聖女に選ばれた純朴な少女が〝闇落ち〟して、国を滅ぼすまでの物語

鷲空 燈

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第一章 見習い聖女編

第十七話 謁見

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「もうすぐ到着しますよ」

 向かいに座るシスター・クレアが言った。
 本当は窓から顔を出して、王城の外観を堪能したいところだが、エレーナのマナー講師であるシスター・クレアの前で、そんなノットエレガントな真似はできない。

「そうですか。思ったより早かったですね」

 エレーナはカッポカッポという音を聞きながら、小さな窓から見える景色のみで我慢するしかなかった。

 今から国王と謁見して、将来の夫となる王子と対面するというのに、エレーナの心は妙に落ち着いていた。

 なぜだろう、と自己分析をしてみた結果、王族に対して良い印象がないからだと結論付けた。

 少し前にサイモン教皇から本当の歴史について聞いたおかげで、エレーナの王族に対する好感度は目下最低値を記録している。

 エレーナは魔女と呼ばれ忌み嫌われているアズラーレンの生まれ変わりだ。
 だが、真実のアズラーレンは聖女アストレアとともに魔王と戦った救国の英雄である。

 英雄であるアズラーレンを悪役に仕立て上げ、王家の、そして貴族の醜聞を覆い隠した末裔が今の貴族であり、その頂点が王族なのだ。

 つまり王家はアズラーレンの、そしてその生まれ変わりであるエレーナの敵だ。
 そんな卑怯な奴らに負けてたまるかという気持ちが、今のエレーナを冷静にさせているのだろう。

 不安はない。
 不安はないが……。

 そのとき、エレーナの脳裏に義兄スレインの優しい笑顔が浮かんでいた。


 ∮



 跳ね橋を渡り、いかつい門をくぐると、広々とした空間だった。

 馬車が止まり、グリッセンが扉を開けて、手を差し出す。
 エレーナはグリッセンの手を取り、馬車を降りた。

 きれいな石畳がびっしりと敷かれた広場だった。
 いったいどれだけの時間と労力を使って作り上げたものなのか、見当もつかない。
 少し前までのエレーナならば、素直に感嘆したところであるが、教皇から真の歴史を聞いた今では、嫌悪感のほうが強い。

(初代聖女様の血縁であるかのように振る舞ってるけど、そんなの嘘じゃない。とんだ詐欺師だわ)

 詐欺師が嘘ででっち上げた権威を使って作り上げた城は、なんだか無駄にきらびやかで下品に思えた。

「ようこそおいでになられました、聖女様。臣下一同、心より歓迎いたします。わたしはライガハル聖王国宰相、エーデウス・マッコイと申します」

 宰相を名乗ったのは、片方だけメガネを掛けた神経質そうな男性だった。
 気苦労が多いのだろうか、目の下には隈ができており、髪の毛も薄くなっているようだ。

 隣では高位の法衣をまとった人物が立っていた。

「お初にお目にかかります、聖女様。ワタクシはマゼラン・ユータリア、大司教を努めさせていただいております。以後お見知りおきを」

 年は30代中頃だろうか。エレーナの父より少し年上に見える。
 この若さで大司教まで上り詰めたのだから、さぞ優秀なのだろう。
 だが、エレーナはマゼランに、なんとも言い難い不快感を覚えた。
 笑っているのに、笑っていないというか。
 まるで作り物のような笑顔だ。

「マゼラン? どうしてお前が王城にいるのじゃ? 王家にはロイエンタール枢機卿が付く予定ではなかったか?」

 サイモン教皇が少し棘のある言い方をした。
 サイモンもマゼランのことをよく思っていないのだろうか。

「これはこれは教皇猊下。お久しぶりでございます。ロイエンタール枢機卿ですが、実は数日前から病に臥せっておりまして、なので急遽ワタクシが今回の役目を仰せつかった次第でございます」

「仰せつかった? 一体誰にじゃ? まさかロイエンタールからではあるまい。あいつはお前を信用しておらん」

「くっ……エドワード国王陛下にございます」

「なぜじゃ? どうして王家が我らの人選に口を出すのじゃ? ……まあよい、言いたいことはまだあるが、今は王への謁見が先じゃ。シスター・クレア、そなたも心配だろうが、今は堪えなさい」

 シスター・クレアを見ると、彼女の顔は青ざめていた。

 病に臥せっているというロイエンタール枢機卿というのは、シスター・クレアの養父だ。

 代役としてここにいるマゼランという男は、国王から指名されたと言った。
 つまりロイエンタール枢機卿は、自分の代役を指名できないほどの状態ということか。

 心配にもなるだろう。
 だが、今は気持を切り替えて役目を果たす他ない。
 シスター・クレアも、エレーナもだ。

「……はじめましてエーデウス宰相殿。それにマゼラン大司教。当代の聖女を襲名しましたエレーナ・エルリックです」

 貴族令嬢ならば、ここでカーテシーをするところではあるが、エレーナは、この国で最上位の存在、聖女である。
 へりくだった挨拶は不要であるし、やるべきではない。

「ではご案内いたします。こちらへどうぞ」

 なぜかマゼラン大司教を先頭にエーデウス宰相が続く。

 その後ろにエレーナ、グリッセン、シスター・クレア、サイモン教皇の順番に歩いていく。
 少し距離をおいて、聖教徒騎士団の一団が続いた。

 暫く歩くと、巨大な扉に到着した。

「こちらです」

 宰相の言葉を合図に、巨大な扉がゆっくりと開いていく。

「聖女エレーナ様の~おな~り~!」

 よく響く声の後に、多くの管楽器が壮大な音楽を奏で始めた。

 エレーナは宰相の後に続き、部屋と言うには大きすぎる広間へ歩を進めた。
 後に知ったのだが謁見の間という場所らしい。

 進行方向に目をやると、かなりの高さの壇上に、二人の人物が座っている。
 国王であるエドワード・クルーウェルと、王妃であるマリアンヌ・クルーウェルだ。

 エドワード王は肩ひじをつき、値踏みをするようにジロジロとエレーナを見ている。

 マリアンヌ王妃は扇で口元を隠してはいるが、平民上がりのエレーナに対する嫌悪感を隠しきれていないのが丸わかりだった。

 玉座の下には二人の少年が立っていた。

 一人はあからさまに不機嫌そうな少年だ。
 恐ろしいほどに整っていた顔立ちの少年は、エレーナと同じくらいの年令だ。
 エレーナの未来の夫となる第一王子、シリウス・クルーウェルとは、この不機嫌そうな少年のことなのだろう。

 となりには少し気の弱そうな少年が、好奇心を隠しきれない様子でエレーナを見ている。
 第二王子である、フィリップ・クルーウェルだろうか。


 やがて、玉座の下につき、全員が立ち止まった。
 代役として現れたマゼラン大司教は、なぜか玉座の下に移動した。

 マゼランの動きは気になるが、打ち合わせ通りエレーナはまっすぐに王を見つめた。
 サイモン教皇がシスター・クレアに手を引かれ、エレーナの隣に立つ。

「貴殿が当代の聖女、エレーナ嬢であるか?」

 エドワード王がエレーナに問いかける。
 エレーナは答えない。

「エドワード国王陛下、仰せの通り、このお方が当代の聖女、エレーナ様でございます」

 エレーナの代わりにサイモン教皇が答えた。

 エレーナが口を開かないのは、打ち合わせ通りの行動だ。

 聖女は国王の上に立つ存在である。
 エレーナに過失がない限り誰が相手でも頭を下げることはないし、礼を失した問いに答える必要もない。

 ここで思わぬ横やりが入った。

「貴様! 王の御前で何だその態度は! 早くその無礼な頭を下げぬか!」

 狂犬のごとく噛みついてきたのは、シリウス第一王子と思われる人物。
 これがエレーナの夫となる者の第一声だった。
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