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イチゴの花は白くて小さい

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「あー! それ、ジュンくんから貰ったヤツだろ!!」

 そして今日も午前9時半、勝手口がガチャッと開いた直後「双子の弟」こと田上くんとバッタリ顔を合わせてしまった。

「ちょっと! 今日は土曜日よ!! 朝香ちゃんが居るんだから変な内容を大声出して言わないでくれる?」
「そんな事言われてもって感じだよこっちは。
 この店の営業日のこの時間に必ず俺が来るって遠野は理解してるんだからさぁ、勝手口の前に立たなきゃよくない? 俺の視界に入ったら言わない訳にいかないだろそんなの!」

 田上くんのデカい声を諌めたつもりが、間髪入れずに反撃されてしまった。

「ぐうぅ……」

(しまった……ついさっき届いた新豆を朝香ちゃん用に取り分けねばと勝手口前を9時半のタイミングで通過した私が悪い。田上くんの言う通りだ……)

 恥ずかしくなって俯く私に向かって、田上くんはニカッと笑顔を作る。

「まっ! それだけ行動のタイミングがバッチリ合っちゃうのも悪くないとは思うよ?なんたって俺は遠野にとって『双子の弟』だもんなー脳内のっ♪」
「…………まぁ、そうだけど」

 田上くんは「元同級生」というには中3の1年間だけと、期間が短過ぎるし「友達」ってほど仲が良かったわけではない。
 「商店街メンバー」じゃ関係が遠過ぎるし「お花屋さん」じゃ他人行儀過ぎる。だからこそ、私は彼に「脳内家族の一員に加えてほしい」と無理なお願いをした。

「いいんじゃない? 似合ってると思うよ」
「冗談言わないでよ、こんな……若い子が身に付けるみたいなデザイン」
「そんな事ないと思うよー? 『双子の』意見として言ってるだけ。『妹の』朝香ちゃんだってそのイヤリング褒めたんじゃない?『弟の』亮輔くんは何て言ってた?」

 朝香ちゃん家族が私の脳内家族に付き合ってくれる気持ちはありがたいし、そうすればリアルな血縁を失った自分の心が解れる事も知っていた。

「朝香ちゃんは……可愛いって、褒めてくれた」
「妹が褒めたならいいじゃん♪」
「亮輔くんとは今朝会わなかったのよ。就活セミナーだったかに参加するって、朝早くから出掛けたらしいから」
「弟の意見はもらえなかったわけかー♪」

 33歳で、既婚者で、一児のパパでもある田上くんにこんな子どもじみた遊び事に付き合ってもらうのは正直申し訳ない気もするんだけど

「田上くんも褒めてくれるなら、多分亮輔くんも褒めてくれるとは思うけど」
「ならいいじゃん♪ 脳内きょうだいみーんな同じ意見だ♪」

 何故か田上くんが1番この遊びにノリノリで私の気持ちをめちゃくちゃに解し癒やしてくれているので朝香ちゃん家族以上に有り難いと感じていた。

「ほら。中に入ってよ。コーヒーとポテトサラダ、用意してあげるから」

 私は店のシャッターを上げて観葉植物を店の外にズリズリと移動させている朝香ちゃんの姿を横目で見つつ、田上くんを準備中の店内に入れてあげた。



「あー♪ やっぱり遠野が作るポテサラうめー♡♡♡」

 田上くんにいつものモーニングをサービスしてあげると、今日はコーヒーからではなくポテトサラダからパクつく。

「なんて事ない普通のポテトサラダよ」
「んな事ねーよ! 嫁さんのよりも美味いんだもん」
「それ、既婚者が言ったら1番ダメなヤツっ!」
「いーんだよっ! 遠野の料理の腕前は嫁さんも知ってるんだからっ!!」

 いつも私のコーヒーやポテトサラダを「美味い」と言ってくれてはいるけれど、今朝はテンションが高い所為か褒め方が異常だ。

「確かに夕紀さんのご飯は何でも美味しいですもんね♪ の直伝だそうですから♪」

 そして観葉植物の水やりや掃き掃除まで終えた朝香ちゃんまでもがこちらにトコトコ近付いて田上くんの意見に同意する。

「おー♪ 朝香ちゃんもそう思うよなー♪」
「ねー♪」

 流石私の脳内きょうだい。
 元から波長が合うからか笑った2人の顔がソックリに見えてくるし、もしドラマや映画で田上くんと朝香ちゃんが兄妹の役をやると言われたら誰もが納得してしまいそうだ。

「『芸は身をたすく』って言うでしょ。そういうヤツよ」

 私はそう言って2人にクルリと背を向けたのだけれど

(「芸は身を助く」……確かに、そうだなぁ)

 私があの小さな家で過ごした約3年間
 皐月の母親に厳しく料理の指導を受けていて本当に良かったと改めて感じたのだった。


 4人家族として私があの小さな家で生活を始める前から、母は私を厳しく躾けた。
 家族の一員となる為の四箇条だけではなく、家事全般をキッチリと細かく私に教えてくれたのだ。

 身だしなみは必ず姿見で確認をし、周囲から見苦しいと思われないように整える事。
 調味料やインスタントの活用も悪くはないが、出汁の香りや旨味をしっかりと身に付ける事。
 掃き掃除や拭き掃除は円くではなく、四隅を意識して隅々まで綺麗にする事。

 思えば、母は細かい人だった。
 けれど躾方教え方は丁寧で、「衣食住」を意識した謂わば家庭科の教師のような指導の仕方。
 母の実家が由緒ある旅館を経営している事実も納得の振る舞いであったと記憶している。

 でもやはり母だって人間だ。
 皐月にまで細やかな指導をしていた訳ではなく、特に「食」に至っては実の娘に何も伝えられないままこの世を去ってしまった。


ーーー

『お姉ちゃんのお節料理、お母さんとソックリで美味しい♪ 私、絶対にこんなの作れないよ』

ーーー


 皮肉にも、血の繋がった母娘は「食」で繋がれないままに空へと旅立ち……

 血縁でも何でもない私にだけ、母の技術が血肉へと生き付いたのだ。
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