【完結】彼女が18になった

チャフ

文字の大きさ
上 下
155 / 317
俺と彼女と彼女の事情

1

しおりを挟む



「忘れ物はないか?」
「うん」
「まさかとは思うが、課題のやり残しなんてないよな?」
「ないない」
「明後日から休み明けテストがあるんだろ? 明日は家に寄らずにまっすぐ帰るんだぞ」
「んもう!! 分かってるよ! ほんっとうに湊人は口うるさいんだから!!」
「ごく一般的な心配をしただけだから口うるさいなんて言われたくない」
「むぅ」
「じゃあ出発するぞ」
「むううぅ」

 車に乗り込んですぐに夏実とそんな会話を交わした後で、俺はエンジンをかけて車を動かす。

 今日で高校の夏休みが終わったから、薗田家との約束通りに夏実を和明さん晴美さんの元へお返しするだけなのだが、俺も夏実も明るい口調で「明日から学校頑張れよ!」「うん!分かった♪」を言い合う事は出来そうにない。

(だってそうだろう? 2週間もお試し同棲したんだぞ?
 遠出したとか、2人きりで夏らしいイベントに参加したとかそういう事をしなくたって、色んな意味で「仲良く」過ごしたんだ。本心を言うなら帰したくないに決まってるじゃないか)

 まして今日は特に熱く抱き合ったのだ。
 今回ばかりは脳も身体も熱が引いておらず、賢者的な冷静思考にも陥らなかった俺はとにかく口だけをペラペラと動かしてこの熱さをどうにかしてやるしかなかった。

(夏実は甘い余韻に浸りたいんだろうな……本当にごめん)

 夏実と違って俺は大人なのだから醜くて下らない本心で夏実の残り少ない高校生活を台無しにする訳にはいかない。
 それでつい先程まであのような会話になってしまい、今に至る。

「……どうでもいい話なんだけどさ、明日から俺一本早い電車に乗る事にしたから」
「ええ~??!」

 マンションの駐車場を出てすぐ、夏実にそう伝えたらすぐに文句が飛んだ。

「一本早いのって、引っ越す前と出勤時間が変わらなくなるじゃん! 『今まで10分以上遅い時間に家を出て到着時刻が変わらない! 神!!』って毎朝2人で言い合ったじゃあん」

 駅近物件に引っ越したおかげで今まで10分時間の余裕が出来た事には喜びあったのは確かだが、「神」は夏実しか言ってない。

「8月から通勤する路線が変わったから総務に路線と通勤費の変更を申請してたんだけど、いちゃもんが入ったんだ。別路線で何回か乗り換えしてったら通勤費抑えられるって」
「えー?! 経費削減ってやつ?」
「経費削減が理由なら社員1人2人の通勤費を抑えるよりもっと絞れるところがあるからそうじゃないんだ。『高い通勤費を会社から貰っといて実際は安い乗り方で通勤するんだろう』って、変な文句付けてきた社員が居たらしい」
「それって本社の人?」
「誰が文句付けてきたかは内緒って事だけど、多分別の地域の営業所からだな」
「何それ何それ!! キモいんだけど! なんで別の地域の人からそんな文句出ちゃうの? まさか社員の住所がダダ漏れになってるとか?!」
「プライバシーの漏洩だとか、うちの会社もそこまでアホじゃないよ。鉄道に詳しい人とか居るだろ?
 俺の引っ越しネタが社内に回り回ってなんとなく最寄駅が特定されたらしい」
「余計にキモいよその人!! めちゃくちゃ怖い!!」

 夏実がギャーギャー騒ぐのも無理はない。はたから聞いたら誰もがそう思うだろう。
 だがそうやって俺の通勤という細かい点に文句を言ってきた奴がいる事は確かで、しかもそれを総務部長にではなく営業本部長の耳に入れた人間がいるというタチの悪さだ。

「あれ? でも、同じ路線をりんさんも使ってなかった? 滉くんのお姉さん!!
 って言う事は稟さんも文句言われたの?」
「いや、指摘されたのは
「湊人だけ!? 稟さんはおとがめ無し!?」
「文句があったのが俺っていうだけで、野崎さんも道連れ。だから野崎さんも憤慨してるよ……っていうか、この件俺の部も総務部も憤慨してる」
「稟さんも湊人も通勤費誤魔化しの不正してるんじゃないかって疑ってるって意味だもんね! そりゃあみんな怒るよ!」
「そうだな。 」
「2人共真面目なの、私知ってるだけにムカつく!」
「……そうだな」

 夏実だけではなく、有り難い事に本社の人間全員が「広瀬と野崎がわざわざそんな事をする筈がない」と言ってくれている。

 確かに乗り換えを2回ほどしたら通勤費を抑えられるのは事実だ。けれどもその方法を取ると電車内の拘束時間が20分以上長くなり、身体に負担がかかる。その身体っていうのはマスク着用必須な俺だけでなく、女性の野崎さんにも同様に言える事だ。
 それで、「一本早い電車に乗れば総務部長の到着時刻とほぼ合致するから、その便に毎朝乗って総務部長に確認してもらえれば不正してる事にならないだろう」という話で落ち着いた。

 営業本部長も俺や野崎さんを本気で疑っているようではないにしても「プライバシーだから誰から文句出たかは言えないが、10分少々早い電車に乗るだけだから」と言われた……まぁ、俺もこの会社に入って8年目の人間なので誰から文句が出たかの検討がつく。まして、総務部長ではなく営業本部長にわざわざ言ってきたという辺り俺の頭に思い浮かべる人物で間違いないのだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

処理中です...