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第一章 見習い聖女編
第十八話 狂犬王子
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――え? え? どういうこと? どうしてここで噛みつくの? まさか話を通してないの?
エレーナは今日で一番動揺したが、エレガントに平静を装った。
代わりにサイモン教皇が呆れ顔で言った。
「これはこれは。シリウス殿下でしたかな? 身分の低いものが先に自己紹介をして挨拶をするのは常識でございます。王子ともあろう方が、まさかご存知ないと?」
――ふむ。
眼の前の残念で美形な狂犬がシリウス王子で間違いない。
これが未来の夫なのね……。
今のところ、顔以外に褒めるところがないが大丈夫?
それにしても、サイモン様の言葉は王族に対する態度とは思えないわ。もしかして……怒ってるの?
歴史の真相を知るサイモン教皇やエレーナにとって、王家とはアストレア初代聖女様の血統を騙る詐欺師なのだ。
国一番の聖女ラブな教皇にとって、王族は受け入れられない存在といえる。
本当は王家なんかにエレーナを嫁にやるのも全力で阻止したいはず。
アストレア初代聖女様の言葉(王家の優秀なやつを夫にしろ)がなければ断固婚姻拒否しただろう。
「なんだと!? 平民の小娘より国王を下と見るか! 無礼者め! 衛兵! なにをしておる! 早くこの者たちの首を刎ねよ!」
優秀(未確認)で残念な夫(予定)は吠え続けた。
「なるほど。アストラル聖王国における最も崇高なる存在である聖女様の首を刎ねると……。国王陛下、これが王家の見解ということでよろしいですな?」
サイモン教皇が見えないはずの瞳で、エドワード国王を睨みつける。
鋭い眼光に、傍から見ているエレーナですら粗相をしてしまいそうになる。
もちろんエレガントに我慢した。
気になるのはマゼラン大司教だ。
彼はエレーナ側の人間のはずだ。
王子の言動に、あきらかに動揺している。
まるで飼い犬が突如暴れ出したときの飼い主のようだ。
エドワード王は、身動き一つせずサイモン教皇を見つめている。
さすが国王。胆力も筋金入りだ。
対してサイモン教皇も涼しい顔で国王を睨んでいる。
普段の好々爺ぶりからは想像できないほど大物ぶりだ。
静寂が訪れた。
――沈黙が辛い。辛すぎるわ。
小物なエレーナは走り去りたい衝動に駆られた。
「なにをしている! 早くこいつらの首を刎ねろ!」
地獄のような静寂を破ったのは、またしても残念王子シリウスだった。
命令を受けた衛兵達はオロオロしている。
それもそのはず。
王子が首を刎ねろと命令した相手は、国教であるアストレア教団の教皇と聖教徒騎士団の面々と聖女様。
言わずと知れた聖教徒のシンボルである。
王子の命令で剣を抜いた瞬間、王家はアストレア教の敵となる。
つまりアストレア教と王家の決別を意味する。
アストレア聖王国は、アストレア教を基に成り立っている国である。
国民は全員がアストレア教の信徒であり、信徒でなくなったものは、この国の国民ではない。
王家といえども、正当な理由なくアストレア教団に弓を引くことは許されないのだ。
困惑する王家の衛兵に対して、聖教徒騎士団の面々はやる気満々だ。
全員が剣の柄に手をやり、腰を落としている。
シスター・クレアですら、ぶつぶつと呪文を唱え、彼女の手には魔法陣が浮かんでいる。
グリッセンを見ると、彼もまた剣に手をかけ臨戦態勢だ、。
一触即発。
聖王国のトップオブトップである聖女エレーナは焦った。
――もしや非常にまずい状態なのでは?
この場で最も権力を持つエレーナであるが、同時に最も貧弱でもある。
自慢ではないが、魔法の流れ弾一発お陀仏する自信がある。
ノットエレガントだけど走って逃げようかしら、と本気で考えたところで、エドワード国王が立ち上がり叫んだ。
「黙らぬか、シリウス!」
国王の言葉に狂犬シリウス王子は驚いた。
「ですが国王陛下! この平民共は!」
「黙れと言っている!」
二度目の叱責をすると、国王は壇上から降りてきた。
エレーナの眼前で立ち止まると、片膝を吐いて頭を垂れた。
「失礼いたしました。アイガハル聖王国三十九代目国王エドワード・クルーウェルでございます。当代聖女様におかれましては、ご尊顔を拝見でき恐悦至極にございます。先の失礼な態度を心より謝罪いたします。どうか平にご容赦ください」
王族側の人間が、一斉に膝をつき頭を垂れた。
音楽隊まで頭を下げている。
頭を下げないのはシリウス王子とマリアンヌ王妃だけだ。
戦闘にならなかったことに安堵しつつ、エレーナは恭しく言った。
「顔を上げてください、国王陛下。それに皆さんも。国王陛下の謝罪を受け入れますわ。すべて水に流しましょう。私は当代聖女、エレーナ・エルリックです。以後良しなに」
予定通り、最低限の挨拶。
見るとシリウス王子がエレーナを睨みつけてる。
父親である国王に頭を下げさせたエレーナが気に食わないのだろう。
はぁ。
勘弁して欲しいわ。
どうして打ち合わせをしてないのかしら?
おかげで進行がめちゃくちゃじゃない。
もう婚約の顔合わせって空気ではない。
とはいえエレーナはホッとしていた。
結婚の話が延期になることは喜ばしいことだ。
このまま破談になってくれると尚良し。
そんなことを考えていると……。
「聖女様の温情に感謝いたします。では聖女様と我が息子シリウスとの顔合わせと参りましょう」
国王のまさかの発言。
エレーナは驚いた。
今でも睨みつけてくる狂犬相手にお見合い続行するの?
うそでしょ?
エレーナは今日で一番動揺したが、エレガントに平静を装った。
代わりにサイモン教皇が呆れ顔で言った。
「これはこれは。シリウス殿下でしたかな? 身分の低いものが先に自己紹介をして挨拶をするのは常識でございます。王子ともあろう方が、まさかご存知ないと?」
――ふむ。
眼の前の残念で美形な狂犬がシリウス王子で間違いない。
これが未来の夫なのね……。
今のところ、顔以外に褒めるところがないが大丈夫?
それにしても、サイモン様の言葉は王族に対する態度とは思えないわ。もしかして……怒ってるの?
歴史の真相を知るサイモン教皇やエレーナにとって、王家とはアストレア初代聖女様の血統を騙る詐欺師なのだ。
国一番の聖女ラブな教皇にとって、王族は受け入れられない存在といえる。
本当は王家なんかにエレーナを嫁にやるのも全力で阻止したいはず。
アストレア初代聖女様の言葉(王家の優秀なやつを夫にしろ)がなければ断固婚姻拒否しただろう。
「なんだと!? 平民の小娘より国王を下と見るか! 無礼者め! 衛兵! なにをしておる! 早くこの者たちの首を刎ねよ!」
優秀(未確認)で残念な夫(予定)は吠え続けた。
「なるほど。アストラル聖王国における最も崇高なる存在である聖女様の首を刎ねると……。国王陛下、これが王家の見解ということでよろしいですな?」
サイモン教皇が見えないはずの瞳で、エドワード国王を睨みつける。
鋭い眼光に、傍から見ているエレーナですら粗相をしてしまいそうになる。
もちろんエレガントに我慢した。
気になるのはマゼラン大司教だ。
彼はエレーナ側の人間のはずだ。
王子の言動に、あきらかに動揺している。
まるで飼い犬が突如暴れ出したときの飼い主のようだ。
エドワード王は、身動き一つせずサイモン教皇を見つめている。
さすが国王。胆力も筋金入りだ。
対してサイモン教皇も涼しい顔で国王を睨んでいる。
普段の好々爺ぶりからは想像できないほど大物ぶりだ。
静寂が訪れた。
――沈黙が辛い。辛すぎるわ。
小物なエレーナは走り去りたい衝動に駆られた。
「なにをしている! 早くこいつらの首を刎ねろ!」
地獄のような静寂を破ったのは、またしても残念王子シリウスだった。
命令を受けた衛兵達はオロオロしている。
それもそのはず。
王子が首を刎ねろと命令した相手は、国教であるアストレア教団の教皇と聖教徒騎士団の面々と聖女様。
言わずと知れた聖教徒のシンボルである。
王子の命令で剣を抜いた瞬間、王家はアストレア教の敵となる。
つまりアストレア教と王家の決別を意味する。
アストレア聖王国は、アストレア教を基に成り立っている国である。
国民は全員がアストレア教の信徒であり、信徒でなくなったものは、この国の国民ではない。
王家といえども、正当な理由なくアストレア教団に弓を引くことは許されないのだ。
困惑する王家の衛兵に対して、聖教徒騎士団の面々はやる気満々だ。
全員が剣の柄に手をやり、腰を落としている。
シスター・クレアですら、ぶつぶつと呪文を唱え、彼女の手には魔法陣が浮かんでいる。
グリッセンを見ると、彼もまた剣に手をかけ臨戦態勢だ、。
一触即発。
聖王国のトップオブトップである聖女エレーナは焦った。
――もしや非常にまずい状態なのでは?
この場で最も権力を持つエレーナであるが、同時に最も貧弱でもある。
自慢ではないが、魔法の流れ弾一発お陀仏する自信がある。
ノットエレガントだけど走って逃げようかしら、と本気で考えたところで、エドワード国王が立ち上がり叫んだ。
「黙らぬか、シリウス!」
国王の言葉に狂犬シリウス王子は驚いた。
「ですが国王陛下! この平民共は!」
「黙れと言っている!」
二度目の叱責をすると、国王は壇上から降りてきた。
エレーナの眼前で立ち止まると、片膝を吐いて頭を垂れた。
「失礼いたしました。アイガハル聖王国三十九代目国王エドワード・クルーウェルでございます。当代聖女様におかれましては、ご尊顔を拝見でき恐悦至極にございます。先の失礼な態度を心より謝罪いたします。どうか平にご容赦ください」
王族側の人間が、一斉に膝をつき頭を垂れた。
音楽隊まで頭を下げている。
頭を下げないのはシリウス王子とマリアンヌ王妃だけだ。
戦闘にならなかったことに安堵しつつ、エレーナは恭しく言った。
「顔を上げてください、国王陛下。それに皆さんも。国王陛下の謝罪を受け入れますわ。すべて水に流しましょう。私は当代聖女、エレーナ・エルリックです。以後良しなに」
予定通り、最低限の挨拶。
見るとシリウス王子がエレーナを睨みつけてる。
父親である国王に頭を下げさせたエレーナが気に食わないのだろう。
はぁ。
勘弁して欲しいわ。
どうして打ち合わせをしてないのかしら?
おかげで進行がめちゃくちゃじゃない。
もう婚約の顔合わせって空気ではない。
とはいえエレーナはホッとしていた。
結婚の話が延期になることは喜ばしいことだ。
このまま破談になってくれると尚良し。
そんなことを考えていると……。
「聖女様の温情に感謝いたします。では聖女様と我が息子シリウスとの顔合わせと参りましょう」
国王のまさかの発言。
エレーナは驚いた。
今でも睨みつけてくる狂犬相手にお見合い続行するの?
うそでしょ?
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