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2月の陸橋
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(普通の空き具合の時にうどん食べさせれば良かったかも……)
作り置きの八方出汁の瓶に手を持ち替えながら軽い溜め息をついていると
「ユウちゃんのお料理がこんなに美味しいんだもん、妹さんはカレとお付き合いしている間ずっとユウちゃんのご飯の味が恋しくって、カレとの食事がつまらなく感じていたんじゃないかなぁ。
ユウちゃんが毎日用意してくれていたご飯を食べたくても食べられなかったのを悔やんでいたかもしれないよ」
突然ジュンはそんな言葉を私の背中にぶつけてきた。
「え?」
「俺さぁ、パン作りが上手い兄貴を持つから何となく分かるんだよ。
俺の家とユウちゃんの家じゃ事情が違うかもしれないけど、俺は親父からパン作りを教わってもちっとも上手にならなくて、その才能は全て無口の兄貴が持ってた」
「……」
「ご実家が旅館経営してる『お母さん』と過ごした3年間に料理のいろはを叩き込まれた……みたいな話を俺にしてくれたじゃん?
そんな人ならさぁ、自分の娘にもいち早く教えてたと思うんだよね俺は。親父だって物心つく前の俺に店ん中見せてもらったりしてたんだから」
「それは……」
卵を割り落としていた私は言葉に詰まる。
確かに私が初めて会った時の皐月の年齢は小学校低学年。私だって簡単な調理くらいが出来ていた歳だ。
「そんな時、『お母さん』はユウちゃんのお父さんと再婚してユウちゃんに出会った。
躾はある程度厳しかったのかもしれないけど、きっと『お母さん』はユウちゃんに料理とか色々教えていくのが楽しかったんだと思う」
「……」
「妹さんはユウちゃんを羨ましいと思っただろうし敵わないって思っただろうし、嫉妬したと思う」
「……」
「でもその嫉妬はね、イヤなヤツじゃなくてちょっとした反発心なんだよ。
出来の良い兄貴だからこそ、敵わないのを分かっているからこそ遠ざけたくなって違う道に逸れようとする」
「……」
「結果的に俺はつまんないサラリーマンになっちゃってさ……まぁそれも悪くはなかったわけだけど。久しぶりに親父や兄貴と家族的な触れ合いやってもさ『妬み』は消えないわけよ。俺がどんだけ会社で実績積み上げたって同じ土俵には並べらんないんだよね。結局は」
確かに、皐月は私と2人暮らしとなっても料理だけはしない子だった。
寧ろ自分の得意とする「お花」で私を和ませようとしていて、私が広島へ行くのが決まった遙か前から「料理くらいは出来るようになりなさいよ」と小言を言っても決して首を縦に振らなかった。
「俺が実家寄らなくなった理由にユウちゃんにフラれたってのも含んでるよ?でもそれだけじゃなかった……多分、ワザと遠ざけたかったんだと思う」
「ワザと……?」
私はもう一度ジュンに振り返り、釜玉うどんをテーブルにコトンと置くと
「だって、兄貴も親父も眩し過ぎるんだもん。距離置きたくなる時もあるよ。ヒトだもん」
ジュンは私を見つめながら愛おしそうにうどんの器を受け取って、キラキラと金色に光るうどんを美味しそうに啜った。
「……」
私が残りのうどんを食べ終わるよりも早く、ジュンは釜玉うどんを平らげてしまい
「ヒトだから、あったかい心も持てるし黒い心も持っちゃう。
家族だから言葉足らずでなあなあで済ませようとしちゃうしちょっとくらい失礼な事しちゃうし『後で許してもらえばいいからいいや』って気持ちになっちゃう。
俺と妹さんは同じ人間じゃないけど、少なからずそういうのがあったんじゃないかなぁ……」
一息でそこまで言って……
「でも俺はちゃんとユウちゃんに全部言いたい。他人だけど、将来的にはユウちゃんと家族になりたいって願っているから」
私が手渡したティッシュで金色の口を拭うと、私の座るところまで近付いて跪いた。
「これはユウちゃんの美味しいうどんを食べたからじゃないよ。前から、11月3日の日に俺が個人的にしたかったんだ」
「えっ……」
「ユウちゃん……少しだけ早いけど、今言いたくなったし渡したくなっちゃた♡
———ユウちゃん、33歳のお誕生日おめでとう」
「え……」
ジュンの行動に私は目を見開く。
「ビックリしないでね」
ジュンは照れ笑いをしながら四角くて小さな箱を取り出して
「指輪入ってそうな箱だけど、中身はイヤリングだから」
そう言いながら、まるでエンゲージリングを見せるかのようにパカッとそれを開ける。
「あ……」
イヤリングのデザインが視界に入った途端、私は息を呑み
「ユウちゃん?」
「これ……この、白い花って……」
ジュンの前で両膝をつき、そのイヤリングに手を伸ばしてみた。
「見覚え、ある?」
ジュンの声は優しく、やわらかくて……
「……さつき」
イヤリングのチャームに触れた瞬間に私の口から出てきた妹の名にうんうんと頷いて
「そうだと思っていたよ」
温かな指で優しく、やわらかく……私の頭を撫でる。
彼が私に見せてくれているイヤリングのデザインはまさに……
ーーー
『お姉ちゃん、良いものを、あげるね』
『匂いもね、ちょっとだけ、するから』
ーーー
4人家族で過ごしていたあの3年間に3回だけ、皐月が私に見せてくれたあの白い花そのものだった。
作り置きの八方出汁の瓶に手を持ち替えながら軽い溜め息をついていると
「ユウちゃんのお料理がこんなに美味しいんだもん、妹さんはカレとお付き合いしている間ずっとユウちゃんのご飯の味が恋しくって、カレとの食事がつまらなく感じていたんじゃないかなぁ。
ユウちゃんが毎日用意してくれていたご飯を食べたくても食べられなかったのを悔やんでいたかもしれないよ」
突然ジュンはそんな言葉を私の背中にぶつけてきた。
「え?」
「俺さぁ、パン作りが上手い兄貴を持つから何となく分かるんだよ。
俺の家とユウちゃんの家じゃ事情が違うかもしれないけど、俺は親父からパン作りを教わってもちっとも上手にならなくて、その才能は全て無口の兄貴が持ってた」
「……」
「ご実家が旅館経営してる『お母さん』と過ごした3年間に料理のいろはを叩き込まれた……みたいな話を俺にしてくれたじゃん?
そんな人ならさぁ、自分の娘にもいち早く教えてたと思うんだよね俺は。親父だって物心つく前の俺に店ん中見せてもらったりしてたんだから」
「それは……」
卵を割り落としていた私は言葉に詰まる。
確かに私が初めて会った時の皐月の年齢は小学校低学年。私だって簡単な調理くらいが出来ていた歳だ。
「そんな時、『お母さん』はユウちゃんのお父さんと再婚してユウちゃんに出会った。
躾はある程度厳しかったのかもしれないけど、きっと『お母さん』はユウちゃんに料理とか色々教えていくのが楽しかったんだと思う」
「……」
「妹さんはユウちゃんを羨ましいと思っただろうし敵わないって思っただろうし、嫉妬したと思う」
「……」
「でもその嫉妬はね、イヤなヤツじゃなくてちょっとした反発心なんだよ。
出来の良い兄貴だからこそ、敵わないのを分かっているからこそ遠ざけたくなって違う道に逸れようとする」
「……」
「結果的に俺はつまんないサラリーマンになっちゃってさ……まぁそれも悪くはなかったわけだけど。久しぶりに親父や兄貴と家族的な触れ合いやってもさ『妬み』は消えないわけよ。俺がどんだけ会社で実績積み上げたって同じ土俵には並べらんないんだよね。結局は」
確かに、皐月は私と2人暮らしとなっても料理だけはしない子だった。
寧ろ自分の得意とする「お花」で私を和ませようとしていて、私が広島へ行くのが決まった遙か前から「料理くらいは出来るようになりなさいよ」と小言を言っても決して首を縦に振らなかった。
「俺が実家寄らなくなった理由にユウちゃんにフラれたってのも含んでるよ?でもそれだけじゃなかった……多分、ワザと遠ざけたかったんだと思う」
「ワザと……?」
私はもう一度ジュンに振り返り、釜玉うどんをテーブルにコトンと置くと
「だって、兄貴も親父も眩し過ぎるんだもん。距離置きたくなる時もあるよ。ヒトだもん」
ジュンは私を見つめながら愛おしそうにうどんの器を受け取って、キラキラと金色に光るうどんを美味しそうに啜った。
「……」
私が残りのうどんを食べ終わるよりも早く、ジュンは釜玉うどんを平らげてしまい
「ヒトだから、あったかい心も持てるし黒い心も持っちゃう。
家族だから言葉足らずでなあなあで済ませようとしちゃうしちょっとくらい失礼な事しちゃうし『後で許してもらえばいいからいいや』って気持ちになっちゃう。
俺と妹さんは同じ人間じゃないけど、少なからずそういうのがあったんじゃないかなぁ……」
一息でそこまで言って……
「でも俺はちゃんとユウちゃんに全部言いたい。他人だけど、将来的にはユウちゃんと家族になりたいって願っているから」
私が手渡したティッシュで金色の口を拭うと、私の座るところまで近付いて跪いた。
「これはユウちゃんの美味しいうどんを食べたからじゃないよ。前から、11月3日の日に俺が個人的にしたかったんだ」
「えっ……」
「ユウちゃん……少しだけ早いけど、今言いたくなったし渡したくなっちゃた♡
———ユウちゃん、33歳のお誕生日おめでとう」
「え……」
ジュンの行動に私は目を見開く。
「ビックリしないでね」
ジュンは照れ笑いをしながら四角くて小さな箱を取り出して
「指輪入ってそうな箱だけど、中身はイヤリングだから」
そう言いながら、まるでエンゲージリングを見せるかのようにパカッとそれを開ける。
「あ……」
イヤリングのデザインが視界に入った途端、私は息を呑み
「ユウちゃん?」
「これ……この、白い花って……」
ジュンの前で両膝をつき、そのイヤリングに手を伸ばしてみた。
「見覚え、ある?」
ジュンの声は優しく、やわらかくて……
「……さつき」
イヤリングのチャームに触れた瞬間に私の口から出てきた妹の名にうんうんと頷いて
「そうだと思っていたよ」
温かな指で優しく、やわらかく……私の頭を撫でる。
彼が私に見せてくれているイヤリングのデザインはまさに……
ーーー
『お姉ちゃん、良いものを、あげるね』
『匂いもね、ちょっとだけ、するから』
ーーー
4人家族で過ごしていたあの3年間に3回だけ、皐月が私に見せてくれたあの白い花そのものだった。
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