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時をとめる7秒
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しおりを挟む「昔は本当にごめんなさい。ジュンのお誘い断ってばかりいて」
ジュンがオススメする夜景はひっそりとしていて私達2人だけしか観ていなかったのだけれどとても綺麗で、会社員時代彼からの誘いをことごとく断ってきた自分の愚かさに気付く。
「いいよいいよ。だってユウちゃんにはその時妹さんを養うっていう大事な務めがあったんだもん。俺もね、ダメ元で誘ってただけだから」
「確かに皐月が中高の頃はそうだったんだけど……大学生になってからは別に、断らなくても良かったかなぁって反省して」
ジュンが連れてってくれる店は、高級店であっても大衆店であっても必ず外さない。
それはこの12年半もの間に培われてきた営業職としての強みでもあるのだろうけれど、きっと彼は美味しい飲食店をずっと前からリサーチしていて、事務員の私にその美味しさを伝えて純粋に共有したかったんだろうなと想像させた。
「反省?」
「『姉としてちゃんと皐月に夕食を作っておいてあげなきゃ』って気持ちが強かったのは確かだけど……最後の一年はすれ違いっていうか……作ったものを食べてくれない状況だったから」
「そうなんだ……」
「医学部の彼氏はお金持ちのお坊ちゃんだったみたいでね。連れて行ってくれるお店がいつもすごいところだったみたい。
私が2人分作っても、また次の日私が残り物を食べたりお弁当に詰めて会社に持って行ったりの日々だったのよ」
ジュンと再会し夕食を一緒に食べるようになったのも、偶然とはいえ有り難いと感じていたしなるべく断らないようにしていた。
今夜の件も本当は断りたくなかったくらいだったし、こうしてジュンが強い気持ちを持って深夜のサービスエリアまで私を連れてきてくれた行動にはとても感謝している。
「ユウちゃんは偉いね、本当に。
妹さんがお腹空かないようにって、彼氏との約束があったとしても、保険の意味で作っていたわけでしょ?」
「そんな大それた意味でもなかったんだけど」
「偉いと思う。俺の誘いを断ってきて正解のヤツだよ、それは」
「……」
「ユウちゃんは悪くない。ユウちゃんはいつもいつも妹さんを大事にしてきていたんだろうし、今だって妹さんを大事に想い続けているんだなってめちゃくちゃ伝わってるよ」
「ジュン……」
「だからさぁ、ごめんね。逆に。
あの時、キスとか……余計な事しちゃって」
「えっ?」
不意に言われた「ごめんね」に、私の胸がチクリと痛む。
「俺ね、ユウちゃんの事を入社してからずっと『かっこいい』って思ってた。
ユウちゃんは大学出の俺や他の同期よりも凛としていて頭の回転スピードも早くて、社内一の事務員って当時から言われてた原田さんの隣に4月の段階からピッタリくっついていて凄かったし原田さんもめちゃくちゃ褒めてたし、所長も感心してた。勿論社長も目ぇかけてて」
「ああ……」
痛む胸を押さえながら私は声を混じらせた息を吐く。
「ユウちゃんは、かっこ良すぎたんだよ。だからすぐに変な噂が立っちゃった。
……ユウちゃんは、社長の個人的な『ポテトサラダが食べたい』って要望に応えてただけなのにそれを知らない皆は気色悪い妄想を掻き立てて、ユウちゃんをこき下ろそうとしてた」
「そんな事もあったわね……」
確かに入社当初の私は「そんな感じ」だった。
けど、周りが口々に言う「コネ入社」の表現は間違ってなかった。だから私もそれを受け入れていたつもりだった。
「でも俺はね、ユウちゃんは学歴じゃ測れない素質や聡明さがあると感じてた。
スッピンのユウちゃんはすっごくキレイで世界一の美人さんだと思っていたし、内からビカビカーッて光っているような感覚があって……なんか、一目惚れ? みたいな。
そういう感覚は初めてだったから、ユウちゃんが会社に居た頃は毎日幸せで堪らなかったんだ」
「……」
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