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俺と彼女と彼女の事情
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しおりを挟む「お先に失礼します!」
オフィスビルを出ると19時半近くなってしまったので、村川くんは走って駅に向かうと言った。
「お疲れ様」
「村川くんお疲れ様ー」
彼が元気よく走り去る背中に、俺と森田さんは同時に手を振って見送る。
「村川くんって19時半に何かあるんですか? いつもその時刻確認してますよね?」
森田さんの問いに俺は「あぁ」と声をあげて
「奥さんが働いている珈琲店の閉店時間が19時半なんだって。村川くんは奥さんと一緒に家まで歩いて帰りたいからなるべくその時刻より前に駅を出発したいらしいよ」
とサラッと答えた。
「へぇ~……そのお店から家まで歩いて何分くらいなんだろ?」
「うーん……確か15分かからないくらいだったかな。10分強?」
「主任、そんな事までご存知って仲良すぎじゃないですか?」
尚もサラサラ答えてしまった俺に対し、森田さんは目を丸くする。
「たまたまだよ。一回村川くんのマンションに泊まりに行った事があるから」
「泊まり?! 主任が村川くんの家に泊まったんですか?!」
(あれっ? 森田さんにはこの話、チョコレートの話題の時に話した筈なんだが……俺の記憶違いか?)
そう、こっちが首を捻りたくなるくらい森田さんの目が爛々としてくる。
「うん、夏実と一緒にね。村川くんの奥さんも一緒に居たし」
「それでもですよ! なんなんですかそんな美味しいネタ!! めちゃくちゃ妄想したいんで詳しく教えて下さいよ!」
(また出た、森田さんの趣味……俺と村川くんが仲良いネタが見つかればすぐBL妄想しちゃうんだから困ったもんだ)
「本人が居ない場で彼の家の話する訳にいかないだろう? プライベートだし」
さっきの会話の中でも彼女は無意識にポロっと漏らしていたが、彼女は学生時代からボーイズラブの漫画や小説を愛読しており密かな趣味にしているそうだ。
例えば俺と村川くんのような、本来ならあり得ないカップリングであっても脳内で物語を空想するのも、愛読書を読む行為同様好きだと彼女は言う。
……というかこんな話、彼氏でも友達でもない 教育係の先輩である俺だけにカミングアウトしてきたのが謎だ。カムアウトしたのは去年でまだ村川くんの入社前だったし。
「4次元にしときますから! 声に出さないし表情にも出しませんから!だからちょっとだけでも教えて下さいよ村川くんのプライベートぉ~」
「嫌だね。本人に聞いたらいいだろうが」
俺は森田さんの要望を無視して駅へと歩き始める。
「村川くんがダメなら主任の話聞きたいです!」
「俺の話ぃ?」
小走りで追いかけながら食らいつく森田さんに、俺は多分変な顔をしたと思う。
「駅の近くにオススメのバーがあるんです。主任みたいにお酒飲めない人でも楽しめる、美味しいところなんです」
「下戸でも楽しめるバーなんて存在するのか?」
「その代わり女性客がほとんどですけど。生フルーツを使ったノンアルコールカクテルが売りのバーで妊婦さんのお客さんも居るからタバコも厳禁ですし……どう、ですか?」
俺は表情を崩す事なく森田さんの顔を見た。
「……分かった。飲み物だけじゃなくて何か食べ物出してくれるなら尚の事有り難いんだけど」
森田さんの「その」顔を見ながら提案に乗ると彼女は嬉しそうに喜んでいそいそと店まで案内し始めた。
「食べ物だと、サラダがオススメです。すっごくボリュームあって美味しいんです!」
「ボリュームあるって何だよ? 肉でも乗ってんのか?」
「そういうのもありますし、野菜だけのもあります。とにかく凄いんですよ!」
「へぇ~それは確かに女性に人気がありそうだな」
「主任が仕事終わる時間になつこちゃんと待ち合わせて行ったら良いですよ♪ きっと喜ぶと思います」
「でもバーに未成年は無理だよ。2年待たなきゃ」
「ノンアルコールメニューだけ注文すれば良いじゃないですか。女の子ならメイク次第で大人っぽくも出来ますし……」
「そもそも高校生だからな。俺なら絶対に連れていかないし、やっぱり20歳になるまでは連れていけないよ」
「…………」
俺の言葉に森田さんは目を丸くして黙ってしまった。
「え?」
彼女の意外な反応にこっちが戸惑いの声を漏らすと、すぐに
「あははー、そっかそっかぁ」
と森田さんは額を自分の掌でペシペシ叩く。
(これは……もしかしてアレか? 今朝高橋部長が心の内で予想を立てていたという……)
予想を立てた俺はまた先回りの発言をしてやろうと
「俺が急いで引っ越ししたのはデキ婚理由じゃないから。彼女は妊娠してないし、これを機に高校を中退させる気なんて全くないから」
そう言い放ってやると森田さんは
「あっははは~」
と、やはりペシペシ叩きを止めずに照れ笑いしている。
(やっぱり森田さんも夏実が妊娠してると勘違いしていたのか……
その上俺が高校生に対し成人同等のお付き合いを強いるような変態野郎だと……)
確かに18歳くらいならメイクや服装で大人っぽく装う事が出来る。法には外れるような行動を取ってしまえるしさせてしまう事だって可能なのだからこういう類の店にこっそり入れて楽しんでいるんじゃないかという妄想も森田さんは重ねていたのかもしれない。
「森田さんは俺の生真面目さを理解してると信じたかったんだけどな」
「ですよね~……すみません、本当に」
先回り発言が当たって良かったと言うべきか、そんな風に思われる俺の行動を嘆くべきか……なんとも複雑な心境だ。
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