【完結】この花言葉を、君に

チャフ

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ジューシーな部分だけ

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(本当に私のマンションまで近かった……)

 彼の住まいから道なりに真っ直ぐ20分歩いただけで私のマンションに辿り着いたので驚愕する。

(ゆったりとしたペースで歩いてしまったから20分かかったけど、これ……距離として1キロ強しかないんじゃ……)

 自慢じゃないけど私は割りかし早歩きな方で、1キロを10分程度で歩く事が出来る。
 だからこそ彼と私との距離がそこまで離れていなかった事実にショックを受けていた。

(嘘でしょ……私が穂高くんの住んでいる場所をおおまかにしか知らなかったとはいえ、こんな偶然ってないと思う)

「商店街の店同士が2軒隣っていうのも驚いたけどさぁ、住んでるところもご近所さんだったね♪」

 息を呑む私とは真逆で、彼はとても嬉しそうだ。

「ぐっ……偶然、でしょっ」
「そうだね、偶然だ♪ だから嬉しい♡」
「……」
「俺さぁ、今もジョギングしてるんだよ。まだ寒くないから会社近くの公園行って池の周りを何周かすんの。
 明日からはここもランニングコースに含めちゃおうかなぁ♡」
「やめてよ、気持ち悪いっ」
「俺が定時で仕事終えてこの辺をランニングしたってユウちゃんと出会わないから良くない? ユウちゃんは毎日19時半まで仕事でその後も締め作業するんだろ?」
「それでもよっ! 鉢合わせしないと分かっててもなんか嫌っ!」

 穂高くんは相変わらずのチャラ男声にチャラ男笑いを浮かべていて、私は上擦り声をしながら両頬を熱くしている。

「ユウちゃん可愛い♡」

 だから……この時点でどちらが勝者で敗者かなんて、誰の目にも明らかで

「っ」

 彼が私の手を取り細く長い指で包み込む様子を見つめている事しか出来なくて

「昨日よりも今日の方が幸せだよ、俺は。
 ユウちゃんの事をいっぱい知れたし、可愛い部分をいっぱい見つけたから」

(指が熱い……)

 彼の体温がとても高いという事を、私は7年振りに思い出した。

てのひらも……甲も熱い)

 そしてこの熱さは、かつての父にとてもよく似ていて

(そうだ……穂高くんは、愛情表現が深くて重い人物だった)

 なんでこんなチャラ男を昔から邪険に出来なかったのかまで思い出した。

「ね……明日の夜もさぁ……ユウちゃんと、ご飯が食べたいなぁ」

 いつもならサラリと誰にでも言えてしまうような軽い誘いを、敢えてゆっくりと重みを込めて伝えてくる彼がずるいとさえ感じてしまって

「ご飯って……店を出るのが早くて21時で、遅い時は23時近くなるのよ? 閑散期の穂高くんと時間帯が合わないじゃない」
「合わせるよ、そのくらい」
「お腹空くじゃない。無理よ、そんな時間まで空腹でいるのなんか」

 もう断る理由も「時間帯」くらいしか見つからない。

「待つよ。当たり前じゃん」
「……」
「可愛いユウちゃんが同じくらいお腹を空かせながら真面目にお仕事頑張るんだから、俺にだってそのくらいは出来るよ」
「……」
「待ち時間が長いくらい俺にとってはなんて事ないし、寧ろ都合がいいよ。走ったり、ユウちゃんが喜びそうなご飯屋さん選んだり、ユウちゃんに似合いそうなイヤリングを物色したり……時間なんていくらでも潰せるんだから」
「……」
「土日はなるべく商店街に居る事にするんだ。手伝わなきゃいけない事があってね」
「……」
「だから土日はさぁ、ユウちゃんが食べたいものをリクエストしてよ。どこへでも連れて行ってあげるし何でも注文してあげるから。今日のデリバリーピザみたいに」
「…………」
「だからさぁ、もうちょっとだけ……ユウちゃんとの再会の喜びを、味合わせてよ。俺にも」

 狡い彼の瞳はよどんだ夜空や人工的な白色の光を受けて眩く輝いて見えて

「ん……」

 拒否する事なんて、やはり出来なかった。

「分かった……勿論、穂高くんがおごってくれるんでしょう?」

 寧ろ「夕食を共に食べるくらい良いじゃないか」という考えすら頭をぎった。

(こんなの、私の方が「狡い」じゃない……穂高くんはとても純粋な気持ちをこうしてぶつけているだけなんだもの)

「ありがとう」

 穂高くんの熱い手が私のもう一方の手を優しく持ち上げて、同じく温めようとしてくる。

「御礼を言われるような事柄じゃないわよ。私はあくまで『奢られる』立場なんだから」
「それでも嬉しいんだよ。めちゃくちゃ嬉しいから御礼を言うんだよ、俺は」

 まるで7年前のリベンジでもしたいかのように、彼の手の力がキュッと強まって私の両手を一瞬だけ拘束し……それからゆっくりと解放させた。

「じゃあまた明日の夜ね、ユウちゃん」
「うん」
「仕事終わったらメッセージちょうだい。すぐそこの駅で待っておくから」

 彼の細長くて美しい指が、目の前の駅を差す。

「うん」
「オススメの寿司割烹がこの近くにあるんだ。お腹いっぱいお寿司食べようね♪」
「……うん」

 私も背後を振り向いて駅の出入り口を見つめながら「回らない寿司をめいいっぱい奢ってもらえる」という狡い頭が働く。

「約束ね、ユウちゃん♡」

 秋風が私の髪を揺らして、イチゴのイヤリングをくすぐでているような気がした。

「うん……約束ね、穂高くん」



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