森田さんの方を向くと彼女はまた目を丸くしていた。

「……? 今度は何?」

 またなんか森田さんに驚かれるような行動でもしただろうか? と彼女の表情の意味を探ろうとしてみたが、今の注文の仕方にそれ程変わった行動を取った自覚がないので、さっき以上に戸惑ってしまう。

「いや……主任って、女性向けの飲食店でも躊躇ためらわずスマートに注文するんだなぁって思って」

 しばらくしてから出た彼女の言葉に、俺は更に困惑する。

「え? 何? 俺が注文するのってそんなに変な事?」
「いや、変じゃないんです……変じゃないですし、こっちも助かるんですけど」

 まだそんな風に言う森田さんを見て、俺は今朝森田さんコンビニに入る直前に会話した時や村川くんと3人で会話した時の事を思い出した。

「もしかして『普通の男っぽくない』とでも思ってる?」

 ワザと頬杖をついて彼女を見下ろすように目線を向けてそう言ってみたら、森田さんは顔をカァッと赤くしてすぐに俯き

「すみません……つい、『広瀬はアブノーマルだから』っていう言葉が脳裏をぎってしまいまして」

 と小さく……泣きそうな声で謝ってきた。

「なるほど、アブノーマルか」

 今朝の会話で「夏実が電器店で給料を貰う働きがキチンと出来るかプレッシャーでしかない」と俺が言った時、森田さんはそんな俺を「彼氏っぽくない」と評した。
 その時は「彼氏ではなく親みたいだ」という意味合いで森田さんの口から出た発言だと思っていたのだが……。

「確かに矢野橋の言う通り『アブノーマル』なんだろうな、俺は。でも森田さんが思い描くノーマルな男性像は、案外範囲の狭い人間を指すのかもしれないよ」

 ノーマルとアブノーマル。……それが彼女の脳内にまだのこる洗脳の一つなのではないかと察した。

「私、矢野橋さんに……何かにつけて『広瀬は変人』『広瀬はアブノーマル』と言われ続けていたんです」

 注文したものが俺らの前に出されても、森田さんは俯いたまま静かにそう告白した。

「だろうね、矢野橋なら言いそうだ」

 俺は彼女の顔へと目線を向けるのをやめて、グリルチキンの乗ったサラダボウルの取り分けを始める。

「彼と付き合っている最中は、彼の言う事が絶対で……それに反する事をすればバッサリと切られてしまうって思って自分の趣味も打ち明けられなかったし、ノーマルな彼に見合うノーマルな彼女でいなきゃって……ずっと思ってたんです」

 俺が取り分けた皿を森田さんの目の前に置いても、彼女は「ノーマルな彼に見合うノーマルは彼女とは何か」についての話を続けていった。

 
 性対象は同世代の異性のみに向けるべきである。
 偏った趣味に没頭せず、健全で一般的な趣味に程よく興じるべきである。
 節制して体型維持に努めるべきである。
 女は男に尽くし従うべきである。
 常に清潔を心掛けて堕落した生活を送ってはいけない。
 愛カノ弁当を欠かさず作り、夕食も残業した男をキチンと甲斐甲斐しく待った上で食べるべきである。

 などなど……その話はどれもアブノーマルな俺とは真逆な考えだが、冷静に判断するとそれらは洗脳する矢野橋側の勝手な都合でしかなく「それ何時代の常識だよ?!」とツッコミ入れたくなった。

 だがそれらは森田さんのかつての日常でもあったのだからこちらから一方的に完全否定する訳にもいかない。
 恐らく矢野橋と別れ本社に異動となって1年以上経つ現在でも、森田さんの頭の中では他者に対して常に「ノーマル」「アブノーマル」もしくは「普通」「普通じゃない」というものが渦巻いているのだろう。

 だから今日、俺とこの場に来て話をしたいと彼女は望んだのだ。
 「ノーマル」「アブノーマル」の呪縛から解き放たれたい、デトックスしたいから。


 彼女の話に俺は合いの手を入れる事なくジッと耳を傾けて……彼女の話の終わりの部分まで聞いたところで

「そっか」

 と相槌を打ち

「……じゃあ森田さんは、どうしてアブノーマルな俺を『恩人』だと思うんだ? 何かキッカケでもあった?」

 一呼吸置いて、そのような質問を返してみる。

「…………あっ、私、変な話してましたね。すみませ」
「謝りたいっていうなら不要だよ森田さん。だって謝ってしまったなら矢野橋と付き合ってた森田さんを否定してしまう事になるだろう?」
「主任……」

 視界の端に位置する森田さんはさっきよりも泣きそうな表情になっており、目からは今にも大粒の涙が溢れんとしていた。

 俺は水滴で濡れた自分のグラスを手にとって、薄まった液体の上澄みをスッと掬うように口に運び……それから森田さんの顔をしっかりと見つめる。

「何があったのかは聞くのやめるよ。森田さんと矢野橋の間で『何か』があって、君が自分の力でその関係から脱して、会社を辞める事なくうちの部に来てくれたんだから。俺としてはそれでいいやって今思った。森田さんが大阪営業所に居られないようにしたっていう矢野橋の卑怯さには腹が立つけれど」
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