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【番外編】花を買う少女(健人side)
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しおりを挟む「ねぇ田上くん」
「何?」
「皐月ってさぁ……小振りの花が好きだったのよねぇ?」
10月下旬の午前9時半。
俺がいつものようにミニブーケ2束を手にして『After The Rain』の店内にズカズカと入り込んでカウンター席に座った途端、店のマスター遠野夕紀がそんな質問を投げかけてきた。
「……」
「いや……今更な話なんだけどさぁ、私が月命日に小菊だけ買うのは皐月的にOKなのかなぁって思い始めて」
「……」
「ほら、亮輔くんがさぁ、いつもカサブランカとか大きな菊とか……白くて大きな花を用意して皐月のお墓に供えるじゃない?
以前言っていたのよ、『あの家の玄関には大きなお花がいつも花瓶に活けられていたから』って。亮輔くんには『皐月が大振りの花が好き』っていう認識があるみたいで……さぁ」
俺はただ、黙って遠野の話を聞いているだけなのに何故か遠野は焦った表情や仕草を俺に向けてくる。
「……」
「正直、私も大きな花と小さな花のどっちが好きだったのか知らないのよ。私が皐月に、ストレートにそういう事を訊かなかったものだから」
焦りながらも、俺の為に遠野がコーヒーをドリップし出来立てのポテトサンドを添えてサーブしてくれたので
「マジで今更な質問じゃないか?それ。皐月ちゃんがお空の上へ旅立って何年が経つと思ってるんだよ」
俺は遠野を和ませようと笑い顔で返事してやった。
「ちょっ……バカにしないでよ田上くんっ!」
遠野は途端に顔を赤らめ、耳たぶまでピンク色に染めている。
「バカになんかしてないよ。花屋としての冷静な意見っ」
「冷静って……やっぱりバカにしてない? 『妹の好きな花くらい把握しとけ』って、心の中で思ってんじゃないの?」
「卑屈だなぁ遠野は。『皐月ちゃんは大きいのも小さいのも両方とも好きだ』って、無理矢理にもポジティブに考えりゃ良いんだよ」
だから、「俺」の意見ではなく「花屋」の意見としてそう言ってやった。
「田上くんはさぁ……皐月が中学3年生だった頃から数年、店員と客の関係だったわけでしょ?」
「そうだけど?」
モーニングコーヒーをいつものようにゆったりと楽しみたいというのに、今朝ばかりは元同級生の卑屈っぷりが目につく。
「田上くんもさ、実は皐月がどんな花が好きだったかを把握してないんじゃない?」
「……」
「田上くんったら、私が何度も皐月に供える花の相談を持ち掛けても『1番安い小菊がお供えには良いんだよ』しか言わないんだもの」
「……」
「私だって本当は花代にお金かけてあげたいわよ!だけど……田上くんがチョイスしてくれた花の方が墓前に映えるというか。
私1人が考えても結局ダメなのよ。皐月に合いそうな花の組み合わせが分からない……し」
確かに、花の知識に乏しい遠野は何度も何度も俺にその相談をしてきた。
遠野から相談を受ける度に、12年前からの数年間金曜日夕方に繰り広げられていた三つ編み美少女と俺のやり取りを思い起こしてみたのだが、やっぱり「1番安い小菊を2束」以上に良いものを提案出来ないんだ。
「花を買うポイントは大きく2つ。1つは自分自身の癒しの為だけを考えて予算の事抜きにして自由に買う、もう1つは予算内で他人を深く想い考えながら買う。
高価な花を好きなだけ買って他人に押し付けるのはエゴなんだ。花の質も大事だけれど、一番大事なのは花を買う本人の深い愛情だよ」
だからこそ、俺は遠野に「花屋」としての意見を述べた。
「経営者」なら、売れ残りの花であるだとか安い花であるだとかでなく、華やかでボリュームがあり誰の目にも留まるようないわゆる映えを狙ったものを客に提案した方が良い。しかもそれは経営者本人だけでなく、客の満足度にもその他大勢の同業者にも押し並べて良い事だと思われる。
だけど、俺の良しと考える「花屋」はそれとは少々異なる。
経営している身としても花好きの身としても、安くても定期的に花に触れてくれる人の方が見ていて気持ちいいからだ。
「確かに俺は皐月ちゃんが個人的にどんな花が好きなのかまでは知らないよ。
皐月ちゃんは常に、癒したい人によって花を選んで花瓶に活けるような女の子だったから」
「……」
「遠野が皐月ちゃんに対して『小さな花が好き』と印象を持っているのは、皐月ちゃんがいつも遠野の為に小振りの花を買っていた時期があったから。
逆に亮輔くんが皐月ちゃんに対して『大きな花が好き』という印象を持っているのは、まさにその当時皐月ちゃんが亮輔くんの為に大振りの花を買っていた時期があったから。
皐月ちゃんはいつも、他人を想いながら花を買う子だったから、それだけ印象が違うんだよね」
「……」
「きっと皐月ちゃんは、遠野が小菊で亮輔くんがカサブランカを供えるのを空から見下ろしながら楽しみにしているんじゃないかな。
きっと皐月ちゃんは……それで良いんだと思うんだよ。俺はね」
自己愛も自己犠牲もどちらも美しいし人間的だ。
花は生鮮品で生きているものだけれど、唯一花屋はそんな人と植物との橋渡しをする使命を持って働くべきだと感じている。
「みんなそれぞれが、皐月ちゃんを思って花を買って供える……それで良いんじゃないかって、俺は思うよ」
俺はそう言って立ち上がり、『After The Rain』をカラフルに飾る作業をスタートさせた。
勿論、俺が持つ美少女のイメージに合う花々を用いながら……。
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