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俺と彼女と彼女の事情
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しおりを挟む午前の仕事が終わり休憩時間になるとオフィスフロアから一斉に社員が出て行き、いつも通りこの空間には俺と村川くんの2人きりになった。
「森田さんが大阪に居た時に矢野橋さんと付き合っていたってそれ、本当の事なんですか?」
「うん、本当の事なんだ」
顔を俺に向けつつ指では愛妻弁当の包みを広げる村川くんに、俺は即答した。
「矢野橋さん、森田さんの時も同じようにSNSで?」
「いや、それは今回が初めて。森田さんは入社後に大阪へ配属されてすぐ、矢野橋が手を出したんだ。当時社内には交際の噂なんて一切広まってなかったよ」
「じゃあなんで今回だけあんな風に……?」
当然湧き上がる村川くんの質問に、俺はコンビニ弁当を目の前に置いて一息を吐き……。
「多分、当てつけ。俺と森田さんへの」
矢野橋という男の醜い行動の様を、村川くんにゆっくり伝え始めた。
「当てつけって……俺まだ矢野橋さんにお会いした事ないんですがお若い方なんでしたっけ?」
「俺と同期だよ」
「ど?! 同期って、30歳って意味ですよね?」
今時の22歳にしては精神年齢が高めの村川くんにとって、30歳の男性が他者に当てつけをするなど信じられないのだろう。
「そうだね、矢野橋も今年で30歳だ」
という俺の言葉に村川くんは何とも嫌そうな表情を浮かべた。
「……村川くんはさ、うちの本社と第一営業所内が禁煙なのって入社前から知ってたんだっけ?」
俺は矢野橋との関係性を説明する前に、一点その事を確認してみた。
「それなら2年くらい前にお姉さんから聞きました」
「えっ? お姉さんって、奥さんの店のマスター?」
「はい、ジュンさんの奥さんです」
「あ、そっか……遠野夕紀さん経由で知ったって事か。遠野夕紀さんはその時何て言ってたんだ?」
てっきりジュン先輩の方からだと思ってたのに意外な回答でこっちがビックリした。
「お姉さん経由とは言いましたけど、多分ジュンさんからの情報だと思いますよ。お姉さんは9年前にここの会社辞めてるんですから。
俺が知った2年前ってのはお姉さんがまだジュンさんと付き合う前だったかなぁ……突然『元職場の人から聞いたんだけど、いつの間にか禁煙になってたの!』ってやや興奮気味に俺に話してきたんですよ。その時俺は『時代の流れなんじゃないですか?』って答えたんですが……。
ですから禁煙のキッカケが広瀬さんだって事は入社後に知りました」
村川くんの話に俺は「なるほど」と頷く。
俺の入社より前に会社を辞めた元事務員さんが興奮気味に驚いた程だ。……それ程社内喫煙は当時から悩ましい問題だったのだろう。
「キッカケが俺の体質なのは間違いないけど、実はそれより前からオフィス内の禁煙の件は議題に挙がっていたそうなんだ。
……ほら営業所は兎も角として、本社は女性社員の比率が高いだろ? 結婚を控えている社員や子どもの計画を考えている社員にとって悪影響な状況だったんだよこのフロア」
これは俺も今の部に異動になった後で高橋部長と逢坂部長の両者から聞かされた話だった……「女性の部長としてそれまで2人で何度も掛け合っても、当時喫煙者が大多数を占めていた状況下では叶わなかった」「何度議題に挙げてもルールを変える事が出来ずそれが原因で辞めた女性社員も居た」と。
それほど我が社は古い考えの人間が集まる紫煙の溜まり場だったという事だ。
「女性比率の多い職場でそれって、なかなか辛いでしょうね」
「禁煙のキッカケは俺の体質だけど、女性社員にとっては渡りに船だったんだろうね。実際ここ4~5年で結婚ブームやベビーブームが起きてるから」
「それは良い事ですね」
「喫煙のままでも女性社員の退職があって、禁煙にしても退職や育休が増えて……良い意味よりも悪い意味に受け取る人間も少なからずいるのも事実だよ。矢野橋もその1人さ」
「悪い意味にとる社員なんて居るんですか?」
「育休はちゃんとした制度だけど、少数精鋭で細々やってるうちの会社みたいなのだと不満を言う男も実際居る。俺が1度目に倒れて事務仕事をしている時期、矢野橋もこっちに居たんだけど毎日俺に嫌味言ってたよ。特に外勤が主の営業部員は禁煙になった詳しい経緯を知る事なく『煙草の煙で倒れた新入社員の為だけにオフィス内を禁煙にした』と思っただろうし、尚且つ育休を取得した社員の穴埋めをしなきゃいけなくて負担もかかっただろうし……禁煙直後は職場の雰囲気が最悪だったんだ」
俺の話を聞いていた村川くんの奥歯がギリっと音を立てる。
「普通に考えたらあり得ないでしょ、そんなの」
村川くんの静かな怒りのようなものに俺はボソッと
「小さな会社だからね、当時は仕方なかったのかもしれない」
と言うしかなかった。
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