【完結】この花言葉を、君に

チャフ

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165㎝の私

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 私は「悪い女と悪い男から生を受けた悪魔のような子」だと知ったのが、14歳を迎える少し前。
 それと同時に私は……ずっとそばに居てくれた父と血が繋がっていない事実を知ったのだった。


 私を産んだ悪い女は地元でも有名な美女だったらしく、艶のある黒髪のストレートロングヘアを自らも自慢にしており、たまに私の前に姿を現しては「さすが私の娘ね」と私の髪を指でサラリときながら微笑んでくる記憶ばかり残っている。

「夕紀……ごめんな」

 私と同時に重大な事実を知る事となった父は、私を抱き締めながら何度もそう呟いていた。

「いいの。だってあの人、遊んでばかりいたんだから」

 私は何度この台詞を父に言っただろうか?勿論本当の事ではあったけれど、いつしか私は父がこれ以上涙を流さないよう空気を読みながら呪文のように呟き返していたような気もする。

 確かに私は、母親が私を産んですぐに育児放棄同然状態となり祖母が母代わりになってくれて居た事に関して何も感じていない。祖母に感謝し母親に落胆をする事はあれど、自分の状況を不幸であるとまでは感じていなかった……何故なら、父が私を深く愛してくれていたのだから。


 ただやはり、父は不幸のどん底にいた。
 「出産で精神的に落ち込んでいるようだから外の空気を吸わせてあげよう」という優しい気持ちを持って父も祖母も力を尽くして「妻」に家事育児の負担をかけまいとしていたのに、蓋を返せば私は托卵の産物にしか過ぎず「妻」の札がかかっていた筈の黒髪美女とやらには元から都会に茶髪の男が存在しており都会と田舎を行き来する事そのものを生き甲斐としていたと知れば、人の心がどのようになってしまうかの予想は誰だってつく。
 父は親戚が経営する大きな工場の責任者という大事な地位から転落し、地元から冷ややかな視線を日々送られ……逃げるように私と新幹線に乗った。

 地元しか知らない視野の狭い父が頼ったのは、同じく茶髪の悪い男に騙されて小さな暗がりの一軒家と8歳の少女だけを手元においていた女性———後に私の「母」となった人物だ。
 皐月は母と悪い男との間に生まれた女の子で、私とはその悪い男の血で繋がっていた。


「夕紀……ここで、この家で、4人で暮らそう」

 父は母と対面してすぐにそれを決め、半年後に紙の上でも「家族」となった。
 けれども、「家族」の仲間入りをする交換条件として

 髪を肩より下には伸ばさないこと。
 学生の間は不純異性交友をしてはならないこと。
 勉学にいそしむこと。
 部活動には所属せず、皐月と過ごす時間をなるべく設けること。

 その4つを母から課せられたのだ。


 悪い男に騙された女は神経が過敏になる。
 自分の娘だって悪い男の血が半分入っているというのにそこには目を背けるのもやはり人間もしくは親のさがである……と、中学3年に進級する直前の私はそう解釈した。

 父はその四箇条にも涙を流し、また私に「ごめんな」の呟きをしていた。

 勿論、私はいつもと同じセリフを父に呟き返してあげた。

「いいの。だってあの人、遊んでばかりいたんだから」

 それから、こうも付け加えた。

「これから私にはお母さんと妹の、2人も家族が増えるんだもの。それは幸せな事だわ。だから大丈夫、四つの約束をしっかりと守ってみせるから」

 父を泣かせない為の新しいセリフは、私の体の芯まで浸透していった。



 私が脳内の「家族ごっこ」を展開するようになったきっかけはまさにであり、三十路を過ぎても辞められないのはその時の「家族ごっこ」がとても幸せで美しかったからなんだと思う。

 朝香ちゃんの父親 村川義郎むらかわよしろうさんが「お父さん」
 朝香ちゃんの母親 村川裕美むらかわひろみさんが「お母さん」
 朝香ちゃんが「妹」で、亮輔くんが「弟」で、田上くんが「双子の弟」。
 他にも、向かいの金物店店主 長沢宗恭ながさわむねゆきさんが「おじいちゃん」で、隣の青果店を営む森山初恵もりやまはつえさんが「親戚のおばちゃん」……この地に私が珈琲豆専門店を開いて以来、私にはこれだけ脳内家族が増えているのだ。






「…………幸せ者だなぁ、私は」

 10月20日。
 黄緑色の夢から覚めた私は、両目から涙を流しながら現在の自分のおかれた状況がいかに幸せで有り難いかを実感し、独りでしばらくの間泣き笑いをした。
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