【完結】この花言葉を、君に

チャフ

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イチゴの花は白くて小さい

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 弟子に嘘をついた罪悪感を負いながら「お疲れ様」の見送りを店外でした数十秒後に

「こんばんは♪ 

 と、あのチャラい声が私の耳をくすぐった。

「……やっぱりやめてよ、その呼び名」

 私が振り向くと、やはりそこには身長170㎝の彼が居て

「似合ってるよ、そのイヤリング♡ ユウちゃんの可愛い耳にピッタリだ♪」

 噛み合わない返事で屈託のない笑みを浮かべている。

「…………もうっ」

 チャラ男の褒め言葉はスルーするに限る。
 初めて彼と顔を合わせた日以来、私はずっとそう考えてきたというのに何故かそれ以上文句の言葉も完全無視も出来なくて

「可愛いよ、本当に。純粋にそう感じてるよ」

 歯の浮くような軽い言葉に、感情が踊らされてしまっている。

「……約束通り、一度だけだからねっ! 
営業時間外にコーヒーを提供するのはっ」

 私はシャッターをガラガラと閉めるなり勝手口へと茶髪の彼を誘うと

「『イヤリングの御礼をしろ』なんて言うつもりは全く無いんだけどね。でもちゃんと俺の要望を聞いてくれてありがとう」

 本当にニコニコと喜んでいそうな声を出しながら私にトコトコとついてきてくれた。

(「イヤリングの御礼をしろ」という想いが含まれてなくたって要望には応えてあげないといけないじゃない……あんなメモが入っていたんだから)

 実は、イチゴの花のイヤリングの包みの裏には私が会社員時代に愛用していた正方形の付箋ふせんが貼り付けてあって


⭐︎これからは「ユウちゃん」って呼びたい。

⭐︎あと、無理なのは分かっているけど土曜日の夜にユウちゃんのコーヒーが飲みたい。


 ……と、これまた昔の私と同じメモの書き方で要望を箇条書きされていたんだ。


「へぇ~……健人やウチの従業員さんから話は聞いていたけど、本当に良い店だね。内装や家具のセンスも良いし何よりハロウィンオーナメントがすっごく可愛い」

 勝手口から店内へと彼を通してあげるなり、彼は周囲を見渡しながらそんな褒め言葉を連ねる。

「内装や家具……使っているカップやカトラリーは全て朝香ちゃんのお父さんのセンスで、ハロウィンオーナメントは亮輔くんのお手製なの。私は何も努力してないのよ」
「そうなんだぁ! その事も健人達からは聞いていたんだけどさぁ、改めてこうやって見てみると本当に良いなって思うし、何より馴染んでるよ♪」

 彼は見た目や言動がめちゃくちゃチャラいけれど、薄っぺらい言葉は決して使わない。

「馴染んでるって、何と?」

 私の短い問いにも

「勿論、ユウちゃんと♡」

 ちゃんと、真面目に返答する。

「…………要望通りコーヒー淹れるから、カウンター席に座ってよ」

 やっぱり、くすぐったい気持ちになった。

 7年経っても、彼は全く変わっていない事に。



「営業時間外だしお代は要らないから」

 私はそう彼に告げてネルの煮沸を始めると

「飲ませてくれるコーヒーって、もしかしてグアテマラ?」

 と、突然そんな事をたずねてきた。

「……うん」

 面食らって彼に驚きの表情を見せてしまったんだけれど

(ああ……そっか。そういえば穂高くん、から現れたんだった)

 会社勤務時代「コーヒーの味なんてどれも一緒」と豪語していた彼がいきなり銘柄を一つ挙げたトリックに気付いて吐息を落ち着かせる。

「グアテマラで、俺が何も言ってないのにネルを煮沸♪ ……むねじいの話通り、『ラッキー』なヤツだ♡」

 私のテンションとは真逆に彼は浮かれているようだったので

「そうよ、いつもは皐月の命日に特別なグアテマラを焙煎するんだけどたまたま今月は2回煎るの。今夜、朝香ちゃんが大事なお客様に珈琲豆をお届けするから」

 「別に穂高くんの為にこのコーヒーを提供するのではない」という意味を込めた言葉を返す。

「それも知ってるよー♪ さっき宗じいから聞いたから♪」

 それなのに歓びの鼻歌まで彼は鳴らしていて更に機嫌を良くしている。

「……だから、別に穂高くんの為に煎った訳じゃないんだってば。
 今日お客様にお渡し出来るように、これを焙煎したのは2日前であって」
「うん♪ だからこそ『ラッキーだなぁ』って思ったんだよ!
 さっきまで向かいの長沢金物で宗じいと喋ってる時にさぁ『特別に焙煎するグアテマラ』の話を聞いて『もしかしたらジュン坊も飲めるかもしれないよ』って付け加えてくれたから!」
「……」
「宗じい、コーヒーが大好きじゃん? ユウちゃんの店が向かいに出来て毎日楽しいんだってさぁ!」
「……」
「毎月26日に飲めるグアテマラはいつもよりも丁寧に焙煎してて、それがすっごく美味しい事も教えてくれてっ!」
「……」
「偶然だろ? 俺が昨夜『コーヒーが飲みたい』ってメモをユウちゃんに渡したのと、今日がその『特別に焙煎するグアテマラ』に当たるのが!」
「……」
「だから、ラッキーだなって感じたんだ。それが俺の為じゃなくて別のお客様の為に焙煎されたものと分かっていても、俺がそれにありつけるのであればこれ以上幸せな事はないって思う!」
「……」
「出会いはいつも一期一会だよ、ユウちゃん♡ 今夜もこうしてユウちゃんと出会えて良かった♡ 俺がプレゼントしたイヤリングを耳に着けてくれていて、特別なコーヒーも飲めるって知れただけでも幸せでたまらないよ♡」


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