【完結】この花言葉を、君に

チャフ

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10月18日

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 恋を廃棄した日から7年。
 私は中学生の頃からの夢だった珈琲豆専門店を5年前にオープンし、妹みたいな弟子と楽しく仕事したり、両親や祖父みたいな温かな人達に囲まれアットホームな雰囲気を楽しんだりしながら平穏な日々を過ごしていた。 

 いつからか今日の「10月18日」は、悪魔な女の「恋の廃棄日」ではなくなっていて……。


「あーあ、また木曜日がやってくるわー! 憂鬱ー! なんかもうウンザリしちゃうー!!」

 7年前に「完璧主義」「かっこいい」なんて言われていたのを微塵も感じさせないくらい、私遠野夕紀とおのゆうきはネガティブな言葉ばかりをくダメなアラサーに成り下がっていた。

「確かに、毎回紙を配られて説明ってなんか意味あるんですかね?」

 ネガティブなアラサーに同調してくれるのは私のパートナーである村川朝香むらかわあさかちゃん。
 大学3年生という半分アルバイトな身分ながら、私の右腕と言っても過言ではないくらいの実力を身に付けている。
 小柄で見た目も可愛らしく、それから私にめちゃくちゃ優しくて、私達の関係性を知らない人が見たら「可愛い妹さんですね♪」なんて評されるレベルのSSRスーパースペシャルレア的キャラクターだ。

「そうなのよ、マジで意味ないの!あの集会っ!!」

 私達が愚痴っているのは、ここ数年異常な盛り上がりをみせている「ハロウィン」などという不可解イベントに対し商店街メンバーが順応していないという点について。

 10月も半ばが過ぎて巷はハロウィンモード一直線。
 私の店『After The Rain雨上がり珈琲店』もメンバーとして数に入っているこの商店街でも「あの有名商店街ではハロウィンの仮装パレードをやるらしい」だとか「子ども客にお菓子を配るところもあるらしい」だとかいう噂話で持ちきりだ。
 毎週木曜日15時に開始する集会に参加する身としては「それならうちの商店街でもやればいいんじゃないですか」と言ってやりたいところだけど、そんな事を口にしようものなら「中心リーダーになって!」と中高年のおじさま達を率いる役を引き受けなければならないので、毎回配られる用紙に目を通しながらテキトーにうんうん相槌あいづちを打って10分少々の時間をやり過ごす。

「集会サボって後から紙だけ受け取る事が出来ればめちゃくちゃ楽なんだけどねぇ」
夕紀ゆうきさんが集会初日に参加し忘れた時は店に長時間居座られて大変でしたもんね」


 そうなのだ。
 今月からいきなり「週に一回、地域活性化についての会議をしよう」なんて理髪店店主の義雄よしおさんが言い出したものだから、私の貴重な昼休憩がその時間だけ奪われる事となった。
 集会に参加出来なかった店は義雄さんが直接店まで出向き、集会での内容を世間話込みでご高説こうせつたまわるという……なんとも傍迷惑はためいわくなペナルティがついてしまう。

「義雄さん、悪い人じゃないんだけどね」
「そうですよね、すっごく良い人なんですけどお話の長さがね」

 義雄さんの話の長さは私が数十年前に在籍していた小学校の校長先生くらい長くてくどい。  
 私を含めた商店街メンバーの数人は長くどい話を苦笑いで聞いてしまうしその私達のオーラを義雄さんも義雄さんで感じ取ってしまう。
 そんな悪循環もあって私やその数人メンバーは義雄さんから嫌われているのだ。

(メンバー内派閥っていうのかなぁこういうの。派閥争いまでしてるわけじゃないし、基本的には平和な商店街なんだけどね……)

 仕事は楽しいし商店街の雰囲気も良い。
 ただただ木曜日にやってくるあの集会がめんどくさい。

(これって甘えでワガママなのかなぁ)

 私は集会前日だというのに重苦しい溜め息を朝から何度もつき、仕事のパートナーである朝香ちゃんをやや困らせていた。

「そういえば夕紀さん! 今日はまだ昼休憩取ってないじゃないですか!」

 朝香ちゃんは急に思い立ったかのようにパンッと両手を叩き、明るい表情を作る。

「うん、朝香ちゃんがシフトに入ったばかりだもん」
「でしたら今日は早めにランチタイム入っちゃいましょ! 私はもうお昼ご飯食べちゃいましたし、夕紀さんだって満腹になればモヤモヤした気持ちが晴れますよ!」
「いいの? いつもより早めに私が休憩入っちゃっても」

 今日は水曜日。
 通常なら大学の午前授業を終えた朝香ちゃんが13時過ぎのこの時間にシフトに入ってくれ、私の昼休憩は当店喫茶時間終了後の14時からとなる。だけどSSR朝香ちゃんはそのSSR的神対応で私のモヤモヤを爽やかに晴れさせようとしてくれるようだ。

「大丈夫ですっ! 私だって夕紀さんと一緒にお仕事始めて3年目なんですから少しでも師匠の助けになる動き出来ますよっ!」

 朝香ちゃんはお客さんの切り盛りを手際良くこなしつつ、マスターの私を勝手口方面へとグイグイ押しやった。

「でも……」

 店内を見渡すと、今日いらっしゃるお客様は常連さんばかりで皆様私に優しげな目線を送って「夕紀ちゃん休憩しておいで」と無言のメッセージを送ってくれているように感じられた。

(状況に甘えまくってる気もするけど……たまにはいっか♪)

「じゃあ朝香ちゃん、お言葉に甘えてリフレッシュしてくるわね」
「はいっ! 15時までたっぷり休憩して下さいね~!!」

 私は常連様方や朝香ちゃんのご好意に甘える事にして、エプロンを脱ぐなり勝手口へと出た。
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