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10回目の帰省
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しおりを挟む「じゃあ、今から集会行ってくるわね。朝香ちゃん」
ソワソワがピークに達した14時45分。
いつもより少しだけ早く私はエプロンを外した。
「はいっ!! 行ってらっしゃい夕紀さん♪」
朝香ちゃんは「店の事は任せろ!」と言わんばかりに鼻息をフンッと吹かせていて可愛らしい。
「行ってきます。多分、15時20分には戻ってくると思うからね」
私が勝手口のドアノブに触れながら朝香ちゃんにそう呼び掛けると
「15時20分と言わずもっとゆっくり戻ってきてもいいんですよ♪ 田上さんとか皆さんとお話もしたいでしょうし」
相変わらず明るく元気な声で返事をくれる。
「うーん……まぁ、田上くんとは毎朝話してるから話す内容がないしなぁ」
「それもそうですよねー! じゃあ、初恵さんとか?」
「……まぁ、そうしておこうかな」
「ふふっ」
ソワソワがマックスにきてるところに、私は今ナチュラルに嘘をついているのだから胃痛がヤバい。
(SSRの弟子に嘘ばっかりついてる私は本当にダメな人間だなぁ……)
「じゃあ、行ってくるわね」
勝手口を開け、一歩足を踏み出す。
「……」
スウッと、鼻から空気を吸い込む。
(本当に……ダメな、ヤな奴だ。私)
自己嫌悪に陥りながら、ジュンとの約束通りに自分の車を駐車しているところまで歩を進めると
「ユウちゃんの車、可愛いなぁ♡」
私の軽自動車のボディをジロジロ見渡しているジュンの姿が視界いっぱいに広がる。
「ジロジロ見ないでよ、恥ずかしい」
私はツカツカとジュンに近付くなり、彼の額を小突いてやった。
「痛っ」
ジュンは一瞬だけ、痛そうに顔を顰めたのだけれど
「裸見てるわけじゃないんだから良くない? 車の中までは覗き込んでないよ?」
すぐにヘラヘラっと笑いながらいつものおちゃらけた声を出した。
「私にとっては裸と一緒なのよっ!」
「駐車してるんだからボディは誰にでも見られるじゃん。裸とは違くない?」
「ジュンは別なの! あなたに見られるってなんかヤダ! 変態行為っぽくて」
「理不尽だなぁ」
ついさっきまで嘘つきの自分が嫌になっていたのに、今は全くそんな気持ちはなくソワソワや胃痛も消えていた。
「じゃあっ! 行くわよっ!! 散歩っ」
それは彼の言動がチャラいからなのだと、朝香ちゃんの明るさとの違いを脳内で整理した。
「うんっ♡ ユウちゃんの行きたいところへお供しますよ~♡」
ツカツカと歩みを進める私に、ジュンはスッとついてきて横並びになる。
「『散歩デート』みたいな事を言った癖に、行き先は私に丸投げなのね」
私が、全く同じ目線の彼を意地悪く睨んでやっても
「そうしないと、ユウちゃんは散歩してくれないでしょ」
と、ジュンはニコニコ顔で跳ね返す。
「何それ」
「昔からユウちゃんは俺の誘いに乗る子じゃなかったからねー。『ここ行こう』とか会社で誘っても絶対にOKしてくれなかったじゃん」
私は駐車場を抜けて、商店街の通りと並行してある車道に出た。
「今は夕食の誘いに乗ってあげてるじゃない」
「うん。だから俺はご飯の誘いに乗ってくれるユウちゃんに満足してんの♪
散歩デートは俺が提案したけど、行き先はユウちゃんに決めてもらいたいと思ったんだ」
10メートルも離れている所為か、ここの歩道は車やバイクの走行音が大きくて商店街と雰囲気がまるで違う。
会話もし辛いというのに、ジュンは嫌な顔一つしないで、手も腕も絡めるわけでもなく私の隣にピッタリとついていくだけ……
「……私が今行きたい場所は、飲食店とかじゃないから」
「うん」
「コンビニでも、自販機でもないからねっ」
「分かってるよそんなの♪ 散歩でしょ? ただの」
ジュンから散歩デートを提案された私は一応、頭の中で30分以内に戻ってこれそうなルートを思い描いていた。
「そうだけど……ジュンにとってはつまんない目的地かも」
ジュンは美味しい飲食店を私に紹介がてらお腹を満たしてくれる。
だから尚更、今私が向かおうとしている行き先はジュンをガッカリさせるんじゃないかと不安になった。
「それでもいいよ♪ ユウちゃんにとっては『大事な場所』なのかもしれないし、知りたいからね♡」
私の予想に反してジュンは楽しそうにニコニコ笑っている。
「『大事な場所』……かぁ」
私は彼のセリフを反芻しながら進行方向を見つめた。
「図星だった?」
左耳でジュンのチャラい声を受け取り
「かもね」
と、柄にもなく私は素直に返答した。
「マジ??! うっひょ~い♪ 当たった~♡」
私の「かもね」にジュンはテンションを上げて喜んで跳び上がっていたけれど、私はスルーしてツカツカとヒールの音を鳴らし続ける。
「あっ! ちょっと待ってよユウちゃんっ」
「そんなところでピョンピョンしてるのが悪いんでしょうが! 早く行くよっ!! もうっ!!!」
気が付いたら彼を置いてきぼりにしてしまって、数秒だけ立ち止まって……それから再び歩き始める。
(確かに……『大事な場所』なのかも。ある意味)
無駄にテンションを上げ鼻唄をフンフンと鳴らしているジュンの隣で、私はそんな事を思った。
私の中で幾つかある『大事な場所』をこんなチャラ男に教えてあげようなどという日が来るとは思ってもみなかった。
……けれども30分以内で戻って来れる散歩コースと行ったら他に思い付かなかったし、今日の目的地は私自身数年ぶりの来訪となるのだ。
(開店当初は良く来ていたのよね……)
「ここよ」
私は、車やバイクとは違う走行音がけたたましく鳴る場所に足を止めた。
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