【完結】彼女が18になった

チャフ

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俺と彼女と彼女の事情

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 俺が営業部に配属されて二度も倒れた時……。
 野崎さんの教育に失敗して彼女が休まざるを得ない状況になった時……。
 夏実との交際が会社にバレた時……。
 そしてそれが間接的に作用して、森田さんが矢野橋に刃向かい大阪営業所に居られなくなってしまった時……。

 他にもまだ色々あったけれど、その度に俺は部長や総務に「会社を辞めたい」と申し出た。
 自分の所為で周囲に迷惑をかけているから、こんな気色悪い人間と同じ空間に皆居たくないだろうと考えたから。
 しかし、逢坂部長と高橋部長によって「その理由で会社を辞めて欲しくはない」と、全て突っぱねられてしまったのだ。

 両部長に何度も諭されたのは「会社を辞めたい理由は、なるべくなら自分の為であってほしい」ということだった。
 社内でストーカーや嫌がらせ、いじめのようなものがあれば上が動いて最小限に食い止める。……それでも敵わなくて当人を苦しめてしまう時は仕方ないけれど、周囲の大多数が自分の居場所に反対しないのであれば辞めて欲しくはないのだと。
 「だって、貴方は今の仕事に誇りを持って真面目に取り組んでいるのだから。皆はそれを評価してくれているのだから」……そうやって俺は毎度説得されたのだ。

 だからこそ俺は今居る部署の立場を理解した上で、関わり合いを持つ全ての人間に嫌悪や憎悪を持たないと決めて仕事に取り組んでいる。
自分の事を他人にどう思われてもいいが、その逆の行動を決して取ってはならないと……。

「本社の各部……特に営業部員と密に連絡を取って製造元と納期を掛け合ったり営業事務を取りまとめたりするうちの部は社内の人間に対して私怨を向けたらいけないし、もしそんな思いを抱えて仕事をしようとするならば会社に損害を与える危険を孕んでいるんだ。
 野崎さんや森田さんみたいに、俺や矢野橋と直接的に関わり合いのあった人間同士だと冷静な気持ちで仕事をするのはまだ難しいかもしれない。だからといって第三者まで感情を片側に向ける事は社会人としてすべき行為ではないと思う」

 俺の話に森田さんは

「ですが営業部員の大半は私達の事を小間使いだと下に見てますよ」

 と、ポツリと言った。

「それもそうかもしれないね。営業が業績の要となる規模の小さな会社はね、いい意味でも悪い意味でも営業部員が優位に立ちがちなんだよ。各部の部長の中で営業本部長が一番責任ある役職ともいえるからね」
「「…………」」
「営業部員は『自分の営業力で会社は成り立っている』と思いがちだし、その中には『本社の各部は自分の補佐的な立場』と下に見る者も居るかもしれない……勿論それは間違った考えだしそんな人間は所長クラスにもなれないと俺は思っている」

 8月に入って昇格した穂高営業所長本人は「自分は転勤させてもらえる程良い人材じゃないし年齢的にたまたま持ち上がっただけ」と謙遜していたけれど、俺は彼ほど他者に向けて一方的に感情をぶつけたり他部署を蔑む事なく、全社員に敬意を払いながら仕事に取り組む男を見た事がない。そしてそれは俺以外の皆が感じる共通認識でもある。
 彼が「ジュン先輩」として皆に接する際、表向きは「プライベート顔の穂高は面倒だ」と口にしつつも決して邪険には扱わないのは本人の能力や性質を高く評価しているからだ。
 だから「穂高所長」の彼も「ジュン先輩」の彼も俺は尊敬しているし、男として社会人として一番の目標にしている。

「じゃあ今日みたいな話を聞いた俺は今後どうやって接していけばいいんですか? 営業からは下に見られてるのに自分は黙って踏ん張れなんてちょっと無理ですよ」

 村川くんは、その若々しい考えで俺にそう問い掛けた。

「そんなの簡単だよ」

 俺は言葉を一旦区切って森田さんの方を向き、彼女に微笑んでみせながら続けてこう言った。

「心の中だけで思えばいいんだ。『お前みたいな奴、何十年経っても所長にすらなれねーよばーか』って。
 私怨を向ける事と心の中だけで馬鹿にする事は次元の違う話だと思わないか?」
「……違うんですか? 次元が」

 首を捻る森田さんに、俺は笑って言い返す。

「違うじゃないか。悪口を口にしたら3次元だけど、人間の心の空間は他者に計りようがないからいつまでたっても4次元になる。
 俺はいい大学出てないし頭の出来も良くないからそういう認識になるんだけど、森田さんや村川くんはどうだろうか? やっぱり俺は間違ってる?」

 俺が会社を辞めたいと言った何度目かの時、俺は「社内の1人でも俺を嫌悪するなら職場環境が悪くなるのではないか?」と逢坂部長に意見をぶつけた。
 それに対する部長の返答は「広瀬みたいな青臭い考えを持つ男はこの世界の何処にでも生きられない。だから辞めさせない」だった。
 言われた当初は理解不能だと感じたが、今はその意味が理解できる。

「そろそろ帰ろうか。1時間だけのつもりがそれ以上の経費を無駄に使ってしまったからね」

 時刻は19時をとっくに過ぎている。
 これ以上照明を点けっぱなしにしていたらとある男がミドルボイスをテンション高めに響かせながらこのフロアに登場するだろう。
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