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第一章 見習い聖女編

第九話 プレゼント

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 エレーナが聖女に選ばれて二年が経過した。


「はぁ……ほんとうにお綺麗になりましたね」

 鏡の前でエレーナの髪を整えながら、メイドのルイがため息交じりに言った。

 二年前、少年のようだったエレーナの髪は、今では肩まで伸びている。
 身長もかなり伸び、二年前には見上げていたルイと同じくらいになった。

「ふふ、ありがとう、ルイ。お世辞でも嬉しいわ」

 エレーナは鏡越しにルイへ微笑みかけた。

「お世辞ではありませんよ。言葉遣いも完璧でございます。しかし、こうなってくると、村人Aだったころが懐かしゅうございますね」

「今でもしゃべろうと思えばしゃべれるだよ?」

「まっ! エレーナ様ったら! ノットエレガントでございますわよ!」

 ルイがシスター・クレアの真似をして、二人で笑い合う。

 しかし、変われば変わるものだ。
 自分で言うのも何だが、ただの田舎娘がよくぞここまで化けたものだ。

 シスター・クレアの厳しい指導のお陰で、淑女としてのマナーも一通り身についた。
 読み書きも完璧にマスターした。
 今のエレーナは、立派な淑女として恥ずかしくない仕上がりとなっている。
 黒髪であることを除けば。

 だが、問題があった。

 聖女の祝福が発現しないのだ。

 ここで言う聖女の祝福とは、聖女なら誰でも使える〝他人を強化する祝福〟の方ではなく、固有の奇跡としての〝聖女の祝福〟のことだ。

 ちなみにだが、二年前に、スレインとグリッセンが決闘した際にエレーナがスレインに施した聖女の祝福については、効果の程や発動条件がよくわかっていない。

 メイドのルイへ同じように祈りを捧げても、ルイの力は強くならなかったし、足も早くならなかった。
 もしや男性限定なのか? と庭師兼馬番のドープという男性アグルに祝福を与えてみたが、やはりなにも変わらなかった。

 まぁ他者へ与える祝福については、おいおい解明していくことにしよう。
 今気にしているのは、〝聖女の祝福〟についてだ。

 奇跡の力と言われている聖女の祝福は、貴族が使う魔法とは比べ物にならないほど強力だと言われている。

 種類は多岐にわたる。

 ある聖女は無から様々なものを瞬時に作り出す〝創造の祝福〟を賜った。
 ある聖女はどんなに離れた場所へも瞬時に場所を移動できる〝転送の祝福〟を賜った。
 ある聖女はどんなものも無限に収納できる〝収納の祝福〟を賜った。

 聖女が賜った能力で一番多いのは〝治癒の祝福〟だ。

 先代の聖女マーデライン様が賜った能力も治癒の祝福だった。マーデライン様のその能力は、なんと四肢の欠損をも治療したらしい。
 
 話を聞いても、エレーナはピンとこなかった。

 何でも作れる能力に関しては、欲しいものがあれば祝福なんか使わずにお店で買えばいい。
 移動に関しても、行きたい場所があるなら馬車を使えばいい。
 物を収納する能力に関しては、そもそも収納しようにも、エレーナはそんなに物を持っていないのだから無限収納なんて能力は宝の持ち腐れである。

 ゆえにエレーナの祝福候補は消去法で〝治癒の祝福〟となるわけだ……正直欲しいとは思わない。

 どんな怪我も治せると言っても、その恩恵を受けるのは目の前の人物だけだ。
 そんな能力を持ったとしても、貴族のお偉い様にいいように使われる未来しか見えない。

 エレーナは欲しいのは、遠方で生活する家族達の役に立つような能力だ。

 ――でも、そんな能力、あるのかしら?

 こんなことを考えているから、いつまで経っても能力が発現しないのだろう。

 エレーナは鏡台の引き出しを開き、入っていたものを取り出しながらルナに訊ねてみた。

「ねぇ、ルナ。ルナが一つだけ好きな能力をもらえるとしたらどうする?」

「好きな能力ですか。わたしならキレイなドレスを好きなだけ作り出せる能力ですかね。飽きたドレスは売っちゃえばいいんですから生活に困ることはありませんから、左うちわの豪遊生活です」

「……そう。それはいいわね」

 期待はしていなかったが、予想通りまったく参考にはならなかった。
 やはり自分で考えるしかないのだろうかと暗い気持ちになりつつ、手にした物――手紙に目を落とした。

「またご両親からのお手紙を読んでるんですか?」

「ええ。不思議ね。短い手紙なのに、いくら読んでも飽きないのよ」

 それは先月受け取った故郷の(本当の)両親からの手紙だった。

 教皇は約束通り、エレーナの両親の手紙を月に一度届けてくれた。その手紙で両親の近況を知ることは、エレーナの一番の楽しみだった。

「それにしても、ご心配ですよね……」

「大丈夫よ。なんたってお母様は二回も経験しているのだから」

 と言いつつも、エレーナは不安でたまらなかった。

 手紙には以下のことが書いてあったのだ。

 新しく牛を四頭購入して酪農業を始めたこと。
 手が足りないのでドニという農夫を雇ったこと。
 そして、エレーナの母が妊娠したこと……。

 エレーナは顔を上げ、深いため息を吐いた。

 母の妊娠は喜ばしいことだ。
 生まれるのが弟にせよ、妹にせよ、新しい家族ができることは嬉しい。

 ただし、無事に産まれればの話だ。
 エレーナの心配はそこにある、

 エレーナの村には医者がいない。
 なので出産はの際には村で年配の経験者が産婆として立ち会うことになる。

 通常の出産ならば問題はないが、逆子などの不測の事態に対応できるかは、産婆の腕次第。
 つまり今は神に祈るしかない状況なのだ。

(どうか無事に生まれますように)

 エレーナは何百回目になるかわからない祈りを捧げた。
 祈り終えたのを見計らってルイが言った。

「あ、そうそう。今日はお客様が来られるそうですよ」

「あら、そうなの? 一体誰かしら」

 と、分からない振りをする。

 そもそもこの国最高位の聖女であるエレーナに直接謁見できる人物は多くない。加えて今日は〝特別の日〟なのだ。なのでおのずと「お客様」の目星はついてしまう。

 わかっていても、口には出さない。

 相手の思惑にまんまと乗ってあげるのも、淑女のマナーなのだ。

 そんなエレーナの勘は見事に外れてしまう。


 ∮


「エレーナ様、誕生日おめでとうございますですじゃ」

 予想通り、来客とは教皇だった。

 シスター・クレアに手を引かれて現れた教皇は、瞳が真っ白に濁っていた。
 数か月前、彼の視力はとうとう完全に失われてしまったのだ。

「ありがとうございます、教皇猊下。はるばるのご来訪、心より感謝いたします」

 エレーナは完璧でエレガントなカーテシーで出迎える。
 もう鬼マナー講師シスター・クレアの、ノットエレガントという叱責を受けることはない。

「ほほほ、さらに美しくなったであろうエレーナ様を見られないのは残念じゃが、元気そうでなによりですじゃ。さて、今日は特別なプレゼントをお持ちしましたのですじゃ」

「プレゼント? まぁ何かしら?」

 去年のプレゼントは、なんと馬だった。
 馬の人形ではない。本物の生きた馬だ。
 それも、村人時代に見たことのあるずんぐりとした農耕馬ではなく、スラリとした体躯の見事な騎乗馬だった。

 腰を抜かすほど驚いたそのプレゼントである馬は「ロシナンテ」と名付け、今ではエレーナの愛馬となっている。

 さて、今年はどんな物を送ってくるのか。
 はたしてロシナンテを超える衝撃なのか。
 不安半分、期待半分なエレーナだった。

「失礼します、エレーナ様」

 シスター・クレアがエレーナに目隠しをする。

 なるほど。こういう趣向なのね。
 目隠しを取ると、そこにプレゼントがあるわけか。

 おそらく教皇とシスター・クレアが、考えに考えて用意した物なのだろう。
 彼らの心遣いを無にしてはならない。
 なので淑女として優雅に、多少大げさに驚いてあげよう。

 しばらく待っていると「さぁどうぞ」と目隠しを外された。

 さて派手に驚こうかしら、と眼の前を見て「っ!?」エレーナは言葉を失った。
 比喩ではなく、本当に声が出なかった。身体も硬直し、動かすことができない。

 固まったまま立ち尽くし、大粒の涙がボロボロと溢れてくる。

 そこにいたのは三人の、あまりに意外な人物たちだったのだ。
 ようやくエレーナは絞り出すように声を出した。

「おっ父、おっ母、レン……」

 それはエレーナの父であり、母であり、妹だった。

「ほ、ほんとうにおっ父だか? ほんとうにおっ母だか? ほんとうに……

 教皇が用意したであろう高そうな服に身を包んでいるが、男性は父だった。
 化粧をしてエレーナの記憶以上に美しい女性は母だった。
 記憶よりもだいぶ大きくなっておめかしした少女は妹だったのだ。

 エレーナは驚いたが、家族たちはエレーナの変貌ぶりにエレーナ以上に驚いているのだろう。
 久しぶりに会って激変している娘に、姉にどう接していいのかわからずにいるようだった。

 不思議な膠着状態の中、シスター・クレアがエレーナの背中をそっと押してくれた。

 振り返ると、シスター・クレアが静かに頷いた。

 エレーナは走った。
 走って、父と母に抱きついた。

「会いたかった! ずっと会いたかっただ! うわぁぁぁぁん!」

 父と母はぎこちなくも、エレーナを強く抱きしめ返した。
 両親の後ろでは、妹のレンはオロオロしている。

 エレーナは顔をくしゃくしゃにして泣き続けた。

 今のエレーナは淑女として0点、シスター・クレア基準で言うところのノットエレガントの極みである。

 でも、いい。どうだっていい。

 今は、今だけは聖女エレーナではない。
 貴族令嬢エレーナでもない。
 ただの村娘であるレンという少女に戻ってしまったのだから。

 貴族の淑女としてのマナーと、平民の家族としてのマナー。
 どちらを優先するかなんて、考えるまでもないのだから。

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