29 / 113
イチゴの花は白くて小さい
2
しおりを挟む「あー! それ、ジュンくんから貰ったヤツだろ!!」
そして今日も午前9時半、勝手口がガチャッと開いた直後「双子の弟」こと田上くんとバッタリ顔を合わせてしまった。
「ちょっと! 今日は土曜日よ!! 朝香ちゃんが居るんだから変な内容を大声出して言わないでくれる?」
「そんな事言われてもって感じだよこっちは。
この店の営業日のこの時間に必ず俺が来るって遠野は理解してるんだからさぁ、勝手口の前に立たなきゃよくない? 俺の視界に入ったら言わない訳にいかないだろそんなの!」
田上くんのデカい声を諌めたつもりが、間髪入れずに反撃されてしまった。
「ぐうぅ……」
(しまった……ついさっき届いた新豆を朝香ちゃん用に取り分けねばと勝手口前を9時半のタイミングで通過した私が悪い。田上くんの言う通りだ……)
恥ずかしくなって俯く私に向かって、田上くんはニカッと笑顔を作る。
「まっ! それだけ行動のタイミングがバッチリ合っちゃうのも悪くないとは思うよ?なんたって俺は遠野にとって『双子の弟』だもんなー脳内のっ♪」
「…………まぁ、そうだけど」
田上くんは「元同級生」というには中3の1年間だけと、期間が短過ぎるし「友達」ってほど仲が良かったわけではない。
「商店街メンバー」じゃ関係が遠過ぎるし「お花屋さん」じゃ他人行儀過ぎる。だからこそ、私は彼に「脳内家族の一員に加えてほしい」と無理なお願いをした。
「いいんじゃない? 似合ってると思うよ」
「冗談言わないでよ、こんな……若い子が身に付けるみたいなデザイン」
「そんな事ないと思うよー? 『双子の』意見として言ってるだけ。『妹の』朝香ちゃんだってそのイヤリング褒めたんじゃない?『弟の』亮輔くんは何て言ってた?」
朝香ちゃん家族が私の脳内家族に付き合ってくれる気持ちはありがたいし、そうすればリアルな血縁を失った自分の心が解れる事も知っていた。
「朝香ちゃんは……可愛いって、褒めてくれた」
「妹が褒めたならいいじゃん♪」
「亮輔くんとは今朝会わなかったのよ。就活セミナーだったかに参加するって、朝早くから出掛けたらしいから」
「弟の意見はもらえなかったわけかー♪」
33歳で、既婚者で、一児のパパでもある田上くんにこんな子どもじみた遊び事に付き合ってもらうのは正直申し訳ない気もするんだけど
「田上くんも褒めてくれるなら、多分亮輔くんも褒めてくれるとは思うけど」
「ならいいじゃん♪ 脳内きょうだいみーんな同じ意見だ♪」
何故か田上くんが1番この遊びにノリノリで私の気持ちをめちゃくちゃに解し癒やしてくれているので朝香ちゃん家族以上に有り難いと感じていた。
「ほら。中に入ってよ。コーヒーとポテトサラダ、用意してあげるから」
私は店のシャッターを上げて観葉植物を店の外にズリズリと移動させている朝香ちゃんの姿を横目で見つつ、田上くんを準備中の店内に入れてあげた。
「あー♪ やっぱり遠野が作るポテサラうめー♡♡♡」
田上くんにいつものモーニングをサービスしてあげると、今日はコーヒーからではなくポテトサラダからパクつく。
「なんて事ない普通のポテトサラダよ」
「んな事ねーよ! 嫁さんのよりも美味いんだもん」
「それ、既婚者が言ったら1番ダメなヤツっ!」
「いーんだよっ! 遠野の料理の腕前は嫁さんも知ってるんだからっ!!」
いつも私のコーヒーやポテトサラダを「美味い」と言ってくれてはいるけれど、今朝はテンションが高い所為か褒め方が異常だ。
「確かに夕紀さんのご飯は何でも美味しいですもんね♪ お母様の直伝だそうですから♪」
そして観葉植物の水やりや掃き掃除まで終えた朝香ちゃんまでもがこちらにトコトコ近付いて田上くんの意見に同意する。
「おー♪ 朝香ちゃんもそう思うよなー♪」
「ねー♪」
流石私の脳内きょうだい。
元から波長が合うからか笑った2人の顔がソックリに見えてくるし、もしドラマや映画で田上くんと朝香ちゃんが兄妹の役をやると言われたら誰もが納得してしまいそうだ。
「『芸は身を助く』って言うでしょ。そういうヤツよ」
私はそう言って2人にクルリと背を向けたのだけれど
(「芸は身を助く」……確かに、そうだなぁ)
私があの小さな家で過ごした約3年間
皐月の母親に厳しく料理の指導を受けていて本当に良かったと改めて感じたのだった。
4人家族として私があの小さな家で生活を始める前から、母は私を厳しく躾けた。
家族の一員となる為の四箇条だけではなく、家事全般をキッチリと細かく私に教えてくれたのだ。
身だしなみは必ず姿見で確認をし、周囲から見苦しいと思われないように整える事。
調味料やインスタントの活用も悪くはないが、出汁の香りや旨味をしっかりと身に付ける事。
掃き掃除や拭き掃除は円くではなく、四隅を意識して隅々まで綺麗にする事。
思えば、母は細かい人だった。
けれど躾方教え方は丁寧で、「衣食住」を意識した謂わば家庭科の教師のような指導の仕方。
母の実家が由緒ある旅館を経営している事実も納得の振る舞いであったと記憶している。
でもやはり母だって人間だ。
皐月にまで細やかな指導をしていた訳ではなく、特に「食」に至っては実の娘に何も伝えられないままこの世を去ってしまった。
ーーー
『お姉ちゃんのお節料理、お母さんとソックリで美味しい♪ 私、絶対にこんなの作れないよ』
ーーー
皮肉にも、血の繋がった母娘は「食」で繋がれないままに空へと旅立ち……
血縁でも何でもない私にだけ、母の技術が血肉へと生き付いたのだ。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
アンコール マリアージュ
葉月 まい
恋愛
理想の恋って、ありますか?
ファーストキスは、どんな場所で?
プロポーズのシチュエーションは?
ウェディングドレスはどんなものを?
誰よりも理想を思い描き、
いつの日かやってくる結婚式を夢見ていたのに、
ある日いきなり全てを奪われてしまい…
そこから始まる恋の行方とは?
そして本当の恋とはいったい?
古風な女の子の、泣き笑いの恋物語が始まります。
━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━
恋に恋する純情な真菜は、
会ったばかりの見ず知らずの相手と
結婚式を挙げるはめに…
夢に描いていたファーストキス
人生でたった一度の結婚式
憧れていたウェディングドレス
全ての理想を奪われて、落ち込む真菜に
果たして本当の恋はやってくるのか?

悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

初めから離婚ありきの結婚ですよ
ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。
嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。
ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ!
ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる