【完結】彼女が18になった

チャフ

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俺と彼女の進む路(みち)

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 今の時代こんな事を思ってはいけないと分かっていてもやはり、7月慌ただしい中の残業というものは「内勤業務の自分だってちゃんと仕事しているんだ」という変な実感が湧いてしまう。


「広瀬主任、村川くん、部長が『そろそろ帰りましょう』って!」

 業務部メンバーの1人である森田さんが倉庫の扉を少し開けて顔を出し、棚卸し作業をしていた俺と村川くんに声を掛けてくれた。

「……だってさ、帰ろうか村川くん」
「はいっ!」

 村川くんに三脚の置き場所を伝えると共に俺は肩に引っ掛けていた2枚のタオルの内、1枚を彼に手渡す。

「あっつぅ……毎年恒例とはいえ夏の棚卸しはサウナ並みだよなぁ」

 誰に話し掛けるでもないボヤきを漏らしながら、もう1枚のタオルで中年さながらに首や額の汗をぬぐっていると

「ほあぁぁ~~~」

 という森田さんの吐息音がこちらにまで聞こえてきた。

(森田さん……村川くんはんだから自重してほしいなぁ)

 彼女のボーイズラブ好きは理解しているので俺はそれに対してとがめる気は無いのだが、ここはオフィスという公共の場であるから一応「モロバレな表情は控えて」と意味合いを込めた目配せだけ送ることにする。

「ですよねー♪……ははは」

 俺の目配せに気付いた森田さんは笑って誤魔化し、目を泳がせている。

「どうかしたんですか?」

 三脚を片付け終わった村川くんが、俺の渡したタオルで汗を爽やかに拭きながら誤魔化し笑いの森田さんの様子に不思議がって近付いてきたので

「ああ、何でもないよ。俺らが身長高いから『はかどっていいな』っていう話みたい」

 と、俺は森田さんの心の声を含めたような返答をしてやった。

「ああ~女性じゃ一番上の棚卸し作業無理ですもんね!」

 村川くんは『捗る』の意味を純粋に受け止めて森田さんにこれまた爽やかな笑顔を見せている。

「そうそう!! だから主任と村川くんが業務部に居てくれて助かるなーっていう。そういう意味だからっ!」

 彼女の慌てたような口ぶりが、更に俺をハラハラさせたのだが

「身長の高さは主業務に関係ないですけどね。でも雑務で役に立ってるなら俺も嬉しいです!」

 村川くんの言葉からはボーイズラブの概念が一切含まれておらず、ただただチャーミングに微笑んでいてホッと胸を撫で下ろした。

(っていうか、主任という名ばかりの役職だけの俺がこんなに気を揉むのっておかしくないか?)

「だよねだよね! ……じゃっ! 私達は先に上がりますね! お疲れ様です!」

 森田さんは村川くんのチャーミングさに耐えきれなくなったのか、顔を真っ赤にしながら俺達にそれだけを言うと、逃げるように倉庫を出て行ってしまった。

「森田さん走って行っちゃいましたね。もうそんなに時間遅いんですかね?」

 俺は倉庫の扉を開けて、まだ純粋なハートを持ってるらしい村川くんを涼しい廊下に出してあげる。

「そうなんじゃないか? 村川くんも早く帰らないと珈琲豆専門店の奥さん寂しがるかもよ」
「今何時だろ? 閉店作業時間に間に合うよう迎えに行けるといいんですけど」
「もうすぐ19時半だな」
「やばっ! じゃ俺急ぎます! お疲れ様です!」

 村川くんも慌てた様子で廊下を駆け出していった。

「村川くんおつかれー」

 俺は倉庫の鍵をかけて、もう見えなくなった彼の方に顔を向けながら義務的な挨拶を口にする。

(まったく……既婚者で毎晩のように奥さんとラブラブイチャイチャしておきながら、森田さんみたいな趣味嗜好の人にも餌付けするなんて罪な事するよね村川くんも)

 とか考えながらも、さっき村川くんにタオル渡した俺も森田さんにとっては「餌付け」であったのだと思う。
 特に彼女が好むのはオフィス内で高身長の男性カップルがささやかなイチャイチャを交わすシチュエーションらしく、まさに俺と村川くんの存在は森田さんにとって「餌付け」であり妄想も「捗る」ようだ。

「まぁ、いいか」

 俺は鼻から息をフーッと長く吐いて、既に誰も居なくなったであろうオフィスの戸締まり確認を始めようと廊下を1人ゆっくりと歩いた。


 ビルを出て駅へ向かう道すがら、俺はスマホを取り出してメッセージアプリを起動する。

 夏実とのトークルームを開くとそこには、今夜の夕食画像と思われるものが添付されていた。

「ふふっ♪ 硬そうなハンバーグだなぁ」

 夏実が自作したらしい煮込みハンバーグなるものは、小さめで球体みたいな形状の手ごねハンバーグがケチャップソースでびちゃびちゃに塗れ、フライパンの上でグツグツ煮込まれている代物だった。

「ガキが作ったみたいだなぁこねすぎたんじゃないか?」

 恐らくハンバーグの醍醐味ともいえる肉汁はソースの中へと浸み出てしまい、肉塊の食感は硬くてボソボソしているんだろう事が何となく伝わる。こういうパターンの料理はソースまで残さず食べれる方法へと持っていくのが得策だろう。

[夏実の作ったハンバーグ、めちゃくちゃ美味うまそう! 腹減りすぎてるから早く食べたいな。白飯余分にあるなら丼にして食いたいくらいだ]

[り]
[それなら丼の一番上に目玉焼きのせてロコモコっぽくしてみるね♡]

 俺の提案に夏実は喜んでくれたようだ。
 なかなか良いフォローが出来たと、またマスクの奥でニヤける。

[それ嬉しい! 21時前には薗田家に帰れるはずだから、電車降りたらまたメールするよ]

[り]

(「り」……とは……?)

 今朝は「りょ」だったのに今はもう「り」らしい。
 
(了解の意味となる「りょ」と「り」に何かしら使い分けでもあるんだろうか?)

「お弁当美味しかったよ、ありがとう]

[(女の子が照れ隠しをしているスタンプ)]

(弁当の感想聞かせるのは恥ずかしいのか? 相変わらず夏実は可愛いなぁ)

 調子に乗った俺は、以下の内容を夏実に送る。

[夏休み中に出来そうな参考書も本屋で見繕って買っとくから]

 すると夏実からは

[わかった。じゃあ電車気をつけてね]

 という返事が来た。

(ん?そこは「りょ」や「り」じゃなくて「わかった」なのか。やっぱり使い分けが分からない……)
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