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13年目の「好き」
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しおりを挟む「美味しかったね、ユウちゃん♡」
時刻は22時前。
穂高くんは寿司割烹の引き戸をゆっくりと閉めながら私に向かって満面の笑みを浮かべていた。
「そうね……ご馳走様」
今朝から巻き起こっていた動揺をこの男にだけは知られたくない。
そう思ったからこそ、田上くんにしてやったような塩対応をずっと私はしていたわけなんだけど
「ユウちゃん最高にかっこいい♡ クールな食べ方は誰よりも綺麗で見惚れちゃったよぉ♡」
ただただこの男を喜ばせるだけにしかならず、逆効果だったようだ。
「ここの店さ、アルコールが呑めない人の為にああやってノンアルコール飲料を沢山揃えてるんだよ。そういうところもお気に入りでさ」
彼は馴れ馴れしく私の手をとってマンションまで送ろうと歩を進めていて
「穂高くんはどちらかというと呑む人でしょう? 私に構わずアルコールの入った日本酒を飲んでしまえば良かったのに」
私は、彼が素面でいる事の理由を考え始めた。
「ユウちゃんも呑める人って分かってはいるんだけどさぁ……絶対にユウちゃんは拒否するって感じていたからね」
「そりゃあ、拒否するでしょ。明日も仕事があるし」
「明日も仕事なら、ユウちゃんは呑まないよね。ユウちゃんはそういう真面目な人だから」
「……」
きっと、彼は知っている。私が月命日の前日に絶対アルコールを摂取しない事を。
皐月が命を落とした2月24日の前夜、私は浴びるほど日本酒を呑んだのだ……皐月からの『私、愛する人とずっとずっと幸せになるね』というメールを鵜呑みにしてしまったから。
今思えばメールの文面にあった『愛する人』は医学生の彼ではなかった可能性が高い。
当時中学生だった亮輔くんを指していたのかもしれないし、その亮輔くんに至っては「お姉さんを指していたんじゃないか」とまで言っている。
……なのに私はその『愛する人』が『医学生の彼』だと信じて疑わず、皐月がどんな気持ちでそのメールを送ったのかを知ろうとすら思わなかった。
そうして、広島という遠く離れた土地で「悔しい」と叫びながら義郎さんの大事にしている一升瓶を開けて、清流のごとく体内に流しこんだのだ……妹の幸せを醜く妬みながら。
「真面目な人……じゃなくて、誠実な人……の方がユウちゃんに似合うのかな?この場合は」
穂高くんは田上くんと密にメッセージやり取りをしている。きっと私が毎月23日にアルコールを摂取しない理由も田上くんから聞いているだろうし、私がいかに浅はかな人間であったかも知った筈だ。
けれども彼がチャラい表現で私に告げた「好き」が一応の意味を持つのなら、「好き」が13年目に突入したこの好機をモノにしたいとも、やはり考えているのだろうと私は予想した。
「……」
「そういうところが最高にかっこいいって思うし、憧れる」
彼は人一倍空気を読む男で、社内一の営業マンと評される程の人心掌握に長けている。
「……」
「今日も大好きって思ったよ♡ ユウちゃんの事♡」
だから彼はアルコールを摂取しなかったのだ。わざわざノンアルコール日本酒を取り扱っている寿司割烹店を選んでまで私と食事をしたがったのは、それだけの事をしてまで私に近付きたいという思惑がある……
「……じゃあ、私はここで」
だから、私は全力で彼の思惑から外れてやろうと考えた。
私のこれからの人生に、穂高純仁という男を1ミリも入れる気がないのだから。
「うん」
私の「ここで」の声で、彼は頷き足を止めて私の手をするりと解放した。
「美味しかった。ご馳走様でした」
私はマンションのエントランスの照明に反射する彼の顔を見つめる。
「うん♪ どう致しまして♡」
彼は変わらず、楽しげに嬉しそうに微笑んでいた。
「じゃあ、次に会うのは木曜日の集会の日かしらね」
「やだなぁ~明日も奢らせてよ。明日もユウちゃんの仕事終わりまで待ってるから」
彼の微笑みは、色んな意味で強かった。
「嫌よ」
「どうして?」
「どうしても、よ」
「理由を教えてよ。単純に考えて得じゃない? 『奢る』って言ってるんだもん」
いっその事「別に奢ってもらわなきゃいけないほど金には困っていない」と言い放ってしまえば良いのに
「理由は……」
……なのに、彼の強い微笑みは私の考え抜いた言葉を簡単に打ち消そうとしてくるのだ。
「うん♪ 理由を教えて♪ ……出来れば♪」
それだけでなく、私の脳内に入り込んで「また一日くらいいいじゃないか」「一緒に食事するくらいいいじゃないか」という気持ちに塗り替えようとしてくる。
(私も……穂高くんと同じだから)
「ない」
「えっ?」
「理由なんか、ないわよ。悔しいけど」
(穂高くんは本気で私の事を12年も好きでいてくれているのかどうか知らないけど……私は、そうなってしまっているから)
「ユウちゃん、それってどういう意味?」
しらばっくれている彼の態度に少しムカついて
「明日も一緒にご飯食べてあげるっていう意味よっ」
不適切な言い方で彼の得な話に乗っかってやった。
「良かった♪」
それでも穂高くんは嬉しそうな微笑みを崩さず
「ありがとう♡ ユウちゃん♡」
去り際に、満面の笑みで私に「バイバイ」の手を振っていたのだった。
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