32 / 113
イチゴの花は白くて小さい
5
しおりを挟む
穂高くんはやっぱり7年前と変わらず常にポジティブシンキングであるようだった。
そして彼の弾けるような快活な笑顔は、私にとってやはり眩しい。
「34歳なんだからもう少し落ち着いたトーンで喋りなさいよ……全く」
エクスクラメーションマークが語尾についていそうなくらいテンションを高めている彼を注意し、私まで伝播してしまいそうになるその感情をガードした。
「でもさぁ♪ やっぱり嬉しいよ! イヤリング着けてくれてるのも嬉しいし、ネルドリップだっけ? それでコーヒーを淹れてくれるっていうのも嬉しいんだから♪」
「…………」
「イヤリング、似合ってるよ本当に♡ それを選んで本当に良かった♡」
なのに彼の言葉の威力は強くてグッと引き込まれそうになる。
(落ち着け自分……今はコーヒーを淹れる事だけに集中しなきゃいけないんだから)
営業時間外でサービス的なコーヒーであってもプロ意識を持っておかなくてはならない。
「ドリップの動きっていうのかな? ユウちゃんは所作がとにかく美しいね! 宗じいや健人の言ってた通りだ!」
彼がどんなに私を褒めようとも
(落ち着いて……とにかく落ち着いて。この珈琲豆は、私にとって大事なものなんだから)
この豆を扱う様々な工程を頭に思い浮かべながら、手元がブレないようなるべく丁寧に抽出する……それだけを考えてコーヒーを淹れていった。
「このカップもいいね♪ 温かみがあるブルーだ!」
彼に一杯のコーヒーを差し出すと、彼は食器を褒め……
「いい香り♪」
スッと伸びた乳白色の鼻にカップの縁を近付けて静かに蒸気を吸い込み……
「クリアな飲み口だから、色んな味や香りがハッキリと際立ってる! 凄く良いコーヒーだ!」
一口飲むなり分かったようなコメントを述べて幸せそうな表情を私に向けてきた。
「……味なんか、分かんない癖に」
だからこそ、ついそんな口をついてしまう。
「えっ?」
「どうせ長沢さん……『宗じい』の受け売りでしょ」
彼が、コーヒーの違いも分からないような、大雑把な舌を持つ人物だという事を私は熟知している。
だから彼の褒め方や丁寧なコメントをそっくりそのまま受け取ってはいけない……私の心のガードは7年前と変わらず強固である事をしっかりとここで示さなくてはならなかった。
「受け売り?」
「だって穂高くん『コーヒーの種類なんか全然分からない』って昔言ってたじゃない。タバコだって1日2箱以上吸ってるヘビースモーカーだしっ! 『女の子が居ない食事なんて腹に溜まりゃ何だって良い』って酷いセクハラ発言もしてたし!」
「……」
「なんか、見え見えなのよそういうの。軽い言葉で私が喜ぶと思ってたら大間違いっ!」
「……」
「昔と全く変わらないんだからっ! 穂高くんのチャラ男っぷりはっ!!」
穂高くんは軽い。
明るい髪色やウェーブヘアが地毛だと田上くんから聞かされていたって、やっぱり中身がチャラ男であるのは間違いなかった。
(味が分からない癖に分かったような事を言って私の気を惹こうったって、そうは問屋が卸さないっての!!)
昨夜のメッセージに「大好き」って言葉が入っていようが、イヤリングをプレゼントしてこようが私のコーヒーを褒めようが、私はちゃんと「私」というものを持っていなくてはならないし、彼に惑わされてはならない。
そう思って、語気を強めながら言い放ってやったんだけど……
「ユウちゃん凄いなぁ! ちゃんと昔の俺を覚えていてくれていたんだね!!」
彼の幸せな表情は私の言葉にビクともしなくって……
「でもユウちゃんハズレー♪ さっきの俺の感想は宗じいの受け売りでも何でもないよーだ♪」
おちゃらけた変顔を見せて私を揶揄った。
「えっ?」
「朝香ちゃんが帰ってく直前まで長沢金物で宗じいと喋っていたのは本当だし、グアテマラの話を聞いたのも本当。
だけど、その『特別に焙煎されたグアテマラ』の味や特徴については宗じいから聞いてないんだよ」
「嘘……?」
直後、彼から告げられた真実に私は目を見開かせる。
「嘘じゃないよ、ちなみに健人からも聞いてない」
「長沢さんだけじゃなくて、田上くんからも?」
「うん」
「……まさか初恵さんから聞いたとか?」
「してないしてない」
私の訝しげな表情に穂高くんはケラケラと笑う。
「じゃあなんでそんな食レポみたいなのが出来ちゃうのよ? 『コーヒーの味なんてどれも一緒』って、昔あんなに言ってたのに……!!」
つい感情が昂ってしまう私に対して、彼はにこやかに微笑んで
「だって昔の俺とは変わったから。
タバコ、吸ってないんだよ今は。一本も」
驚くような事を私にサラリと言ったのだった。
「っえええ……っ!!」
本当にビックリし、瞬間的に手で口を覆いギュッと押し付ける。
「ホントホント。辞めたんだよマジで。禁煙して5年になる」
「??!」
それでもやはり彼の言葉が信じられない。
(嘘でしょ?! 社内で何度もオフィス内禁煙の話が持ち上がってもめちゃくちゃ嫌がって反論してたのに!!)
そのくらいの愛煙家だった筈だ。穂高純仁という男は。
「ちなみに、その5年前に第一と本社2つのフロアが完全禁煙になったんだ。喫煙所すら設置されてないし、タバコを外で吸った後は30分経たないとオフィスに入れないっていう厳しいルール付きになった」
「嘘……」
「嘘じゃないよ。マジでそうなっちゃったから、俺みたいにタバコそのものを辞めてしまう社員も増えたんだ」
そして彼の弾けるような快活な笑顔は、私にとってやはり眩しい。
「34歳なんだからもう少し落ち着いたトーンで喋りなさいよ……全く」
エクスクラメーションマークが語尾についていそうなくらいテンションを高めている彼を注意し、私まで伝播してしまいそうになるその感情をガードした。
「でもさぁ♪ やっぱり嬉しいよ! イヤリング着けてくれてるのも嬉しいし、ネルドリップだっけ? それでコーヒーを淹れてくれるっていうのも嬉しいんだから♪」
「…………」
「イヤリング、似合ってるよ本当に♡ それを選んで本当に良かった♡」
なのに彼の言葉の威力は強くてグッと引き込まれそうになる。
(落ち着け自分……今はコーヒーを淹れる事だけに集中しなきゃいけないんだから)
営業時間外でサービス的なコーヒーであってもプロ意識を持っておかなくてはならない。
「ドリップの動きっていうのかな? ユウちゃんは所作がとにかく美しいね! 宗じいや健人の言ってた通りだ!」
彼がどんなに私を褒めようとも
(落ち着いて……とにかく落ち着いて。この珈琲豆は、私にとって大事なものなんだから)
この豆を扱う様々な工程を頭に思い浮かべながら、手元がブレないようなるべく丁寧に抽出する……それだけを考えてコーヒーを淹れていった。
「このカップもいいね♪ 温かみがあるブルーだ!」
彼に一杯のコーヒーを差し出すと、彼は食器を褒め……
「いい香り♪」
スッと伸びた乳白色の鼻にカップの縁を近付けて静かに蒸気を吸い込み……
「クリアな飲み口だから、色んな味や香りがハッキリと際立ってる! 凄く良いコーヒーだ!」
一口飲むなり分かったようなコメントを述べて幸せそうな表情を私に向けてきた。
「……味なんか、分かんない癖に」
だからこそ、ついそんな口をついてしまう。
「えっ?」
「どうせ長沢さん……『宗じい』の受け売りでしょ」
彼が、コーヒーの違いも分からないような、大雑把な舌を持つ人物だという事を私は熟知している。
だから彼の褒め方や丁寧なコメントをそっくりそのまま受け取ってはいけない……私の心のガードは7年前と変わらず強固である事をしっかりとここで示さなくてはならなかった。
「受け売り?」
「だって穂高くん『コーヒーの種類なんか全然分からない』って昔言ってたじゃない。タバコだって1日2箱以上吸ってるヘビースモーカーだしっ! 『女の子が居ない食事なんて腹に溜まりゃ何だって良い』って酷いセクハラ発言もしてたし!」
「……」
「なんか、見え見えなのよそういうの。軽い言葉で私が喜ぶと思ってたら大間違いっ!」
「……」
「昔と全く変わらないんだからっ! 穂高くんのチャラ男っぷりはっ!!」
穂高くんは軽い。
明るい髪色やウェーブヘアが地毛だと田上くんから聞かされていたって、やっぱり中身がチャラ男であるのは間違いなかった。
(味が分からない癖に分かったような事を言って私の気を惹こうったって、そうは問屋が卸さないっての!!)
昨夜のメッセージに「大好き」って言葉が入っていようが、イヤリングをプレゼントしてこようが私のコーヒーを褒めようが、私はちゃんと「私」というものを持っていなくてはならないし、彼に惑わされてはならない。
そう思って、語気を強めながら言い放ってやったんだけど……
「ユウちゃん凄いなぁ! ちゃんと昔の俺を覚えていてくれていたんだね!!」
彼の幸せな表情は私の言葉にビクともしなくって……
「でもユウちゃんハズレー♪ さっきの俺の感想は宗じいの受け売りでも何でもないよーだ♪」
おちゃらけた変顔を見せて私を揶揄った。
「えっ?」
「朝香ちゃんが帰ってく直前まで長沢金物で宗じいと喋っていたのは本当だし、グアテマラの話を聞いたのも本当。
だけど、その『特別に焙煎されたグアテマラ』の味や特徴については宗じいから聞いてないんだよ」
「嘘……?」
直後、彼から告げられた真実に私は目を見開かせる。
「嘘じゃないよ、ちなみに健人からも聞いてない」
「長沢さんだけじゃなくて、田上くんからも?」
「うん」
「……まさか初恵さんから聞いたとか?」
「してないしてない」
私の訝しげな表情に穂高くんはケラケラと笑う。
「じゃあなんでそんな食レポみたいなのが出来ちゃうのよ? 『コーヒーの味なんてどれも一緒』って、昔あんなに言ってたのに……!!」
つい感情が昂ってしまう私に対して、彼はにこやかに微笑んで
「だって昔の俺とは変わったから。
タバコ、吸ってないんだよ今は。一本も」
驚くような事を私にサラリと言ったのだった。
「っえええ……っ!!」
本当にビックリし、瞬間的に手で口を覆いギュッと押し付ける。
「ホントホント。辞めたんだよマジで。禁煙して5年になる」
「??!」
それでもやはり彼の言葉が信じられない。
(嘘でしょ?! 社内で何度もオフィス内禁煙の話が持ち上がってもめちゃくちゃ嫌がって反論してたのに!!)
そのくらいの愛煙家だった筈だ。穂高純仁という男は。
「ちなみに、その5年前に第一と本社2つのフロアが完全禁煙になったんだ。喫煙所すら設置されてないし、タバコを外で吸った後は30分経たないとオフィスに入れないっていう厳しいルール付きになった」
「嘘……」
「嘘じゃないよ。マジでそうなっちゃったから、俺みたいにタバコそのものを辞めてしまう社員も増えたんだ」
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
アンコール マリアージュ
葉月 まい
恋愛
理想の恋って、ありますか?
ファーストキスは、どんな場所で?
プロポーズのシチュエーションは?
ウェディングドレスはどんなものを?
誰よりも理想を思い描き、
いつの日かやってくる結婚式を夢見ていたのに、
ある日いきなり全てを奪われてしまい…
そこから始まる恋の行方とは?
そして本当の恋とはいったい?
古風な女の子の、泣き笑いの恋物語が始まります。
━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━
恋に恋する純情な真菜は、
会ったばかりの見ず知らずの相手と
結婚式を挙げるはめに…
夢に描いていたファーストキス
人生でたった一度の結婚式
憧れていたウェディングドレス
全ての理想を奪われて、落ち込む真菜に
果たして本当の恋はやってくるのか?

悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

初めから離婚ありきの結婚ですよ
ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。
嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。
ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ!
ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる