【完結】この花言葉を、君に

チャフ

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オクトーバーの祭を抜けて

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「苦手じゃないんだけど……乗りたく、ない」
「えっ?」
「車で帰りたいのよ、どうしても。電車には乗りたくないの」

 「ダメ」と判断した私はジュンにハッキリと断る。

「電車、嫌い?」
「……」
「会社に居た時は乗ってたっぽくない?」
「……」
「っていうか、この前俺の部屋で出張コーヒー屋さんしてくれた時は乗ったんだよね電車、二駅分」
「…………」

 キョトン顔のまま口を開くジュンの言葉が私の首に鎌の刃を当てているくらいの鋭さに感じられる。

「会社に居た時は、大丈夫だったし……ジュンと駅で待ち合わせした時も乗れたんだけど」

 1週間前にジュンの部屋で、私は家族についての話を少しだけした。

 父のこと
 母親のことと祖母のこと
 ……母や父親の話はほんの少しで、皐月が花好きだったことを話したと思う。

 だけど、話せていない内容はまだまだ山のようにあるのだ。
 その中に「電車で行き来したくない理由」も、やはり話せていなかった。

「そっか♪ 『大丈夫じゃない』なら仕方ないよねっ!」

 唇をかたくしている私の態度に、ジュンはなんとなく察したようだ。

「じゃあ、今から美味しいラーメン食べに行こうっか! ユウちゃん♡」

 いつものチャラ男ボイスを発してとびきりの笑顔を私に向けてきた。

「えっ? ラーメン?」

 意味が分からず私は彼のとびきり笑顔を見つめていたら

「だから車のキー貸して!! 連れてってあげる!!」

 そのとびきり笑顔の目が細くなって優しく柔らかな印象となり

「うん……」
 
 ハッキリと断ったつもりの私の首を、コクンと前後に振らせてしまう。

「決まりっ♡ 今すぐ行こう♡」

 ジュンは私の手を取って、強引に……けれども優しい力で私を支え駐車場まで連れて行く。

「今すぐって、運転するの? ジュンが?」
「そうだよ」

 ジュンの腕は私の背中から腰を優しく支え、握る手もいつも以上に温かで……

「なんで?」
「なんでって……俺は行き先知ってる訳だし、そもそもユウちゃんは長時間の仕事でクタクタじゃん。疲れた顔してるし足腰も立ってるので精一杯って様子に見えるんだもん」

 私が弟子に一切悟らせないようにと踏ん張っていたを見抜く。

「っ……」
「……ねっ? でしょ?」

 ジュンは私にウインクしてきた。

(なんでジュンは私がクタクタに疲れているのを見抜いたの?)

 通常の私なら「チャラい」と貶してしまうだろう彼の仕草は、深夜のテンションが上乗せされる今ではとびきりかっこよく見える。

「絶対に事故らないから安心してねユウちゃん♡ 運転なら普段からガンガンやってるし、俺がチョー安全運転な人だってユウちゃんも知ってるでしょ?」

 確かに私は昼過ぎに賄いをつまんだだけで空腹だし、疲れがピークに達してクタクタだった。
 朝香ちゃんの目を誤魔化すくらいの事は出来たけれど、ジュンにバレてしまったのなら取り繕っても意味がない。

 駐車場の前でジュンにマイカーのキーを手渡しながら、私は会社での彼の仕事ぶりを思い出す。

「そうね……ジュンは営業部に入ってからずっと誰も行きたがらないくらいの遠方エリアを担当してたものね」

 今はもう考え方が変わってきているのだろうけれど、12年半前の営業部は良くも悪くも運動系の部活動みたいなノリがあり、新人を長距離にある取引先ばかり回らせるというのが慣習だった。
 それだけじゃない。世間一般のメーカー業営業部員も押し並べてそうなのかもしれないけど、私達の居た会社は特に営業部員の異動が激しく3年で他営業所に飛ばされるのが当たり前という状況でもあったのだ。

 ……けれども、同期で入社した彼だけは4年経っても5年経っても担当エリアから外れされなかった。

「そうそう♪ 俺、運転大好きな人じゃん? 入社して12年半、担当動かないのって俺くらいだと思うんだよねー♪」

 ジュンは軽い感じでそう言いながら助手席に私を乗せ、鼻歌をうたいながら運転席に乗り込む。

「今でも……なんだ……」

 彼の今の表情から、それは「無理に」「強いられている」のではなく

「うん♡ 妙に好かれちゃってるみたいだねー!エリアのお客さんみんなに♡」

 ジュン自ら「望んで」「楽しんでいる」ように読み取れたし……

「お客様に長年好かれるって、才能だと思うわよ」
「そうかなぁ~ユウちゃんにそんな風に褒められたらマジ嬉しい♪」

 会社の悪き風習を自らの力でぶち破ってしまうほどの仕事さばきを、ジュンは入社当初から12年半やり続けている事に私は改めて感心した。

「じゃあ運転、お願い」

 私の言葉にジュンは嬉しそうにニカッと笑って

「期待しててね♡」

 それだけ言うと、彼の表情がクッと変わる。

(「期待してて」って……ラーメンの話……よね?)

 発車と同時に、私の体内もエンジンがかかったように熱くなっていた。

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