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170㎝のチャラ男
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しおりを挟む「あれっ?遠野、今日は皐月ちゃんのピアスしてないじゃん。どうしたの?」
時刻は9時30分。
店でポテトサラダの仕込みをし終えたタイミングで勝手口からズカズカと田上くんが入ってきた。
「……とうとう『おはよう』も言わなくなったのね田上くん」
私が呆れていると
「遠野だってだいぶ前から『おはよう』って言わなくなってたよ」
なんて言い返しながら田上くんはカウンターにミニブーケを2束置き、私の許可を得ることなくそのまま席に座る。
「…………そうかなぁ?」
私は仕方なく一杯分の湯を沸かして今月のブレンド豆を電動ミルでサッと挽き
「そうだよ……でさぁ、耳だよ耳っ! いつもピンク色のハートを両耳に着けてるのに今日は無いからさぁ。何かあった?」
カウンターに置いてくれているお花との物々交換に……と、田上くん用のモーニングコーヒーと出来立てのポテトサラダをサーブし始める。
「単純な理由よ『ピアスがとうとう壊れちゃった』……ただそれだけ」
「単純じゃないだろ、それ。遠野にとっては命よりも大切にしていたピアスなんだから」
「『命よりも』は大袈裟よ」
「じゃあ『命の次』?」
「……5番目かな」
「5番目ね! 良い位置ついてる♪」
確かにあのピアスは私にとって優先順位が高く、田上くんの表現通り良い位置についていた。だからこそ壊れて接着出来なくなってしまった事は悲しいし「もっと大事に扱っていればもっと長持ちさせられたのではないか」という考えが頭の中をグルグルと回ってしまうのだけれど、双子の弟みたいな田上くんと会話を交わしドリップコーヒーの香りを嗅いでいると次第にそのグルグルしたものが薄らいでいった。
「今朝もコーヒーが美味しい♪ ありがとう遠野」
田上くんは、この店を開いて以来ずっと私の様子を見に来てくれている。
今年の3月までは娘の美優ちゃんとお散歩がてら……美優ちゃんが幼稚園に入園して以来は田上くん1人がミニブーケを2つ持って勝手口から入ってくるようになった。
田上くん曰くミニブーケは「朝の仕入れ分の余ったヤツ」と言うのだけれど、おかげでテーブルやカウンターにカラフルな彩りを添える事が出来ているし、こんな私の様子を心配して見に来てくれているのはとてもありがたいので、ミニブーケとモーニングコーヒーの物々交換をこの場で行うのが現在のルーティンと化している。
「それにしても昨日はビックリしたなぁ~! 遠野とジュンくんが知り合いだなんて思ってもみなかったから!」
コーヒーを飲み終えても田上くんはカウンターに肘をつき、準備中の私にケラケラ笑う。
「それはこっちのセリフ! みんなが時々話題に出す『ジュン坊』が、チャラ男の穂高純仁だなんてこれっぽっちも予想してなかったんだもの!」
私は昨日の奇妙な再会やメッセージやり取りを思い出しながら言い返すと
「チャラ男ぉ??! ジュンくんがぁ?!」
何故か田上くんはその点を意外に感じている様子。
「あの人をチャラ男と言わず誰を言うのよ? 見た目も軽ければ発言までチャラいじゃない」
「見た目~?」
「逆に訊くけど、彼の茶髪ウェーブヘアはどう説明したらいいのよ?! 入社当初は黒髪のベリーショートにしてたのに」
「黒髪の……ベリーショート……」
「そう。幼馴染なら田上くんは知ってるんでしょ? あの人のヘアスタイルの変化を。入社して1ヶ月でガラッと今の感じに変えたのよ! 確かゴールデンウィーク明けだったかなぁ」
私は穂高くんが入社当初にしていた至極真面目風なヘアスタイルから一転、ムラのなく綺麗な茶髪ウェーブヘアにイメチェンしてきた話を説明してあげる。
田上くんはしばらく天井を見上げて「うーん」と唸った後に
「そういえば昔は黒くて短くしてた時期があったよね。ジュンくん、自分の髪質にコンプレックスを持っていたから」
……と、私の記憶とは真逆の内容を口にする。
「えっ?」
学歴は高卒止まりではあるけれど、馬鹿ではない自覚はある。
だから当然、田上くんの「昔は」の言い方に違和感をすぐに持って
「今のヘアスタイルがね、素なんだよ。ジュンくんはね、生まれた時から髪が茶色の色素薄めで天然パーマなの。
瞳も色素薄めで茶色い筈だよ。今日の集会でちゃんとジュンくんの目を見てあげたら?」
私がたった今「まさか」と思っていた予想を田上くんはサラッとそのまま言い返してきた。
「今のが……元の、穂高くん……」
「昨日久しぶりにジュンくんを見た感じ、今風のツーブロックにしてたし外見コンプレックスは無くなっててオシャレを楽しんでるようだったよね」
そう口にした田上くんは実に嬉しそうに見える。
「じゃあ……穂高くんは皐月と同じように生まれつきの?」
「うん、皐月ちゃんもそうだったよね?俺の記憶の中では『茶色のふわふわ髪をしたお花大好きな女の子』だから。皐月ちゃんは」
妹の皐月も髪や瞳の色素が薄くて天然パーマのウェーブヘアの姿にコンプレックスを抱いていた。
(私……穂高くんに昔、何度もヘアスタイルについて指摘した事がある……)
そして今まで私が彼にしてきた言動を回想し、とても後悔した。
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