【完結】彼女が18になった

チャフ

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俺と彼女と彼女の事情

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 しかも嫌味は矢野橋だけではない。愛煙家の営業部員らが俺の耳を的として矢を射るように辛辣な言葉を刺してくるのは精神的に辛いと感じつつ「自分が的役になるのは仕方ない」とも同時に感じていた。
 例えばそれを高橋部長なり逢坂部長なりが俺を庇うような発言をしたとしても「関係ない部署が言うな。そこまでして無能な新入社員を過剰に庇うのか」と場の空気は更に悪くなっただろうと思われる。俺も部長も互いにそれを理解していたからこそ、それは容認され黙認されていた。

「矢野橋の嫌味は俺がここに異動になってから止んだ……でも俺への憎悪は残ったままだったんだろうな。数年して矢野橋は大阪に転勤になったら何故か俺に社内ストーカーみたいな事をやりだしたんだ」
「社内ストーカー? 大阪に居るのにですか? 余計に意味分からないんですけど!!」
「うん、俺も意味分からない。俺が業務に異動してからあいつが大阪行くまでの数年間ほぼ何もしてこなかったのにな。社内ストーカーをやり始めたのは多分、あいつに『所長代理』っていう役職がついたからだと思う」
「所長代理って、各営業所の中堅営業部員につく役職ですよね?」

 村川くんは「所長代理」のワードにキョトンとしていた。これもジュン先輩から我が社におけるその役職名の実態を聞いたのだろう。

「そう、俺の『主任』とほぼ同じで営業所内の二番手に自動的につくヤツな」
「ジュンさんが一番面倒臭がってましたよね。役職付いてないと言ってたのに、去年OB訪問でジュンさんの名刺見た時俺ビックリしましたもん『役職付いてるじゃないか』って」
「大半の所長代理や主任はそう思ってるよ『意味ない役職だ』って。でも、それを重要視する一部の社員がいるのも事実なんだよ……れっきとした役職なんだから」

 特に矢野橋は上昇志向の高い人間だから、それがたとえ二番手に自動的につく役職であっても渇望していた地位の一つだったのだろう。

「転勤と共に役職がついたからタイミング的にも栄転だと自意識過剰にもなってたんだろうな。第一営業所に残っている後輩達を使って俺を監視し始めたんだよ。仕事で小さなミスや見落としを見つけると『こんな男が教育係じゃ大変だろう?』って、電話とか、社内メールとか利用して俺の新人教育の邪魔をするっていう」

「当時の新入社員に……大阪から嫌味電話や嫌味メールを送り付けたっていう意味ですよね?」

 村川くんは一呼吸おいて俺にそう確認をとってきた。

「そうだね、電話やメールの標的は俺じゃなかったんだ」

 村川くんは本当に察しが良いというか、俺の話をよく読み取ってくれるというか……賢い人だと思う。
 彼の目線が俺の向かいに位置する野崎さんの席を向いたので、俺が答えを言うまでもなく矢野橋の嫌味の標的が誰か気付いたのだろう。

「俺も俺でワキが甘かったんだよ。実際、野崎さんへの新人教育は俺の教え方の悪さが際立って失敗してたんだ……だから野崎さんは精神的に、本当に苦しんだと思う」
「そんな! 広瀬さんの教え方はすごく丁寧で分かりやすいですよ!! 森田さんもそう言ってましたし!」

 村川くんのその褒め言葉は嬉しくもあるが、同時にこんな事を感じてしまう。

「でもそれは野崎さんへの新人教育が失敗に終わったからこそ、反省を踏まえてのものだったら……村川くんはどう感じる? 野崎さんが可哀想だと思うだろ?」

 矢野橋の嫌味を野崎さんは誰にも相談する事なく1人で抱え込んでしまい、結果として野崎さんは入社して1ヶ月も経たない内に会社を休むようになってしまった。
 俺はそれまで、夏実の勉強を見ていて「教える事に慣れている」と自負してる面がまだあった所為で、野崎さんの「今日は休みます」という朝一番の急な連絡にイラついてもいた。
 夏実への家庭教師の真似事は成功しているのに会社の教育はままならない。
 今でこそ家庭教師の真似事は夏実の真なる努力によるもので成功してるように見えた錯覚だったのだと気付けたのだが、当時は夏実の事情を知らなかったから野崎さんにはとても申し訳ない事をしたと後悔している。

「教育係が俺から逢坂部長に変更になってからは、休みがちだった野崎さんは毎日会社に来るようになった。野崎さんは部長の教育を受けて仕事を覚えていくようになったから俺の完敗だったね、あれは」

 当時を思い出し深く息を吐く俺に、村川くんは「もしかして……」と言いにくそうな声を出す。

「まさかとは思うんですけど……野崎さんが広瀬さんに塩対応なのってその新人教育の失敗が原因なんですか?」

 村川くんの、本当に言い出しにくそうな言葉をくっつけたり敢えて「塩対応」なんて言葉を選択してくるところは彼の優しさが滲み出ていて俺は苦笑する。

「それもあるだろうけど、一番の理由は俺が夏実と付き合ってるのが社内にバレた事じゃないかな。野崎さんの『塩対応』はそこで決定的になったから」
「バレたって、野崎さんが新入社員だった時だから……2年前?」

 村川くんは空になった弁当を片付け、口をモグモグさせながら頭の中でその計算をしたようだ。

「そう。ちょうど夏が終わる今くらいの時期にさ、ジュン先輩にバレちゃったんだよ」

 彼のモグモグ中に先輩の名前を出したのはある意味失敗だったかもしれない。

「なんで女子高生と付き合ってる事を、一番面倒臭い人にバレるような行動取っちゃうんですか!! 頭悪いですよ! 広瀬さんの馬鹿!!」

 昼休憩が終わる5分前という最悪なタイミングに、村川くんの口から咀嚼そしゃく物の飛沫や大声が飛び出して

「えー!? なになに何なんですか? 主任達何喋ってんですか?」

 という、始業時の様子から完全復活したような明るい森田さんの声がドアからの登場と共に現れた。
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