63 / 317
彼女に伝う俺の愛
8
しおりを挟む無事晴美さんに事前連絡した23時半の帰宅に間に合い、俺は夏実の手を引いたまま薗田家の門扉を開けて家の敷地に入った。
庭のセンサーが反応して、玄関前がパッと明るくなる。
「私、鍵開ける」
夏実は鞄から家の鍵を取り出して解錠してくれ、俺が扉のレバーを引くとそこには晴美さんが立って待っていた。
「晴美さん」
一応帰宅時間を伝えたとはいえ、立って待っているとは思わず、俺は喉をゴクリと鳴らす。
「ただいまお母さん、あのね……」
娘の夏実も、仁王立ちみたいにして立つ母親の気迫に負けそうになっているらしく何か弁明するように母親に話しかけようとしていた。
……だが
「夏実はちょっと黙っていなさい」
想像以上に怒りのこもったような晴美さんの低い声で一蹴され、夏実は俺の背中側に隠れる。
確かにいつもは自分をなっちゃんと呼ぶ母親が急に夏実と呼び捨てしたら余計に怖いだろう。
「あのっ!これは全部俺が悪いですから夏実には叱らないであげて下さい!
食事に無理に誘ったのは俺の方なんですから……」
俺の背中で小さくなっている彼女を腕で庇いながら、晴美さんに「怒るなら俺だけにしてほしい」という意味合いの言葉を晴美さんに掛ける。
(ヤバい! 晴美さんのこの表情、かなり怒ってる!!)
今だって鼻から息を思い切り吸っているし、晴美さんは俺らに怒声を浴びせるつもりでいる筈だ。
「晴美さんっ!! あのっ!!」
夏実を自室に上がらせるのが先か、謝るのが先か……そんな事を考えながら晴美さんの名前を取り敢えず呼んだら、それに被せてくるように
「あなたたち!! もう、どうせなら一緒に住んじゃえばいいじゃない!!!!」
晴美さんの大声が玄関じゅうに響いて、俺は肩をビクつかせた。
「「!!」」
それは背後に居た夏実も同じで、俺の肩のビクつきとほぼ同じタイミングで身体をビクッと震わせており、晴美さんは顔を赤くしながら更に話を続ける。
「私、今日は昨日みたいに冷静に居られないの! なんかムカつくし!! 昨夜なんか眠れなかったし!!
眠れないまま今朝からいろいろ考えてたらイライラが募って、余計にイライラして……なんかもう、湊人くんにまでイライラし始めて!! なんで30にもなって実家暮らししてるんだろうって!!」
「えええっ??」
(俺が実家に居るのは、夏実の勉強を毎日見る為でもあったんですけど?
そもそも、晴美さんが「湊人くんは一人暮らししないでほしいなぁここに居てくれると助かるなぁ」って言ってましたよね?)
頭に思い浮かんだツッコミをそっくりそのまま口に出せば晴美さんはまた怒るだろうから、俺は「え」だけを声に出す。
「私ね、考えたの!! 思えばこの27年間、ずーっと子育てしてきたなぁって。夏実も18歳になったし、ずーっと母親してるのも疲れちゃったなぁって思って!!
もうすぐ高校は夏休みだし、湊人くんは忙しいかもしれないけど、私そんなの知ったこっちゃないし!! もうさ、いっそのこと2人とも出てって欲しいなって! 私思うわけよ!!」
「「!!!!!!」」
怒りに似た晴美さん特有の主張の仕方に、慣れてる筈の俺も夏実も圧倒される。
「ですから、晴美さん」
タクシーの中で一度は引っ込めようと思った自分の提案を、まさかこんな形で夏実の母親から逆に言われるなんて全く予想してなかったわけで。
「何よ湊人くん! 私の話に意見する気?」
俺も何か言おうとしている事に気付いた晴美さんが、怒りの表情をこちらにむけたまま、低い声で聞き返してきた。
だから俺も一度だけ深呼吸し、晴美さんにこう宣言した。
「俺もっ!! 夏実とこれから一緒に暮らしたいって思っています!!」
「…………」
「湊人……」
最初に響いた晴美さんの怒声に負けないくらいの声で、俺はそう言い、更に話を続ける。
「タクシーに乗る直前、夏実さんに提案したんです『この夏休みの間に一緒に住むところを見つけないか?』って」
「……」
「夏実さんからはまだ返事もらってませんが、俺だって夏実さんとこれからずっと一緒に居たいという強い気持ちがあります! 今まで一度も、夏実さんの気持ちを蔑ろにしていたつもりはありませんから!」
晴美さんの表情が少し落ち着く。
「なるほど」
声のトーンも昨日と同じ……とまではいかないにしろ、落ち着きを取り戻したみたいで俺も少しホッとする。
「で? なっちゃんは? どう思うの?」
それから晴美さんの目線は、さっきからずっと身体を小さくして俺の背中に隠れている夏実へと向けられる。
「わ、私……は…………湊人に突然言われてとにかくビックリして。すぐに返事出来なくて今まで、ずっと考えていたんだけど」
(ええ?? タクシーでの夏実のアレ、考え事してたのか!)
手は繋いでいてもタクシーに乗っている間、一度も俺の顔を見なかったから不安で仕方なかったのだけれど。
でも、一応彼女の頭の中で俺の提案に少しでも考えて真剣になってくれたのだとしたら、例え断られたとしても嬉しい。
「高校生活まだ半年以上あるし受験しなくても学校の通常の勉強はお家でしっかりやるつもりだったから……だから急にこの家を離れてっていうのが、実感湧かないけど……でも! 私も湊人とずっと一緒に居たいから。湊人から一緒に暮らしたいって言われて、すごく嬉しくて」
「夏実……」
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!



密室に二人閉じ込められたら?
水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる