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可愛い彼女と俺の恋
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しおりを挟む気が付いたらもう昼近くになっていた。
「んっ! ……疲れたぁ」
小声で喋りながらとはいえ、こんなに集中して勉強の手伝いをするのは1ヶ月振りだ。
それまではそれが日常だった所為で辛さは全く感じなかったのだが、今日ばかりは疲労が溜まる。丸めていた身体を伸ばしても首を回しても癒される気がしない。
「あー! 私も疲れたー。ちょっと歩きたいかも!」
茉莉は椅子から立ち上がって身体を数回ねじって俺以上にストレッチをしている。
「歩くったって外は真夏の炎天下だぞ?」
「いいよー、お昼ご飯買ってくる!!」
「デリバリーでなんかとりゃいいだろ?」
「ピザとかの気分じゃないの! 買いたいものはもう決めてるの!」
茉莉はそれでも外へ買い出しに行くと言って俺の前に両手を差し出してくる。
「金か……」
世間一般的に歳下のガキが中年に向かって両手を差し出すときたらほぼほぼ「金くれ」である事を俺は熟知している。
「そ。ちょーだい♪」
予想通りそれを意味するサインを茉莉は両手で形づくったから、俺はポケットから財布を取り出した。
元々奢る気ではいたから別にいいんだけど。
「で? いくらあったら足りるんだ?」
「いちまんえん♡」
「馬鹿かお前は。3人分だぞ」
「冗談だよー! 怖いよおっさん。お釣りはちゃんと返すから!」
茉莉とそんなバカみたいなやり取りをして、茉莉は滉に食べたいものの希望を訊いたらサッとリビングを出て玄関で靴を履く。
「おい、俺にも希望聞いてくれよ」
「えー? おっさん嫌いな食べ物あんの?」
「ないけど」
「じゃあなんでもいいんじゃん。テキトーに買ってくるから!」
滉にはちゃんとするのに俺にはそんな対応だけして出て行ってしまう。
「……なんだあいつ」
悪いヤツじゃないと分かっていても、ちゃんと勉強しにきた素直さと真面目さを知っても、やはり茉莉は可愛くない。
「ふぅ……って……あっ!」
玄関の扉の内鍵を閉め、自分もリビングに戻った時点でようやくある事に気付く。
(静かだったからすっかり忘れてた……。
茉莉が戻ってくるまで滉と2人きりで過ごさなきゃなんねーじゃねぇか!
どうしよう……めちゃくちゃ気まずい。滉にとったら同じ空間に俺が居たら邪魔なんだろうな)
理系科目のノートがうず高く積まれたのなんて見向きもせず、黙々と自分の持ってきた勉強道具のみを使って自習を続ける滉の姿をキッチンの方から恐る恐る覗く。
(別にノート使ってくれなんて思わないけどさぁ、あそこまで無視するのも逆に凄いっつーかなんつーか……)
とはいえ、滉の前に置かれたグラスが空になっているのだからこちらも気配を消したままでいる訳にはいかない。
「飲み物のお代わり……いるか?」
これまた恐る恐る訊いてみると
「ジンジャーエール」
という答えがすぐ返ってきてホッとし、濡れたグラスを取りに行き、新しいグラスにジンジャーエールを注ぐ作業に取り掛かる。
「滉って、ジンジャーエール好きなのか?」
勉強の邪魔にならない位置に、これまた結露で紙を濡らさないように夏用のコースターを敷いてグラスを置いてやると
「氷ガンガン入れてくし形のレモン入れてくれたら文句言わない」
などと、高校生らしくない生意気な発言をした滉は一気にそれを喉へ流し込む。
(文句はある癖に一気飲みって、コイツも可愛くないなぁ)
「……また、お代わりいる?」
「茉莉帰ってきてから飲む」
「あっそ……」
せっかく出してやったコースターと共に空いたグラスを下げる俺に
「茉莉からも信頼勝ち取って楽しいか?おっさん」
滉は目線をテキストに落としたまま、明らかに暴言に聞こえる口調で俺を罵ってきた。
「……別にそんな意味で茉莉にノート渡したり勉強見たりしたわけじゃないけど」
「弁明なんか要らない。どうせ『女子高生1人攻略してやった』って内心ほくそ笑んでるんだろ?」
「んな事思ってねぇし」
段々とムカついてきてグラスを握る手の力が強まるが、声のトーンはそのままにしてグラスの片付けに専念する。
(あー! 本当に可愛くねーチビガキだな滉は!!)
30男がチビガキの挑発に乗るなんて馬鹿馬鹿しいだろうか?
(……まぁ、夏実や茉莉が居ないこんな時しか尋ねる機会なんてないだろうし丁度いい。
前からコイツの俺に対する態度にはちょいちょい引っかかってたんだ。言ってやろうじゃねーか大人気なくても馬鹿馬鹿しくてもさぁ!)
「滉さぁ、初対面の時と態度違い過ぎるのなんで?」
滉とその向かいに胡座をかいた俺とを隔てる新品の参考書や手垢のつきまくったノートの束をテーブル下へと移動させ、パーソナルスペースギリギリまで滉の顔に近づいてみる。
滉は強い眼差しのまま俺の顔をグシャッと掴んで
「失望したから!」
短い言葉と共に強く押した。
「って!」
ガキの見た目だから失念してたが、滉はこう見えて筋肉質な男で腕力も相当あるんだった。
滉の指が当たってた俺の顔の部位がジリジリ痛む。
「近付き過ぎなんだよ気持ち悪い」
「あー、それは悪かった」
だいぶ前にジュン先輩から「サシで話す時に効果的な距離感を掴む方法」として教えてもらったやり方を試してみたのだが、なんか間違えたのかもしれない。
「なんでなつこはこんな男がいいんだよ。意味分かんねぇ」
まだ痛む顔を押さえている俺に滉はそう小声で呟いたから、俺もそれに乗っかろうとこんな言葉をかけてみた。
「確かに俺もそう思うよ。普通に考えたら何もしてこない一回り歳上の俺なんか即切り捨てて、ちょっかい男を助けた同い年の滉に惚れちゃうよねぇ?」
方法は悪いが、こっちも挑発してやる。
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