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【番外編】先輩の長い片想い(湊人side)
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しおりを挟む俺がこの会社に入社して数ヶ月。
関東第一営業所営業部員から営業事務へと異動になった。
「本当にすまない、広瀬」
異動の理由は、事務のデスクに座る俺の前で深々と頭を下げている先輩———穂高純仁氏の紫煙を大量に吸い込んだ事に由来する。
「いいんですよ、先輩。今回の事で昔からの体質の原因物資が何なのか把握出来ましたから」
煙草の煙は幼少期から幾度と無く吸ってきた。確かに昔から体調不良で寝込む事が多かったし、第一志望の大学受験に失敗した経験も母さんの実家の集まりがなんとなく鬱陶しいと感じていた過去も、ベビースモーカーの先輩のおかげでようやく腑に落ちたというか。
「もう俺、辞めたから。タバコ」
「えっ?」
「吸わないって……広瀬が倒れた日から、一本も」
だから正直、そこまでしてもらわなくても良いとまで感じていた。オフィス内でも通勤中でもマスクを着用していれば頭痛程度で済むから。
「穂高くんね、これをきっかけに直訴したのよ。社長に。
元々オフィス内の禁煙や分煙をみーんな望んでいたから、広瀬くんが倒れた事で会社が大きく動くというのは私も良かったんだと思うよ」
俺の指導係となった原田さんもそう言って微笑んでいた。
「そんな……俺の存在一つで」
頭を下げる穂高先輩にも微笑む原田さんにも
、どう反応すれば良いのか戸惑っていると
「『存在一つ』……か」
「まるで遠野さんみたいよね」
2人は顔を合わせながら苦笑していた。
遠野夕紀———
俺が入社する1年半前まで在籍していた女性で、まさに今俺が座っているデスクで事務をしていたのだという。
彼女の名前は数ヶ月前から第一営業所のメンバー内で語り草のように話題に上がっていた。
いつもスッピンで地味な見た目をしていた
ヘアスタイルは黒髪のショートカットで、絶対に髪を伸ばそうとしていなかった
女好きで駅前の歓楽街が何よりも大好きな社長に見初められてコネ入社したらしかった
「就業時間外の社長室で何やら如何わしい事をしているんじゃないか」疑惑が良く噂されていた
けれども能力は社内一で、彼女が在籍していた5年半の営業実績はすさまじいものだった……などなど。
様々な噂が退職後のオフィス内で「一種の盛り上がりネタ」となるほどに、遠野夕紀さんは「伝説の事務員」と呼ばれていた。
「地味な見た目と伸ばさない髪」「すさまじい営業実績を生み出した」という噂をちょうど挟むかのように「社長に見初められたコネ入社」「社長室での如何わしい行動」という甘い蜜のような具材がサンドされた食べ物を好まない人間など居ないだろう……だからこそ、1年半経っても皆の記憶から薄れていかないのだろうけど
「———実はね、その『コネ入社』と『社長室』の噂には可愛らしい真実が隠れているのよ」
「蜜」の原材料が「ポテトサラダ」であった事を、後に原田さんの口から語られ……
「穂高くんがもし、それをもっと早くに知っていたのなら……
穂高くんは片想いを拗らせるなんて事がなかったかもしれないわね」
「遠野さん在籍中にポテトサラダの種明かしを誰にもしなかったのは私の罪だ」と、原田さんは付け加えたのだった。
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