【完結】彼女が18になった

チャフ

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俺と彼女の進む路(みち)

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 次の日の朝

 俺は始発列車に乗って会社の最寄り駅へ向かった。
 いつも乗る時間帯とは列車の様子が全く異なり、マスクを着けずに座席にゆったりと座る事が出来る。


 昨夜は晴美さんと結局、日付をまたぐ時間まで話をしていた。

 夏実は……ちゃんと部屋着から私服に着替えた上で隣家の広瀬家を訪ねたらしい。
 親父とお袋が「もう遅いから」と、夏実を2階の使っていない空き部屋に客布団を用意して寝かせたんだそうだ。

 俺と話を終わらせた晴美さんが和明さんと一緒に薗田家に戻っても、お袋から夏実の居場所を伝えられても、俺はダイニングテーブルに頭を預けたまま動けず……眠る事すら出来なかった。
 今も座席の手摺りに頭をくっつけて眠ってしまおうかとも考えたけれど……それでもやはり眠れない。

 
 1時間の静かな電車旅に揺られ、会社の最寄り駅に到着すると大雨が降っていた。

 そういう季節だと納得出来ない程、雨降りしきる中に傘をさして10分弱歩くというのはまさに苦行そのものだ。
 身長が高い所為で一本の折り畳み傘程度では自分の身を完全に覆う事が出来ない。おまけに下からパシャパシャと跳ね返る水溜まりやアスファルトにとめどなく流れる水の飛沫は俺のスラックスをみるみる汚していく。

「腹も、減らないな」

 その上、胃の下辺りが痛くて水ですら受け付けたくないとしており、それは晴美さんの口から聞かされた夏実の苦悩をそのまま体現しているかのようだ。


 
 いつもよりも1時間半も早く駅に着いたとはいえ、特にする事もなくオフィスビルに入る。

「昨日の続きでもするか」

 この時間から作業したって多分、今夜も残業する羽目になるだろう。
 オフィスの鍵を開けてエアコンの電源を入れたら自分のデスクに座ってパソコンを起動する。
 いつもなら森田さんが早めの出社ついでにしてもらっている社内連絡FAX用紙の仕分けを行い、業務部メンバーのデスクにそれぞれ置いていく。

 それからメールのチェックをしたり朝9時以降に行う主業務の準備をし終えて、俺は昨夜村川くんと一緒に作業していた雑務の残りをやりきってしまおうと倉庫の鍵を開けた。

「この感覚、懐かしいな」

 本来なら、うちの部のメンバーは倉庫の整理や棚卸しまでやる必要はない。何故ならここは階下の営業所が主に利用している自社商品の備品を保管している倉庫の一つだから。

 埃っぽいし、エアコンの風が全く入らなくて夏は地獄のような暑さになるし、何よりここの作業はどれも地味で面倒で営業事務の女性社員だってなかなかやりたがらない。
 それでも俺は新入社員の頃からここで細々とした雑務をするのが好きだった。 

 アットホームな職場で今では社員の殆どが俺の体質を理解してくれているから、身長185㎝図体をして見た目はまったくの健康体な俺に対して「外はこんなに暑いのにお前はエアコンの効いた部屋で内勤なんて良い身分だ」などという子ども染みた愚痴をこぼす者はもう居ないだろう。
 ……けれども営業部時代に倒れて女性社員と一緒に営業事務をやらされていた時は精神的に辛く、定時が過ぎてもここに来て細々とした雑務を1人でこなしたりしていた。
 勿論残業代なんて付けたら文句を言われるかもしれないから、サービス残業で。


 
 思えば俺は10歳に満たない頃から、何かしら見えない敵に対して対抗してきたような気がする。

 ひとり息子だから
 親が公務員だから

 親どころか、誰からも直接的に何も言われた事はなかったけれど、無意識のうちに「模範的に生きなければならない」という考えが小学生の俺を精神的に蝕んでいき、自分で自分の首を絞め付けていたんだと思う。
 その頃から徐々に、原因不明の偏頭痛に苦しむようになった。
 原因不明とは実に厄介で、改善策も見つからない周囲に理解されにくい症状というものは結果的に「こいつは扱いにくい人間だ」というレッテルを当人に貼っていくものだ。
 成長していくにつれて俺は益々その悪循環の渦に飲み込まれいった。

 だから外勤中にタバコの煙で倒れたのは俺にとってもある意味転機だったし、改善策は「マスクで外気に対して少しだけフィルターをかける」という案外単純なもので逆に拍子抜けした。
 時代の流れもあり、人の多い場所でもマスク一つで軽減出来ると知った時は「なんだそんな事で防げたのか」と実際声に出た程だ。


 会社内ではジュン先輩が積極的に動いてくれたおかげで仕事しやすくなったものの、最初の頃は「なんで新入社員1人の為にオフィス内を禁煙にしなければならないんだ。分煙じゃ駄目なのか」という声もよく聞いた。
 愛煙家の同期社員からはそれに加えて「夏の暑苦しい時期に内勤なんていい身分だ」と陰口を言われていた事も知っている。
 その度に俺はここに来て、誰もやりたがらない地味な雑務を勤務時間外にひっそりとやっていた。
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