101 / 113
あなたと、一緒に……
4
しおりを挟む
私の夢は皐月の夢でもあった。
皐月は大学で教職課程を取っていて教師になる事を夢見てはいたけれど、「お姉ちゃんの理想とする空間で家族みんなで味わったのと同じコーヒーを飲みたいしそのお手伝いもしたい」と言っていた。
(けれど……皐月が一言一句、裕美さんにその通りの言葉を言いお願いしたのだとしたら……それは……)
『私、皐月ちゃんがお金を用意していた以上にビックリしたのよ。
まるで「夕紀ちゃんが珈琲豆専門店を開店する頃に自分は居ない」と予言しているみたいだったんだもの』
私はちょうど、スマホから聞こえる裕美さんの言葉と同じ内容を考えていて
「……」
それは……今思えば、それほど皐月がその時点でボロボロだった事が窺える。
『それで私は夕紀ちゃんがお店を開いた5年前の10月18日にコーヒーノキの苗を買えるだけ買って、パパは前よりも広い温室を作って育てる事にしたの。
10月18日は遠野くんの誕生日でもあったから』
「……」
私の知らないところで皐月は死期を悟り、裕美さんに謝罪し、花の持つ言葉の意味を託そうとしたのだろう。
皐月にも父と同じ血は流れてはなかったけれど、ある意味親子のように似た部分を持っていたのかもしれない。
『来年の6月、あの温室にはきっと沢山の花が咲くわ。
だから必ず遊びに来てね。朝香も亮輔くんも、それから夕紀ちゃんの大切な人も、みんなみんな呼んでいいから。
……白い花が一斉に咲く様子を、みんなで観ましょうね』
コーヒーの花言葉は「一緒に休みましょう」
それは、楽しい事ばかりでないこの世の中で生きる私達だからこそ必要な言葉であって……
生き急ぐ足をほんの少しだけでも止めて
深呼吸をしながら、ゆったりと心地よい歩幅で
明日に向かって一歩ずつ進んでほしいというエールに聞こえる。
「はい」
私の目からはもう何度目か分からなくらいの涙が流れ落ちていて
目を閉じると、毎夜夢に出てきた黄緑色の温かな雨空が映像のようにありありと感じられた。
『そうだ、夕紀ちゃん。6月に入ったらいっぱいグアテマラを焙煎しておいてね。いつでもこっちに持って来れるように』
視界を閉じた私には裕美さんの温かで優しい声はコーヒーの白い花みたいに感じられ、その花々は私の想像の中でたくさん降り注いでいく……。
「はい、必ず持っていきます。
たくさんの白い花を見ながら、グアテマラアンティグアを飲みたいです。
私の大切な人達と……みんなで」
私は夢みたいな想像をしていた。
キラキラと輝く萌黄色の、あの家の庭の中で
青磁色のコーヒーカップをみんなが手にしていて、上空を見上げていて
キャラメリゼされたジューシーなスープみたいなものを飲み込んでは、降り注ぐ花々に手を伸ばし受け取っている。
そんな、夢でしかないような想像ではあったけれど
とても幸せで幸せでたまらない、素敵な想像で
「約束を、必ず果たしますから」
私は希望ある約束を師匠に告げ、通話を切り日付も時刻も切り替わった事を知っても……
優しくトントンとジュンの指が私の背中を叩いても……
「ありがとう、ジュン」
夢みたいな幸せが私の中に満ち満ちていた。
皐月は大学で教職課程を取っていて教師になる事を夢見てはいたけれど、「お姉ちゃんの理想とする空間で家族みんなで味わったのと同じコーヒーを飲みたいしそのお手伝いもしたい」と言っていた。
(けれど……皐月が一言一句、裕美さんにその通りの言葉を言いお願いしたのだとしたら……それは……)
『私、皐月ちゃんがお金を用意していた以上にビックリしたのよ。
まるで「夕紀ちゃんが珈琲豆専門店を開店する頃に自分は居ない」と予言しているみたいだったんだもの』
私はちょうど、スマホから聞こえる裕美さんの言葉と同じ内容を考えていて
「……」
それは……今思えば、それほど皐月がその時点でボロボロだった事が窺える。
『それで私は夕紀ちゃんがお店を開いた5年前の10月18日にコーヒーノキの苗を買えるだけ買って、パパは前よりも広い温室を作って育てる事にしたの。
10月18日は遠野くんの誕生日でもあったから』
「……」
私の知らないところで皐月は死期を悟り、裕美さんに謝罪し、花の持つ言葉の意味を託そうとしたのだろう。
皐月にも父と同じ血は流れてはなかったけれど、ある意味親子のように似た部分を持っていたのかもしれない。
『来年の6月、あの温室にはきっと沢山の花が咲くわ。
だから必ず遊びに来てね。朝香も亮輔くんも、それから夕紀ちゃんの大切な人も、みんなみんな呼んでいいから。
……白い花が一斉に咲く様子を、みんなで観ましょうね』
コーヒーの花言葉は「一緒に休みましょう」
それは、楽しい事ばかりでないこの世の中で生きる私達だからこそ必要な言葉であって……
生き急ぐ足をほんの少しだけでも止めて
深呼吸をしながら、ゆったりと心地よい歩幅で
明日に向かって一歩ずつ進んでほしいというエールに聞こえる。
「はい」
私の目からはもう何度目か分からなくらいの涙が流れ落ちていて
目を閉じると、毎夜夢に出てきた黄緑色の温かな雨空が映像のようにありありと感じられた。
『そうだ、夕紀ちゃん。6月に入ったらいっぱいグアテマラを焙煎しておいてね。いつでもこっちに持って来れるように』
視界を閉じた私には裕美さんの温かで優しい声はコーヒーの白い花みたいに感じられ、その花々は私の想像の中でたくさん降り注いでいく……。
「はい、必ず持っていきます。
たくさんの白い花を見ながら、グアテマラアンティグアを飲みたいです。
私の大切な人達と……みんなで」
私は夢みたいな想像をしていた。
キラキラと輝く萌黄色の、あの家の庭の中で
青磁色のコーヒーカップをみんなが手にしていて、上空を見上げていて
キャラメリゼされたジューシーなスープみたいなものを飲み込んでは、降り注ぐ花々に手を伸ばし受け取っている。
そんな、夢でしかないような想像ではあったけれど
とても幸せで幸せでたまらない、素敵な想像で
「約束を、必ず果たしますから」
私は希望ある約束を師匠に告げ、通話を切り日付も時刻も切り替わった事を知っても……
優しくトントンとジュンの指が私の背中を叩いても……
「ありがとう、ジュン」
夢みたいな幸せが私の中に満ち満ちていた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
アンコール マリアージュ
葉月 まい
恋愛
理想の恋って、ありますか?
ファーストキスは、どんな場所で?
プロポーズのシチュエーションは?
ウェディングドレスはどんなものを?
誰よりも理想を思い描き、
いつの日かやってくる結婚式を夢見ていたのに、
ある日いきなり全てを奪われてしまい…
そこから始まる恋の行方とは?
そして本当の恋とはいったい?
古風な女の子の、泣き笑いの恋物語が始まります。
━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━
恋に恋する純情な真菜は、
会ったばかりの見ず知らずの相手と
結婚式を挙げるはめに…
夢に描いていたファーストキス
人生でたった一度の結婚式
憧れていたウェディングドレス
全ての理想を奪われて、落ち込む真菜に
果たして本当の恋はやってくるのか?

初めから離婚ありきの結婚ですよ
ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。
嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。
ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ!
ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる