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13年目の「好き」
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しおりを挟む私は「家族」というものに強い憧れを持っている。
私には「父」がいたけれど、血が繋がっていなかった。
血の繋がる「母親」も「父親」も、悪い人間だった。
私にいつもニコニコと微笑んでくれた「妹」だって……もうこの世に居ない。
だから私は今、脳内家族で満足しようとしているのだ。
義郎さんも、裕美さんも、朝香ちゃんや亮輔くんだってそんな私を理解してくれている。
長沢さんも初恵さんも私を見守ってくれる……時折「夕紀ちゃんに良い人が居たらいいのに」なんてお節介や小言を言ってくるけれど本気で私に誰かをあてがおうとまでは考えていない。
ーーー
『ジュンくんなら……遠野の色んな部分を理解してくれそうな雰囲気あるんだけどなぁ』
ーーー
今日がナーバスになりやすい月命日の前日というのもあったのだけれど、朝から田上くんのあの言葉が脳内をリフレインしていた。
「きっと穂高くんは空気を読んでくれるんでしょうね。『誠実な人』とか、思ってもないような言葉を私に向かって言えちゃうんだもの」
穂高くんは既に田上くんから私の事について色々と聞いて色々と知っているんだと思う。
じゃなきゃ12年前からずっと出来なかった食事の誘いをこのタイミングでゴリ押しして来ないだろうし、「大好き」だとか「見惚れた」だとか甘くて軽い言葉をポンポンと連発させる訳がない。
私はベッドの上で体を丸くしながら、今夜の穂高くんの表情を思い返していた。
(穂高くんは12年前からずっと変わってない……)
30代半ばだというのに、穂高くんの顔にはシミ一つついていないし鼻筋もスッとしていて……まるで若い年齢のままタイムスリップして私の前に現れてきてるんじゃないかとさえ思ってしまう。
(声が高めで、チャラくてウザくて、私の顔を見れば「好き」とか「かっこいい」とか言っていて……)
彼との知り合い歴13年目に入っても私に「大好き」「かっこいい」と甘くて軽い言葉をポンポンと連発してくるのだから、つい頬の筋肉を弛めそうになってしまう。
でも、そうしてはならないしそうなってしまってはならない。
「絶対に穂高くんは私を理解しようとはしないんでしょうね。
だって彼は生まれた時からずっと温かい家庭に恵まれてきたんだもの」
私以外の誰もが、皆、「血の繋がった温かい家族」をほんの少しでも経験している……それを理解した上で、私は、穂高くんを自分のこれからの人生に入れる気がないのだ。
彼は私とは真逆の経験をしてきているから。
そんな彼を、私は12年前から「好き」でいて、未だにそれを廃棄出来ず13年目に入っている事に気付いてしまったから。
「私の『脳内家族』に付き合って……なんて、言えるわけがないじゃない」
私はその夜、一層自分の体を丸めて疼くまるようにしながら眠りについた。
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