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2月の陸橋

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 仕方のない選択だったろうし、亮輔くんの判断は完全に間違ってはなかったのではないかと……また人が大勢吸い込まれていく駅方面を背中に感じながら私は思った。

「確かに、そのまま階段を通って駅に入ったところで逃げ切れるとは思えないよね」
「うん……皐月の体は棒切れみたいに細かったんだけど、亮輔くんと一緒にこの陸橋を走ったそうよ」

 2月の寒い夕方に走ったであろう妹と亮輔くんの情景を思い浮かべ……私はジュンと一緒に陸橋の階段をゆっくりと上がっていった。

「亮輔くんは妹さんとバスに乗って……どこへ向かおうとしたのかな?」

 ジュンは階段を上がり切ったところで私に問いかけ

「『私のところ』だって、亮輔くんは言ってた」

 と、即答する。

「亮輔くんはユウちゃんの修行場所知ってたんだ?」
「知らなかったみたい。私が修行してるっていうのも、もっと専門的な技術職で珈琲豆の焙煎だなんて微塵も思ってなかったんじゃないかな」
「じゃあバスに乗って……妹さんにお姉さんの居場所を聞いてから、飛行機か新幹線を選んで乗せてあげたかったんだね」
「中学生だもん、単純で短絡的よね。
 皐月は全身痣だらけだったから最初は私の修行場所まで行くのを嫌がったんだって。あの子もあの子で、自分の傷や痣を私に見せたくなかったのかも。
 それでも亮輔くんの熱意に負けて、一緒にここを走ったみたい。私に痣を見られる怖さよりも、死ぬかもしれない自分の状況を救ってくれる若々しい気持ちが勝ったんだと私は思う」

 陸橋の真ん中に差し掛かった時、それまでずっと私に引っ張られていたジュンが立ち止まった。

「ここまでに……しとこうよ」

 私にそう呼びかけ、グイッと強く引っ張って足を止めようとしてきた。

「私は行きたいの。亮輔くんが切られた地点や、皐月が落ちた場所まで」

 ジュンの方を振り向くと、彼は悲しそうな表情で私に首を横に振ってみせる。

「これ以上行ったらユウちゃん……妹さんみたいに落ちちゃうかもしれないし」
「……落ちないし、死ぬつもりもないよ」

 真顔でジュンにそう言い返しても、ジュンは私をそれ以上行かそうとしてくれない。

「そのつもりがなくても俺が行かせたくない」
「なんで……?」
「ちょっと今、ユウちゃんの勇気が大き過ぎて怖いんだ」

 ジュンは何を言っているんだろう?と不思議に感じた。
「だから……ここで続きを聞かせて」

 けれど、きっとジュンは「私が昂ったテンションで何かをしでかすんじゃないか」という疑惑みたいなものを持って怖がっているんじゃないかと思い直す。

「分かった」

 私は橋の手すりに体をくっつけ、そこから車が列をなして通って行くのを上から眺める事にした。

「ありがとう」

 ジュンは優しく感謝の言葉を口にして、私と横並びになり同じように車を見下ろす。

「私達が立ってる場所を亮輔くんと皐月で通り過ぎた頃、医学部の彼が刃物を持って追い掛けてきた。一方的に別れを告げた皐月が許せなくて逆上して、亮輔くんもろとも傷つける気でいたのよ。
 亮輔くんは皐月から先に下へと降りるように言って、亮輔くんも皐月に続いて階段を降りるつもりだったんだけど……亮輔くんの後頭部を鋭利な刃物が大きく掠めてって……亮輔くんはその場に崩れ落ちた。
 皐月はその音や周囲の人間の悲鳴に驚いて、後ろを振り返ろうとして足を踏み外したの」
「亮輔くんの目の前で、妹さんは転落してしまったんだね……」
「そう。皐月が階段に頭や体を何度も打ちつけながら転がる音に怖気付いた医学部の彼は逃げて、『自分は無関係だ』と主張した。皐月の痣は転落のものではないとはっきり分かってたのにね」
「そういう事だったんだ……」



「ねぇジュン、キヨさんが贈ろうとしたお花の送り先って知ってる?」

 その場からタワーマンションの方へ振り返りながら、私はそんな質問を投げかけてみた。

「ううん……知らない」

 耳元でジュンの髪が揺れる音が聞こえ、背中が彼の体温で温められていくのを感じ

「それ、ほんと?」
「うん、本当だよ」

 その上ジュンは私の頭を優しく抱き抱え、「いい子、いい子」と撫でてくれていた。

「田上くんくらいかな、知ってるのは」
「そうかもね。健人は旧姓を聞くまで気付かなかったんだから、きっともうあのタワーマンションにはもう住んでないんだと思うよ」
「それはどうだろう?立派なマンションだし、引っ越してない可能性もあるんじゃない?」
「大丈夫だよ、絶対引っ越してる」
「『絶対』だなんて、そんな事ある?単に私達が都合良くそう解釈したいだけでしょ?」
「都合かぁ……確かに『せめてそのくらいは変わってるといいな』って希望はあるよね」
「……希望?」
「そうそう。そんなとこ」

 人目もはばからず背中から抱き締められているというのに、私はジュンがしてくれる行為の心地良さに酔いしれていて……


「ねぇジュン、もう少しだけ……私のそばにいてくれる?」

 素直な欲求を彼に告げたのだった。

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