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俺と彼女の誕生日
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しおりを挟むそこからはジュン先輩を無視する方向に決めた事で午後の業務も滞りなく進んでいき、17時を過ぎる頃には本社の人間全員が残業無しで帰れる雰囲気になった。
職場内の禁煙の流れも有り難かったが、今の社長に代替わりしてからはだいぶ仕事がしやすくなったように感じる。
「広瀬さんは定時になったら早く出てエレベーターに乗らないと! ジュンさんが追いかけてきちゃいますから、真っ先に駅行っといた方がいいですよ」
村川くんから「終業時間になったら急いでエレベーター乗らないと待ち合わせ時間にまにあわなくなるかもしれない」という提案を受けた。
確かにあのランチのあのやり取りを経てすぐの自由時間だ。ジュン先輩の事だから定時後真っ先に俺を追いかけて「JKの顔を拝ませろ」と無茶な要求をするに違いない。
「でも、社長も帰らない内にそんな事していいのか?」
可愛い後輩の意見にノリたいところだが、俺もまだまだ昔ながらの系譜を経てきた社会人だから上司よりも先に上がるという行動に気が引ける。
デスク周囲を見渡したら、事情を知っている部長や部のメンバーから何故か温かい目を向けられていた。
特に俺の斜め向かいにデスクを持つ野崎さんから
「主任は本日誕生日なんですし、先に帰ってしまっても理由つくんじゃないですか?」
という謎理論を口に出されたので
「じゃあお言葉に甘えて失礼します」
と、俺はデスク周りの人間全てに会釈をし、終業時間と共にエレベーターへと乗り込んだ。
「ふぅ……」
我が社は規模がデカくない代わりにアットホームな雰囲気が昔からある。
個人情報がダダ漏れになるリスクはあるが、ここ2年独身貴族風情の俺に言い寄ってくるような女性社員も取引先も居ないっていうのは気が楽だし、こうして空気読んでくれるのは助かるのかもしれない。
「社内だけでなく取引先や同業他社からも俺の事ロリコンだと思われていそうだけど」
2年前、女子高生の夏実と付き合ってるのがバレたのだってジュン先輩が原因だった。
俺の身の安全が確保出来快適に仕事出来るようになれたのはジュン先輩のおかげだが、それと同じくらいジュン先輩によって俺の個人情報が垂れ流されているのは良い事なのか悪い事なのか……今の俺にはまだまだ判断が付かなかった。
「ジュン先輩の電話があったからこそのプラチナリング……か」
俺はエレベーターの中でポツリと呟き、ビジネスバッグに目線を向けた。
判断がつかない事柄は数多くあれど、不満に感じているものはほとんどない。
指輪の一件に関していえば、ジュン先輩から愚痴の電話さえかかって来なければマリッジリング阻止は可能だったのだが果たして本当に阻止して良かったかと問われれば難しいのだ。
「デザイン良かったし、結果的に完全阻止出来たかどうかまでは分からないけど。なんせ夏実は可愛いからなぁ……あの子が純粋に『欲しい』と思ったのであればマリッジリングだろうが買っちゃうもんなぁ」
ジュン先輩の存在あってこその、今の俺。
そう感じる点は山程あるし、なんだかんだ言って「ジュンの顔の男」を恩に感じている。
「今から駅まで歩いたら、待ち合わせ時間の少し前に着くかな……」
可愛い夏実にもうすぐ会えると思うとウキウキしてきて、マスクをつけるよりも先にスマホを取り出し夏実に連絡を入れる。
[今仕事が終わって駅に向かうところだよ。夏実はまだ電車の中かな?]
ウキウキしている割に素っ気ない文面を送りスマホをスリープモードにすると、俺は一階に到着したばかりのエレベーターを降り駅へとまっすぐ歩き始めた。
土曜の夕方でもオフィスビルから出て来る会社員は割と多く、中には歩きタバコをし始める者も居る。
(喫煙者全員を恨むつもりはないけれど、その他大勢の中にも俺みたいな人種が存在している点に気を留めてくれたら有り難いんだがなぁ……)
入社一年目、営業職に配属されたばかりの頃を思い出し、スマホと入れ替えるように新しい不織布マスクの個装を開封した。
営業部から業務部へと異動の辞令を受けた事により、ああいう時くらいしか顔を合わせる事はなくなったけれど、本社のフロアと関東第一営業所のフロアが一斉に禁煙となり社内の人間も禁煙分煙の意識を持ってくれるようになったのは、煙草の煙が体質に合わない俺の健康面も加味してはいるのだが、当時直属の先輩だったジュン先輩が会社全体に話を持ちかけヘビースモーカーだった本人までもがスパッと煙草を辞めてくれたに他ならない。
しかも別の区域の営業所には「所長や社長が禁煙始めたから」という噂まで流し、なるべく「俺が原因」という本来の理由を避けてくれた。
紫煙を嗅いだらブッ倒れる以外の面では健康体の俺が入社2年目から快適に内勤業務をさせてもらえてるのは、ひとえにジュン先輩……もとい、穂高次期営業所長様のお陰だ。
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