46 / 113
ジューシーな部分だけ
5
しおりを挟むMサイズのスペシャルなピザが2枚デリバリーされた後で私は持ってきていたグアテマラアンティグアの粉を全部使ってドリップし、何度か2客のカップに継ぎ足しながら会話を再開させた。
「えっ?清さんの入院って、大変なご病気じゃなくてギックリ腰だったの??!!!」
そしてそこで私は初めて清さんの入院理由を知ることとなった。
突然倒れたとの事だったし、てっきり大病を患ったのだと思っていたから「ギックリ腰」の答えに拍子抜けする。
「そうなんだよ。俺も一番最初は『親父が店で倒れた』って報せだけで会社を早退したから、病院に着いてビックリしたんだよ」
「そりゃあそうでしょ……まぁ、重篤な状況でなくて本当に良かったけど」
「実はね、18日の集会の時に入院理由も説明してたんだ。
だから今俺はユウちゃんが親父のギックリ腰を知らなかった事に苦笑いっていう」
「ああ……」
私の今の驚きに彼は確かに首を傾げていた。
(そうだ……私、田上くんと集会に途中参加みたいな感じになったから)
あの時は木曜日の定例会ではなく、急遽集められたものだった。だからいつものような配布物もなく全て穂高くんの口頭伝達で済まされた。
(多分田上くんはあの後すぐに入院理由を知ったんだ……今日に至るまで何回も穂高くんと連絡取り合っている様子だったんだもの)
「知らないのは私だけだった……というわけね」
私がそう呟きながら肩を落とすと
「まぁそうなんだけど……まぁ、安心してくれればそれで良いから」
「知らぬは私1人」の状況を茶化す事なく、やわらかな笑みで気持ちを和ませてくれた。
「ギックリ腰でも入院は2週間もかかっちゃうのねぇ」
「まぁ、親父もなんだかんだで『お年寄り』と世間的には呼ばれちゃう年齢にきちゃったからね。他に支障きたしてないか検査するらしいんだ」
「何もなければ……2週間で退院出来るの?」
「その見込みだよ」
「そっかぁ」
「ユウちゃんの話を聞いていると、親父の存在の偉大さを改めて知るよね。
俺はユウちゃんと違って『馬鹿息子』『放蕩息子』なんて思われちゃうような次男坊だけどさぁ、こうして倒れて入院ってなると俺も俺で心配になるしお袋や兄貴夫婦も俺を頼ってくれるんだなぁって実感したりするし……家族って大事なんだって、今回の事で実感したよ」
そして「家族」を語る彼の表情はいつになく真面目で、「馬鹿息子」「放蕩息子」の自虐すらも羨ましく彼の綺麗な瞳含めて煌びやかに私の心へと突き刺さった。
「そうよね……家族ってやっぱり、大事よね」
脳内家族で満足している……つまりはコーヒーのように果実や種子のジューシーな上澄み部分だけを啜っている私とは大違いだ。と再認識する。
時刻はいつの間にか20時を回っていた。
「送るよ」
後片付けを慣れた手つきで終えた彼が、私に手を差し伸べる。
「平気よ。知らない道じゃないし、歩いて帰れる」
私は当然、首を左右に振って断った。
(私は方向音痴じゃないもの。会社があったビルまでの道のりさえ分かっていれば駅までちゃんと戻れるんだからっ!)
私にだってそのくらいの記憶力はあるし、なんたって今はスマホという文明の利器があるのだ。
「そう? 駅を経由すると遠回りになるんじゃない?」
けれども彼はにこやかにさらりとそう言って私へに伸ばす手を引っ込めない。
「確かに駅まで歩いて電車使うと遠回りだけど確実だし」
「遠回りなら、ここからユウちゃんの家まで真っ直ぐ歩けば良いだろ?」
「真っ直ぐ……って、へ??!」
……そう。穂高くんはさらりと言い過ぎていた。だから私もつられてさらりと「電車利用したら遠回り」と口から漏らしてしまって
「!!!!」
「やーっぱり!ユウちゃんの住んでるマンション、ここから近いんだね♪」
彼の口車に乗ってしまったのだという事に気付く。
「ちょっ!! なんでよっ!!! そうとは限らないかもしれないじゃないっ!」
「ユウちゃんは本当に可愛いなぁ♡上擦り声を出したらバレちゃうよ?」
「!!」
「ほら、ここへ案内する前に家賃の話をユウちゃんが持ちかけただろ? あれでなんとなく察しちゃったんだよねー『ここからそんなに離れてないマンションに住んでるんじゃないかなぁ』って。俺の部屋の家賃の安さにめちゃくちゃ驚いていたし」
「……」
「ユウちゃんは可愛いんだよ♪ めちゃくちゃ可愛い♡
だからちゃんと送らせて? 部屋の前までだなんてワガママ言わないから。純粋に『こんな可愛いユウちゃんを優しく守りながらきちんと送り届けてあげたい』っていう親切心で言ってるだけなんだよ」
「…………」
「警戒しないでよユウちゃぁん」
警戒するし、怪訝な表情になるに決まっている。
だって、私の口からしっかりと「ご近所です」なんて言っていないのにマジシャンのように当てたのだから。
(いや……マジックっていうか、心理学?
穂高くんの察しが良すぎるところって厄介っていうか……本当に迷惑なのよね)
憤慨したいところではあるけれど、それをしたところでどうにもならない事だって理解している。
(今ここで私が断ったとしても、穂高くんには商店街メンバーという強い繋がりがあるんだもの。私の住まいを知られるのも時間の問題ってヤツなんだわ)
「分かった……じゃあ、マンションのエントランスまで。送って下さい」
渋々私がそう呟くと
「やったあぁ♪」
穂高くんは今日イチの喜び声をあげていた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
アンコール マリアージュ
葉月 まい
恋愛
理想の恋って、ありますか?
ファーストキスは、どんな場所で?
プロポーズのシチュエーションは?
ウェディングドレスはどんなものを?
誰よりも理想を思い描き、
いつの日かやってくる結婚式を夢見ていたのに、
ある日いきなり全てを奪われてしまい…
そこから始まる恋の行方とは?
そして本当の恋とはいったい?
古風な女の子の、泣き笑いの恋物語が始まります。
━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━
恋に恋する純情な真菜は、
会ったばかりの見ず知らずの相手と
結婚式を挙げるはめに…
夢に描いていたファーストキス
人生でたった一度の結婚式
憧れていたウェディングドレス
全ての理想を奪われて、落ち込む真菜に
果たして本当の恋はやってくるのか?

初めから離婚ありきの結婚ですよ
ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。
嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。
ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ!
ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる