【完結】この花言葉を、君に

チャフ

文字の大きさ
上 下
58 / 113
10回目の帰省

2

しおりを挟む
 密にやり取りしている田上くんからの反応がない上に私の行動がいつもと違うという事で、ジュンは気を遣ってくれているらしい。
 そしてちょうど良いタイミングで、勝手口の扉が開き背後からパタパタという軽快な足音が聞こえた。

「もしかして、朝香ちゃんが来てくれた感じ?」

 客の居ない店内だから、カウンターテーブル越しのジュンの耳にもその音が判別出来たらしい。

「まぁ、そうね」

 時刻は13時30分。
 朝香ちゃんは事前の連絡通りに勝手口から入って、今はバックヤードでお着替え中。

「じゃあ行こうよ、お散歩デート」

 ジュンは、バックヤードまで声が届かないよう、私にズイッと近付き小声で誘った。

「えぇ……?」
「実は今日の集会、珍しく配布のプリントがないみたいなんだよねー。だから義雄さんも参加の人数確認をする事ないと思うんだ」
「それホント? 不参加者はすぐにバレるのよ? そのプリントで」

 集会で配布される紙の右上には義雄さんの字で各メンバーの名前が書かれており、いつもその紙で出席をキッチリとっている。
 手元に名前入りの紙が残っていたら義雄さんがその日の夕方にクドクドと御高説賜るシステムになっているのだ。

「ホントホント。先週の木曜日は俺も義雄さんのプリント作成を手伝ったんだけど今日はその作業しなかったからねー」
「……」
「マジだよ。信じてよ」

 「信じてよ」とは言うけど、ジュンの表情からはチャラさが抜けていない。

(本当かなぁ……でもまぁ、ジュンは朝から商店街の周辺をウロウロするくらい義雄さんの手伝いをしていたんだろうし嘘をつく理由がないもんなぁ)

 清さんの入院キッカケで商店街の手伝いをするようになったけれどまだ日が浅い。ジュンが嘘を簡単につけるくらいの数をこなしていないのだ。

「朝香ちゃんに怪しまれないようにさ、14時50分にユウちゃんの駐車場で待っておくよ。
 ユウちゃんは集会の時間が終わってすぐに店に戻るっていってたから、散歩時間は30分弱かなぁ」
「うん……まぁ、30分弱なら」
「ねっ♪ 良い案だと思うんだ♡」

 本気で散歩デートをしたいのならわざわざ集会をサボってまでしようとは思わないだろう。

「そうね。それなら、してもいいかな。ジュンとの、散歩デート」

 「散歩デート」というワードに気恥ずかしくなりながらも、私はコクンと頷きジュンの誘いに乗る事にした。

「やった♡ じゃあ、あと1時間ちょっとしたら待ち合わせね♡」
「うん……」
「楽しみにしてる♪」

 ジュンはニコニコしながら私に小指を差し出して指切りをせがみ

「分かった。約束ね」

 朝香ちゃんが着替えを済ませる前にと、ササッとジュンの小指に絡ませる。

「じゃあ、またね♡ ユウちゃん♡」

 ジュンも素早く指切りをして、ササッと店から出て行ってしまった。


「夕紀さん、お疲れ様でーす」

 朝香ちゃんが中に入ってきたのと同時に、店内は再び人の気配が無くなりジャズミュージックだけがしっとりと流れていて

「朝香ちゃんもお疲れ様」
「今日は集会の日ですよね!その間はいつもみたいに私にお店任せて下さいねっ♪」
「うん、今日もよろしくね。朝香ちゃん」

 ジュンが店に居た事実を完全に隠してしまったかのように感じられる。

「はいっ! 今日も一日よろしくお願いしますね♪ 夕紀さんっ♪」

 SSRキャラである朝香ちゃんの可愛く弾けるような笑顔を眺めながら、私は

「うん」

 お姉さん的笑顔を作りながら、内心ソワソワしていた。


(14時50分にジュンが駐車場へ来る……待ち合わせまであと1時間15分後かぁ……)



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

アンコール マリアージュ

葉月 まい
恋愛
理想の恋って、ありますか? ファーストキスは、どんな場所で? プロポーズのシチュエーションは? ウェディングドレスはどんなものを? 誰よりも理想を思い描き、 いつの日かやってくる結婚式を夢見ていたのに、 ある日いきなり全てを奪われてしまい… そこから始まる恋の行方とは? そして本当の恋とはいったい? 古風な女の子の、泣き笑いの恋物語が始まります。 ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ 恋に恋する純情な真菜は、 会ったばかりの見ず知らずの相手と 結婚式を挙げるはめに… 夢に描いていたファーストキス 人生でたった一度の結婚式 憧れていたウェディングドレス 全ての理想を奪われて、落ち込む真菜に 果たして本当の恋はやってくるのか?

初めから離婚ありきの結婚ですよ

ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。 嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。 ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ! ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...