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あなたと、一緒に……
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「この花ね、コーヒーの花なんだって」
ジュンは私の耳についているイヤリングを一つずつ外しながらそう言い
「ユウちゃんがこの前話してくれたじゃない? 『白い花』の事。
今日の夕方にイヤリングを受け取りに行って、現物を見た時にさぁ……『もしかしてこの花だったのかな?』って思ったんだ」
私の耳たぶを愛おしそうに撫でて
「……」
「店員さんもイヤリングの作家さんと話をする機会があったらしくてね、デザインの事を聞いてみたんだって。
そしたらね、その作家さんがコーヒーにも花言葉があるっていうのを知って、すぐにこのイヤリングを作ろうって気になったみたいだよ」
「コーヒーにも……花言葉……」
新たに、新しいイヤリングを着けてくれる彼の優しさやわらかさ温かさに涙が溢れた。
(私……なんで、今まで皐月が持ってきたあの花がコーヒーの花だって気付かなかったんだろう?)
鈍感な自分に情けなくなる。
「ユウちゃんは花言葉を知ってるよね? コーヒーが大好きなんだもん」
ジュンはこんな私にも明るい笑みを向け続け、私はコクンと頷き……
「知識として、知ってる。修行してる時に教えてもらったから」
「そっか……そうだよね」
「うん……」
あの花が3回だけしか見られなかったのか……その意味をようやく理解する。
「やっぱりそうだったかぁ……日本じゃ珍しい花だし、ユウちゃんも現物は見た事ないんじゃないかって可能性も考えたんだけど」
「義郎さん……つまりは朝香ちゃんのお父さんが、再婚前の父に言ったの。『コーヒーに花を咲かせられるようになったら、必ず見に来いよ』って。
でも結局それは叶わなくて……」
「コーヒーの花って開花2日くらいで落ちちゃうらしいね」
「義郎さんから報せがあったとして、広島まで観に行けない事もなかったんだろうけど、父は自分の事を後回しにしてしまう性格だったから」
「きっと朝香ちゃんのお父さんはそれを理解していた……だから、四角い箱に開花したばかりの花を詰めて広島から送ってあげたんだろうね」
私達の会話は謎解きをしているかのようだったから
「ちょっと、電話かけてもいい?」
つい、答え合わせをしたくなってしまった。
「いいよ。ゆっくりお話しておいで」
正直ジュンに失礼だし電話を掛けるには遅すぎる時間帯ではあったんだけど、目の前の大好きな人はニッコリと笑ってくれるし電話の相手も快く私からのコールを受け入れてくれそうな気がする。
「うん……少し待ってて」
私はリビングのソファに腰掛けスマホを操作するとすぐにそれを耳に当てた。
白い花の飾りが端末画面にカチャリと当たる音とほぼ同時に
『もしもし?』
裕美さんの明るい声が鼓膜を震わせる。
「裕美さんすみませんこんな遅い時間に」
『なーに言ってんの夕紀ちゃん♪ 今時電話する
時間を気にしなくたっていいんだし、夕紀ちゃんからの電話なら何時だってウェルカムよっ』
私はすぐに非常識な時間帯に電話をかけてしまった事を謝ろうとしたんだけど、間髪入れずに裕美さんから明るく返されてしまった。
「裕美さん……」
『だって私は夕紀ちゃんの師匠だし、娘を預かってもらっていてお世話になってる方でもあるし、何より私達の親友が遺した宝物なんだもの』
「……」
裕美さんと義郎さんは、父の親友。
だからこそ、私と父に血の繋がりがない事も知っている。
『夕紀ちゃん、何かあった?』
それであっても、裕美さんの声は優しく温かい。
「……」
『大丈夫よ、パパはいつものように酔っ払って熊イビキ状態になってるけど私は酩酊するほどお酒飲まないし今日もほぼ素面って感じ』
「……」
『本当に気にしなくていいんだからね。着信音で起きたわけじゃないし、日付変わったら夕紀ちゃんにお誕生日おめでとうのメッセージを送ろうと思っていたんだから』
「……」
私は幸せだと、改めて思う。
悪魔みたいな親に生まれた、悪魔みたいな私にだって……
『ちょっぴり時間が早いけど、先に言っちゃうね。
夕紀ちゃん、33歳のお誕生日おめでとう』
優しくて温かな愛で私を包んでくれる人が身近に存在してくれるのだから。
「ありがとうございます、裕美さん。
お誕生日の事も勿論ですが、何より……」
私は涙を流しながら御礼を言った。
「3回も、育てていた大事なコーヒーノキに咲いた大事な花を摘み取って父に贈って下さった事を遅ればせながら御礼を申し上げます」
誕生日おめでとうよりも、私はまず裕美さんにそれを伝えたかったから。
『…………こちらこそ、3回しか出来なくてごめんなさいね』
裕美さんは少し間を置いた後で、優しくやわらかな口調でお返事をしてくれた。
「いえ……私、今の今まで、裕美さんと義郎さんがグアテマラの焙煎豆の他にも花を贈ってくれていたなんて気付かなかったんです。
本当にごめんなさい……」
20年前、裕美さんと義郎さんは朝香ちゃん1歳を記念して一本のコーヒーノキを苗から育てる事にした。
広島の山間の地域という温暖とはかけ離れた環境で育てるのでわざわざ義郎さんがその為に温室を手作りしたほど、コーヒーノキの生育にご夫婦共に力を注いでいた。
インターネット等の情報が乏しい中、試行錯誤してその木を育て……「花が咲いたらすぐに知らせるから見に来いよ」と義郎さんが父に明るく話していたのを私は横で静かに聞いていた。
ジュンは私の耳についているイヤリングを一つずつ外しながらそう言い
「ユウちゃんがこの前話してくれたじゃない? 『白い花』の事。
今日の夕方にイヤリングを受け取りに行って、現物を見た時にさぁ……『もしかしてこの花だったのかな?』って思ったんだ」
私の耳たぶを愛おしそうに撫でて
「……」
「店員さんもイヤリングの作家さんと話をする機会があったらしくてね、デザインの事を聞いてみたんだって。
そしたらね、その作家さんがコーヒーにも花言葉があるっていうのを知って、すぐにこのイヤリングを作ろうって気になったみたいだよ」
「コーヒーにも……花言葉……」
新たに、新しいイヤリングを着けてくれる彼の優しさやわらかさ温かさに涙が溢れた。
(私……なんで、今まで皐月が持ってきたあの花がコーヒーの花だって気付かなかったんだろう?)
鈍感な自分に情けなくなる。
「ユウちゃんは花言葉を知ってるよね? コーヒーが大好きなんだもん」
ジュンはこんな私にも明るい笑みを向け続け、私はコクンと頷き……
「知識として、知ってる。修行してる時に教えてもらったから」
「そっか……そうだよね」
「うん……」
あの花が3回だけしか見られなかったのか……その意味をようやく理解する。
「やっぱりそうだったかぁ……日本じゃ珍しい花だし、ユウちゃんも現物は見た事ないんじゃないかって可能性も考えたんだけど」
「義郎さん……つまりは朝香ちゃんのお父さんが、再婚前の父に言ったの。『コーヒーに花を咲かせられるようになったら、必ず見に来いよ』って。
でも結局それは叶わなくて……」
「コーヒーの花って開花2日くらいで落ちちゃうらしいね」
「義郎さんから報せがあったとして、広島まで観に行けない事もなかったんだろうけど、父は自分の事を後回しにしてしまう性格だったから」
「きっと朝香ちゃんのお父さんはそれを理解していた……だから、四角い箱に開花したばかりの花を詰めて広島から送ってあげたんだろうね」
私達の会話は謎解きをしているかのようだったから
「ちょっと、電話かけてもいい?」
つい、答え合わせをしたくなってしまった。
「いいよ。ゆっくりお話しておいで」
正直ジュンに失礼だし電話を掛けるには遅すぎる時間帯ではあったんだけど、目の前の大好きな人はニッコリと笑ってくれるし電話の相手も快く私からのコールを受け入れてくれそうな気がする。
「うん……少し待ってて」
私はリビングのソファに腰掛けスマホを操作するとすぐにそれを耳に当てた。
白い花の飾りが端末画面にカチャリと当たる音とほぼ同時に
『もしもし?』
裕美さんの明るい声が鼓膜を震わせる。
「裕美さんすみませんこんな遅い時間に」
『なーに言ってんの夕紀ちゃん♪ 今時電話する
時間を気にしなくたっていいんだし、夕紀ちゃんからの電話なら何時だってウェルカムよっ』
私はすぐに非常識な時間帯に電話をかけてしまった事を謝ろうとしたんだけど、間髪入れずに裕美さんから明るく返されてしまった。
「裕美さん……」
『だって私は夕紀ちゃんの師匠だし、娘を預かってもらっていてお世話になってる方でもあるし、何より私達の親友が遺した宝物なんだもの』
「……」
裕美さんと義郎さんは、父の親友。
だからこそ、私と父に血の繋がりがない事も知っている。
『夕紀ちゃん、何かあった?』
それであっても、裕美さんの声は優しく温かい。
「……」
『大丈夫よ、パパはいつものように酔っ払って熊イビキ状態になってるけど私は酩酊するほどお酒飲まないし今日もほぼ素面って感じ』
「……」
『本当に気にしなくていいんだからね。着信音で起きたわけじゃないし、日付変わったら夕紀ちゃんにお誕生日おめでとうのメッセージを送ろうと思っていたんだから』
「……」
私は幸せだと、改めて思う。
悪魔みたいな親に生まれた、悪魔みたいな私にだって……
『ちょっぴり時間が早いけど、先に言っちゃうね。
夕紀ちゃん、33歳のお誕生日おめでとう』
優しくて温かな愛で私を包んでくれる人が身近に存在してくれるのだから。
「ありがとうございます、裕美さん。
お誕生日の事も勿論ですが、何より……」
私は涙を流しながら御礼を言った。
「3回も、育てていた大事なコーヒーノキに咲いた大事な花を摘み取って父に贈って下さった事を遅ればせながら御礼を申し上げます」
誕生日おめでとうよりも、私はまず裕美さんにそれを伝えたかったから。
『…………こちらこそ、3回しか出来なくてごめんなさいね』
裕美さんは少し間を置いた後で、優しくやわらかな口調でお返事をしてくれた。
「いえ……私、今の今まで、裕美さんと義郎さんがグアテマラの焙煎豆の他にも花を贈ってくれていたなんて気付かなかったんです。
本当にごめんなさい……」
20年前、裕美さんと義郎さんは朝香ちゃん1歳を記念して一本のコーヒーノキを苗から育てる事にした。
広島の山間の地域という温暖とはかけ離れた環境で育てるのでわざわざ義郎さんがその為に温室を手作りしたほど、コーヒーノキの生育にご夫婦共に力を注いでいた。
インターネット等の情報が乏しい中、試行錯誤してその木を育て……「花が咲いたらすぐに知らせるから見に来いよ」と義郎さんが父に明るく話していたのを私は横で静かに聞いていた。
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