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あなたと、一緒に……
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『実はね、その件で皐月ちゃんから直接謝られた事があったの』
「えっ?」
私の師匠であり父の大切な人達に悪い事をしていた。と申し訳ない気持ちでいた私に、裕美さんはそう話を始める。
(皐月から……直接?)
私の頭の中にクエスチョンマークが浮かんでいた。
皐月が義郎さん裕美さんに直接対面したのは一度しかないのだから。
「皐月が裕美さんに直接って、あの時しかありませんよね?」
『そうね、6年前のゴールデンウィークだったかなぁ……』
私が広島で珈琲の修行を始めて半年が過ぎた頃。
ゴールデンウィークを利用して皐月が村川家へ遊びにきた。
同時に私はリフレッシュ休暇をもらい近所の川で朝香ちゃんと3人で遊んだり姉妹だけでドライブして観光したりして過ごしたらあっという間に終わってしまった。
(皐月が裕美さん達にご挨拶する間もないくらいだったのに)
弟子の私に休暇を与えたくらいだから義郎さんも裕美さんも朝から晩まで忙しくしたし残業も半端ないくらいで、私達が眠る時間になっても店に篭っていた。なのにどうして皐月は夫妻に謝罪の言葉を述べる時間が作れたのだろう?と不思議でならない。
『遠野くんが4人家族を形成して頑張っていたあの3年間に3回だけ、パパはコーヒーの花を送ったわ。夕紀ちゃん皐月ちゃんにじゃなくて、親友の遠野くんに贈りたい気持ちが強かったから』
「はい」
『遠野くんは自分を顧みないだけでなく、生き急ぐ人だった。だからコーヒーの花が持つ言葉の力で遠野くんが少しでも生きやすくなってくれればって思っていたのよね。
遠野くんが事故で亡くなった時、必然ではないと理解しているのにパパは泣いたわ。だって私達は何も出来なかったし救えなかったんだもの』
「……はい」
『夕紀ちゃんだって悲しかったと思う。事故の遠因に自分があるんじゃないかってたくさん後悔したと思う』
「そうですね」
父と母の事故死は私の「夫婦で旅行してきなよ」と提案した事が招いたと、確かに今でも感じていた。
『皐月ちゃんも皐月ちゃんでね、夕紀ちゃんとは別の理由で後悔をしていたみたい。
皐月ちゃんは20歳過ぎてから毎日のように当時幼い頃にしてしまった事の意味を深く考えるようになったって言っていたわ。
皐月ちゃんはお花が大好きで知識が豊富でしょう? コーヒーの花が届くまで一日と少し……箱を開けたら途端に萎れてしまう事も知っていた。
皐月ちゃんは無邪気に箱を独り占めして夕紀ちゃんと2人だけで楽しんで花の香りを吸い付くしてごめんなさいって、私に謝ってきたのよ』
「皐月が……」
皐月は良い意味でも悪い意味でも「妹」らしくて、大学生になっても20歳を迎えても皐月は私ほど自立してはなかったと思うし無邪気で幼い部分もかなり残っていた。
だから21歳の皐月が裕美さんにそんな事を謝っただなんて俄かに信じられなかったのだけれど
『皐月ちゃんは謝らなくても良い事だと、私はすぐに言い返した。
もしパパが作った陶器の箱を遠野くんが最初に見つけたとしても、箱の隙間から花の香りを感じたとしても、遠野くんはきっと中を開けずにそのまま夕紀ちゃん達姉妹に渡したんじゃないかなって私は思うから』
父は義郎さんの箱も花も存在を知らなかった……けど、たとえそれを知ったとしても私達にそのまま渡したかもしれない———裕美さんの予想は、私とあの家や白い手紙との関係にリンクしているような感覚に陥り、それらは全て「間違っていない」のだと認めざるを得なかった。
『そしたら皐月ちゃんはね、「謝罪がダメなら」って一つのお願いをしてきたの』
「お願い……ですか?」
裕美さんの話にはまだ続きがあって、私は涙を拭い耳を澄ます。
『皐月ちゃん、私にお金の入った封筒を渡してきてね……「お姉ちゃんが夢を叶えたらこのお金全部使ってコーヒーノキを買って下さい」「いつかその木々が大きく成長して沢山の花をつけられるようになったら真っ先にお姉ちゃんに伝えて見せてあげて下さい」って言ったの』
「……ぇ?」
耳をスマホ端末に密着させ一言一句聴き逃さないようにと澄ませていた私の体が、直後に硬直する。
(皐月のお願い……しかも、そんな言い方って)
「えっ?」
私の師匠であり父の大切な人達に悪い事をしていた。と申し訳ない気持ちでいた私に、裕美さんはそう話を始める。
(皐月から……直接?)
私の頭の中にクエスチョンマークが浮かんでいた。
皐月が義郎さん裕美さんに直接対面したのは一度しかないのだから。
「皐月が裕美さんに直接って、あの時しかありませんよね?」
『そうね、6年前のゴールデンウィークだったかなぁ……』
私が広島で珈琲の修行を始めて半年が過ぎた頃。
ゴールデンウィークを利用して皐月が村川家へ遊びにきた。
同時に私はリフレッシュ休暇をもらい近所の川で朝香ちゃんと3人で遊んだり姉妹だけでドライブして観光したりして過ごしたらあっという間に終わってしまった。
(皐月が裕美さん達にご挨拶する間もないくらいだったのに)
弟子の私に休暇を与えたくらいだから義郎さんも裕美さんも朝から晩まで忙しくしたし残業も半端ないくらいで、私達が眠る時間になっても店に篭っていた。なのにどうして皐月は夫妻に謝罪の言葉を述べる時間が作れたのだろう?と不思議でならない。
『遠野くんが4人家族を形成して頑張っていたあの3年間に3回だけ、パパはコーヒーの花を送ったわ。夕紀ちゃん皐月ちゃんにじゃなくて、親友の遠野くんに贈りたい気持ちが強かったから』
「はい」
『遠野くんは自分を顧みないだけでなく、生き急ぐ人だった。だからコーヒーの花が持つ言葉の力で遠野くんが少しでも生きやすくなってくれればって思っていたのよね。
遠野くんが事故で亡くなった時、必然ではないと理解しているのにパパは泣いたわ。だって私達は何も出来なかったし救えなかったんだもの』
「……はい」
『夕紀ちゃんだって悲しかったと思う。事故の遠因に自分があるんじゃないかってたくさん後悔したと思う』
「そうですね」
父と母の事故死は私の「夫婦で旅行してきなよ」と提案した事が招いたと、確かに今でも感じていた。
『皐月ちゃんも皐月ちゃんでね、夕紀ちゃんとは別の理由で後悔をしていたみたい。
皐月ちゃんは20歳過ぎてから毎日のように当時幼い頃にしてしまった事の意味を深く考えるようになったって言っていたわ。
皐月ちゃんはお花が大好きで知識が豊富でしょう? コーヒーの花が届くまで一日と少し……箱を開けたら途端に萎れてしまう事も知っていた。
皐月ちゃんは無邪気に箱を独り占めして夕紀ちゃんと2人だけで楽しんで花の香りを吸い付くしてごめんなさいって、私に謝ってきたのよ』
「皐月が……」
皐月は良い意味でも悪い意味でも「妹」らしくて、大学生になっても20歳を迎えても皐月は私ほど自立してはなかったと思うし無邪気で幼い部分もかなり残っていた。
だから21歳の皐月が裕美さんにそんな事を謝っただなんて俄かに信じられなかったのだけれど
『皐月ちゃんは謝らなくても良い事だと、私はすぐに言い返した。
もしパパが作った陶器の箱を遠野くんが最初に見つけたとしても、箱の隙間から花の香りを感じたとしても、遠野くんはきっと中を開けずにそのまま夕紀ちゃん達姉妹に渡したんじゃないかなって私は思うから』
父は義郎さんの箱も花も存在を知らなかった……けど、たとえそれを知ったとしても私達にそのまま渡したかもしれない———裕美さんの予想は、私とあの家や白い手紙との関係にリンクしているような感覚に陥り、それらは全て「間違っていない」のだと認めざるを得なかった。
『そしたら皐月ちゃんはね、「謝罪がダメなら」って一つのお願いをしてきたの』
「お願い……ですか?」
裕美さんの話にはまだ続きがあって、私は涙を拭い耳を澄ます。
『皐月ちゃん、私にお金の入った封筒を渡してきてね……「お姉ちゃんが夢を叶えたらこのお金全部使ってコーヒーノキを買って下さい」「いつかその木々が大きく成長して沢山の花をつけられるようになったら真っ先にお姉ちゃんに伝えて見せてあげて下さい」って言ったの』
「……ぇ?」
耳をスマホ端末に密着させ一言一句聴き逃さないようにと澄ませていた私の体が、直後に硬直する。
(皐月のお願い……しかも、そんな言い方って)
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