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第一章 見習い聖女編
第二十一話 聖女の提案
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「つまりシリウス王子は私と婚約したいということですか?」
「は? どうして俺が平民なんぞと婚約せねばならぬのだ? 平民のお前が王家に憧れるのはわかるが、身の程をわきまえろ」
「……では、私がフィリップ王子と婚約しても構いませんね?」
「ダメだ! 聖女のお前と婚姻を結ぶのは王家で一番優秀な者、つまり俺だ! フィリップと婚約なんてさせるものか!」
あれからこのやり取りを、かれこれ十三回ほど続けている。
サイモン教皇の説得も、エドワード国王陛下の忠言もまるで聞こうとしなかった。
大人たちは全員が性も根も尽き果てた感じでうなだれている。
まさに打つ手なしだった。
おそらく本人も自分でなにを言っているのかわかっていないのではなかろうか。
そのとき第二王子のフィリップがおずおずと手を上げた。
「あのぉ、僕は聖女様と結婚したいなと思っています。も、もちろんシリウス兄様より優秀だなんて微塵も思っていませんよ? ただ、このままだと僕が王になってしまいますし、そうなると外交や国家運営や、クセの強い貴族たちへの対応で目が回るほど忙しくなって、自由な時間が無くなってしまいます。僕はそんなことより、のどかで穏やかな生活を望んでいるんです。それに聖女様の祝福を優先的に受けることができるなんて、最高すぎます。だからシリウス兄様。ぜひ、僕に聖女様との婚姻を譲ってください。お願いします」
「……聖女の祝福? フィリップ、いったいそれはなんのことだ?」
「聖女様だけが持つ特別な力のことですよ、シリウス兄様。聖女様は好きなものを自由に作れたり、好きな場所へ一瞬で移動できたり、死ぬような怪我も一瞬で治したりできたそうですよ? だから、シリウス兄様。どうかその最高の権利を僕に譲ってください。聖女様もそれでよろしいでしょうか?」
「え、ええ。シリウス王子とフィリップ王子が納得されるなら私はそれで構いませんが……」
「よかった! では早速ですが婚約の契約書にサインを……」
「ま、待て、ちょっと待ってくれ」
それからシリウスは一人でブツブツとなにかをつぶやき始めた。
耳の良いエレーナに、大金やら、愛人やら、王位簒奪やら、ハーレムやら物騒なワードが聞こえてきたが気のせいだろうか。
「フィリップ兄様?」
「うむ、そうだな。仕方ないな。やはり王家で一番優秀な俺が聖女の夫となることが自然な成り行きであろう。さっさとそれを貸せフィリップ」
そう言うと、シリウスはフィリップから契約書を奪い取り、躊躇なくサインをした。
「ほら、さ……聖女なんちゃらもサインするが良い」
猿と言いかけたり、名前を覚えていなかったり、本当に顔だけしか褒めるところのない男である。
これのどこが優秀なのだろうか。
エレーナは呆れ顔で契約書とペンを受け取った。
正直、この婚約はエレーナにとって苦痛でしかない。
だがエレーナはグリッセンの件を考えていた。
出会ったばかりの頃のグリッセンは、今のシリウス王子のように横暴で傲慢で暴力的だった。
だが一緒に過ごすうちに、その尖った性格は丸くなり。今では立派な騎士となっている。
つまり人は変われるのだ。
シリウス王子はまだ若い。
平民出身の自分がシリウスの隣にいることで、王家の平民への差別意識も和らぐのではないか。
そんな自己犠牲にも似た覚悟がエレーナにはあった。
王家の意識改革。
これは私の使命だと。
そして契約書にサインをしようとしたとき、シリウス王子が話しかけてきた。
「何でも作れると言ったな? ではまず俺に剣を作れ。そうだな。とびっきり豪華で切れ味の鋭いやつだ。あ、もちろん鞘も剣に負けない意匠にするのだぞ?」
ん?
エレーナはサインをしようとした手を止めた。
どうやらシリウス王子は重大な勘違いをしているようだ。
「シリウス王子。私には剣を作ることができません」
「なに? では何なら作れるのだ?」
「フィリップ王子がおっしゃったのは〝創造の祝福〟を得た過去の聖女様のことでしょう。私は創造の祝福を持っていませんので」
「なんだと? では瞬時にどんな場所へも移動できるのか?」
「それは〝転送の祝福〟を持った聖女様のことです」
「ではどんな怪我も……」
「それは〝治癒の祝福〟を持った聖女様のことです」
「……では、お前にはなにができるのだ? どんな祝福をもっているのだ?」
「あの、誠に申し上げにくいのですが、私はまだ祝福を持っていないので……」
「は? 今なんと?」
「ですから、私は祝福を持っていませんと」
「なん……だと……」
スレインは倒れるように椅子へ座り込んだ。
顔を伏せ髪が邪魔で表情が見えないが、またもやぶつぶつなにかを言っているようだ。
「スレイン王子? 大丈夫ですか?」
エレーナの呼びかけに、スレイン王子の声が次第に大きくなる。
「……したな?……俺を騙したのだな? フィリップと共謀していたのだな? 俺に平民を押し付け、自分が王になる算段をしていたのだな?……許さない。お前さえ……」
ゆらりと立ち上がったシリウスの目は、狂気の色に染まっていた。猛烈に嫌な予感がする。
エレーナは慌てて契約書からペンを離した。
「あ、あの、シリウス様? 婚約がお嫌でしたら、まだ私の方のサインはしていませんので……」
「お前さえいなければぁぁぁっ!」
スレイン王子が両手を天に突き上げた。
「我が魔力に集いし、炎よ! 風よ! その形を槍に変え我が敵を穿て《フレアランス》!」
シリウス王子の頭上に巨大な炎の槍が現れた。
て、敵!? 敵って、私のこと!?
「死ね、平民っ!」
「は? どうして俺が平民なんぞと婚約せねばならぬのだ? 平民のお前が王家に憧れるのはわかるが、身の程をわきまえろ」
「……では、私がフィリップ王子と婚約しても構いませんね?」
「ダメだ! 聖女のお前と婚姻を結ぶのは王家で一番優秀な者、つまり俺だ! フィリップと婚約なんてさせるものか!」
あれからこのやり取りを、かれこれ十三回ほど続けている。
サイモン教皇の説得も、エドワード国王陛下の忠言もまるで聞こうとしなかった。
大人たちは全員が性も根も尽き果てた感じでうなだれている。
まさに打つ手なしだった。
おそらく本人も自分でなにを言っているのかわかっていないのではなかろうか。
そのとき第二王子のフィリップがおずおずと手を上げた。
「あのぉ、僕は聖女様と結婚したいなと思っています。も、もちろんシリウス兄様より優秀だなんて微塵も思っていませんよ? ただ、このままだと僕が王になってしまいますし、そうなると外交や国家運営や、クセの強い貴族たちへの対応で目が回るほど忙しくなって、自由な時間が無くなってしまいます。僕はそんなことより、のどかで穏やかな生活を望んでいるんです。それに聖女様の祝福を優先的に受けることができるなんて、最高すぎます。だからシリウス兄様。ぜひ、僕に聖女様との婚姻を譲ってください。お願いします」
「……聖女の祝福? フィリップ、いったいそれはなんのことだ?」
「聖女様だけが持つ特別な力のことですよ、シリウス兄様。聖女様は好きなものを自由に作れたり、好きな場所へ一瞬で移動できたり、死ぬような怪我も一瞬で治したりできたそうですよ? だから、シリウス兄様。どうかその最高の権利を僕に譲ってください。聖女様もそれでよろしいでしょうか?」
「え、ええ。シリウス王子とフィリップ王子が納得されるなら私はそれで構いませんが……」
「よかった! では早速ですが婚約の契約書にサインを……」
「ま、待て、ちょっと待ってくれ」
それからシリウスは一人でブツブツとなにかをつぶやき始めた。
耳の良いエレーナに、大金やら、愛人やら、王位簒奪やら、ハーレムやら物騒なワードが聞こえてきたが気のせいだろうか。
「フィリップ兄様?」
「うむ、そうだな。仕方ないな。やはり王家で一番優秀な俺が聖女の夫となることが自然な成り行きであろう。さっさとそれを貸せフィリップ」
そう言うと、シリウスはフィリップから契約書を奪い取り、躊躇なくサインをした。
「ほら、さ……聖女なんちゃらもサインするが良い」
猿と言いかけたり、名前を覚えていなかったり、本当に顔だけしか褒めるところのない男である。
これのどこが優秀なのだろうか。
エレーナは呆れ顔で契約書とペンを受け取った。
正直、この婚約はエレーナにとって苦痛でしかない。
だがエレーナはグリッセンの件を考えていた。
出会ったばかりの頃のグリッセンは、今のシリウス王子のように横暴で傲慢で暴力的だった。
だが一緒に過ごすうちに、その尖った性格は丸くなり。今では立派な騎士となっている。
つまり人は変われるのだ。
シリウス王子はまだ若い。
平民出身の自分がシリウスの隣にいることで、王家の平民への差別意識も和らぐのではないか。
そんな自己犠牲にも似た覚悟がエレーナにはあった。
王家の意識改革。
これは私の使命だと。
そして契約書にサインをしようとしたとき、シリウス王子が話しかけてきた。
「何でも作れると言ったな? ではまず俺に剣を作れ。そうだな。とびっきり豪華で切れ味の鋭いやつだ。あ、もちろん鞘も剣に負けない意匠にするのだぞ?」
ん?
エレーナはサインをしようとした手を止めた。
どうやらシリウス王子は重大な勘違いをしているようだ。
「シリウス王子。私には剣を作ることができません」
「なに? では何なら作れるのだ?」
「フィリップ王子がおっしゃったのは〝創造の祝福〟を得た過去の聖女様のことでしょう。私は創造の祝福を持っていませんので」
「なんだと? では瞬時にどんな場所へも移動できるのか?」
「それは〝転送の祝福〟を持った聖女様のことです」
「ではどんな怪我も……」
「それは〝治癒の祝福〟を持った聖女様のことです」
「……では、お前にはなにができるのだ? どんな祝福をもっているのだ?」
「あの、誠に申し上げにくいのですが、私はまだ祝福を持っていないので……」
「は? 今なんと?」
「ですから、私は祝福を持っていませんと」
「なん……だと……」
スレインは倒れるように椅子へ座り込んだ。
顔を伏せ髪が邪魔で表情が見えないが、またもやぶつぶつなにかを言っているようだ。
「スレイン王子? 大丈夫ですか?」
エレーナの呼びかけに、スレイン王子の声が次第に大きくなる。
「……したな?……俺を騙したのだな? フィリップと共謀していたのだな? 俺に平民を押し付け、自分が王になる算段をしていたのだな?……許さない。お前さえ……」
ゆらりと立ち上がったシリウスの目は、狂気の色に染まっていた。猛烈に嫌な予感がする。
エレーナは慌てて契約書からペンを離した。
「あ、あの、シリウス様? 婚約がお嫌でしたら、まだ私の方のサインはしていませんので……」
「お前さえいなければぁぁぁっ!」
スレイン王子が両手を天に突き上げた。
「我が魔力に集いし、炎よ! 風よ! その形を槍に変え我が敵を穿て《フレアランス》!」
シリウス王子の頭上に巨大な炎の槍が現れた。
て、敵!? 敵って、私のこと!?
「死ね、平民っ!」
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