【完結】この花言葉を、君に

チャフ

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ジューシーな部分だけ

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「冗談って、距離取ってから言うものだったっけ?」

 背後うしろで穂高くんがクスクス笑うのが聞こえる。

「そうよっ! 冗談はパーソナルスペースを侵害してはならないのっ!」
「そうだったっけ~? あはは。ごめんねユウちゃん」

 無理矢理な理論を押し付ける私がバカ人間にしか見えず、恥ずかしくてたまらない。

「使って欲しいドリップサーバーはそこに洗って置いてあるから。お湯は電気ケトルのスイッチを入れたら沸かせるようにしてるよ。水の量が足りるといいんだけど」

 私の背中から数メートル離れた位置から彼はキッチン周りを説明する。

(私が使いやすいようにしてくれてるんだ……)

 デザイン性の高いコーヒー器具は、今日の為にきっちりと洗浄されていて水気も綺麗に拭き取られていた。
 電気ケトルの中には500mlのラインまで水が入っており、彼の言う通りスイッチを入れてしまえばすぐに抽出出来るようになっている。

「用意がいいのね」

 私が一言呟くと

「プロに淹れてもらうんだもん、常識的な範囲の準備くらいはするよ」

 と返事がすぐに返ってきて、シンプルで清潔感のあるこの部屋も彼が懸命に掃除して私に不快感を与えないようにしてくれたのだというさりげない努力が尚更感じられた。




「どうぞ」

 持ってきた青磁色のコーヒーカップに抽出したばかりのコーヒーを注いでソーサーに乗せ、部屋のローテーブルにゆっくりと置く。

「すご~い! 本物のカフェみたい♪」

 穂高くんは昨夜のような幸せ笑顔を私に向け、コーヒーカップに指をかけた。

「確かに豆は昨夜のと同じにはしたけど、カップは私が長年使っているいびつな形のものだから『本物のカフェ』とはいかないわね」
「いびつ……?」

 歪には感じなかったのか、彼は不思議そうにカップを持ち上げて見つめ始めるので私は今回持ち出しをしたカップについての説明をした。

「穂高くんが使っているのは店で使っているのと同型の色違いだから、それはいいの。私が言ってるのはこっち」
「えっ……? それってそんなに歪?」

 私は自分のカップの縁を彼の顔に近付け……

「ちょこっとだけね、ゆがんでるでしょ」

 と、縁のラインが少し波打っている事を伝える。

「ああ……本当だ。本当にちょこっとだけ波打ってる」
「このカップはね、穂高くんが今持ってるカップや店で使うカップと同じく朝香ちゃんのお父さんが作ったものなの」
「へぇ~……じゃあ、ユウちゃんのそのカップはもしかして相当前に作られたとか?」

 穂高くんはやっぱり察しが良い。
 綺麗なフォルムのコーヒーカップを量産出来るほどの腕を持つ義郎よしろうさんが、「失敗作」を私に使わせる事はしないだろうと予測を立てたようだ。

「そう。これはね、大学生だった頃に作られたコーヒーカップなのよ……父がね」

 ———だから、このカップについての真実を教えてあげた。穂高くんだけに。

「えっ? 朝香ちゃんのお父さんじゃなくて、ユウちゃんのお父さん?」
「うん……私の父、朝香ちゃんのお父さんの工房へ遊びに行った事があってね。縁の部分だけ父がやってるの」

 この話を朝香ちゃんは知らない。
 このカップは私が店を開く直前まで私の師匠である裕美ひろみさんがずっと大事に保管していて、私の父が喫茶店を訪れた時にだけ使われていたものだった。
 父の手前、「義郎よしろうが最初に作ったカップ」という事にはなっていたけれど、私が裕美さんのコーヒーに出会ってすぐの頃から「父が少し手伝おうとしてあの波打った縁になったに違いない」という予測を立てていた。

「私がこのカップを持ち帰りたいって朝香ちゃんのご両親に言った時にね、私は長年思っていた仮説を述べてみたの」
「……答えは、合ってたんだ?」

 穂高くんのゆったりとした問いに、私は頷く。

「だから朝香ちゃんのご両親は『大事に使ってね』って、私にこのカップを託してくれたのよ」

 私がそこまで話すと穂高くんはニッコリと微笑んで

「いい話だね」

 と言い、コーヒーの香りをスッと伸びた美しい鼻からゆっくりと吸い込み

「ユウちゃんがコーヒーを好きになったきっかけの話、聞いてみたいな。
 ユウちゃんがこんなに美味しいコーヒーに出会って、この味に近付けたいと思った理由を知ってみたいしきっと素敵で良い話だと思うから」

 コクンと喉仏を動かして、幸せそうな笑みを私に向ける。

「…………うん」

 「コーヒーは魔法の飲み物だ」と、私はその瞬間思い込む事にした。
 そうでないと、この軽くてチャラい男に私の大事な話を明かすなど……都合の良い言い訳が見つからなかったから。
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